第78話 罠
「はい、では第3998回人民軍最高会議を始めま~す!」
ひどく投げやりな緋色の髪の少女の宣言に、ぱちぱちと巨漢が拍手をした。
「え~、ではまず、帝都を消した魔法ですが、結局分からないということが分かりました」
「おいおい、なんだそりゃ」
思わず巨漢が突っ込むが、少女はひらひらと手を振った。
「時空魔法でも創世魔法でもなく、もちろん火魔法や風魔法の融合でもない。ようするに、この世界に存在しない魔法だったってことよ」
その言葉は具体的な説明は何もしていないにもかかわらず、ひどく説得力があった。
「なんだそりゃ?」
「だから、分からないの。そもそもトールの世界にあった魔法なんじゃないの?」
巨漢の戦士、トールはぼりぼりと頭を掻いた。
「俺、体育会系だったから、物理とか化学は苦手なんだよな……」
その言葉の意味は分からないが、言いたいことは、この場の皆が理解していた。
ようするに、トールは頭が悪いのだ。
「話を変えようか。その勇者なんだが」
巨大な杖を持った青年が言う。その曖昧な微笑に、苦々しげなものを乗せて。
「水竜ラナの力によって、他の世界に送還された。おまけに、ハイエルフの幼子と一緒にだ」
「ハイエルフって! クオルフォスの後釜じゃないの!?」
「まずいんじゃないですか!?」
少女に合わせて、フェルナも叫ぶ。
「詳細を聞くために、ラナに会おうと思うんだが、いいかな?」
杖の青年に、ヤマトは軽く頷いた。
今回の千年紀は、勇者の力無しで魔王と戦わなければいけなくなったわけだ。
それからレムドリア、イストリア、ルアブラの諸国について、諸地方について話が進んでいく。
全ては安定化の方向に向かっていた。千年紀に向けて、人類の力を結集できる方向へ。
主に魔王軍と戦うことになるのは、イストリア、レムドリア、カサリア、そしてオーガスとなるのだろう。
そのオーガスの女王について、フェルナは報告をする。
「とりあえず一言で言えば、恐ろしい人ですね」
どういう意味で? と視線で問われたので続ける。
「まず、竜眼です。たいがいの人間はあれに、逆らうことが出来ないでしょう」
おそらくはそうだろう。竜眼は魔眼と呼ばれる視線の力の中でも、かなり強力な部類に入る。下手をすれば、睨んだだけで相手を殺していまう。
そして個人の戦闘能力としても、恐ろしいものがある。フェルナでさえも、あれには勝てないと思うのだ。
「相性もありますから確かなことは言えませんが、この中で勝てるとしたら、ヤマトさんだけでしょうね」
秘密結社黒猫の首領ヤマト。
その隠された実力を、当然ながら幹部は知っている。
もちろん他の幹部の実力も知っているのだが、それでもなおリアの方が強いだろうと言う。
「暗黒熱核爆裂地獄に、天地崩壊を連続で食らって、ぴんぴんしてる人ですよ? というか、あれは人ではありませんね」
「流星雨を使っても駄目そうか?」
アゼルフォードが問いかける。もしそれで駄目なら、本当に魔法では殺せそうにない。
「あれは戦略級の魔法ですから、避けられて終わりかと」
魔法使いたちが沈黙する。あとこれ以上の魔法となると、時空魔法の最上級魔法となるが、それはこの場の誰も使えないのだ。
「すると俺が接近戦で戦うしかないか…」
トールがうなる。確かに彼の白兵戦能力なら、大概の敵は沈黙してしまうだろう。
だがそれも、相手が魔法を使えないという前提の話だ。
「彼女の魔力はカーラを超えています。遠距離で魔法を使われれば、トールでも勝てないでしょう」
「なんじゃそりゃ。どうしてそんな化け物が、人間にいるんだよ」
トールは嘆くように言うが、いるものは仕方がない。
一同の視線がヤマトに集まるが、彼は一言だけ発した。
「敵に回ると決まったわけではない」
むしろ、その可能性のほうが低いのだ。
それから一同はリアの政策立案能力、軍事的才能について話しをし、散会となったのだった。
フェルナがハルトについて話すことを忘れていたのに気付いたのは、その後の話。
コルナダの街を、恐怖が襲っていた。
深夜道を急ぐ帰宅者を、連続殺人鬼が襲ったのだ。
最初は街角に立つ娼婦が犠牲となった。
内臓を引き抜かれた無残な死体を前に、カーラの蘇生魔法は無力であった。
連続殺人犯は、強盗へと変わっていった。
市民にも評判の悪い商店などが襲われたのだが、そのやり口が残虐だった。
生き残りは一人もなく、全てが殺されていた。
死亡から時間が経過しすぎると、カーラの蘇生魔法が効果がない。
目撃者もなく、事件は発展していった。
そしてついには貴族の屋敷が襲われた。
これも政権には反対する立場の貴族だったが、幸い発見されたから時間が短かったため、数人の蘇生がかなった。
襲撃してきたのは、長身の男だったという。
いつの間にか屋敷の中にいて、目に付く端から、住人を殺していった。
特に貴族は念入りに殺され、カーラの魔力でもっても蘇生は叶わなかった。
「カーラさん、大丈夫ですか?」
思わずサージが尋ねるほど、ここ数日のカーラは消耗していた。
精神的な消耗も大きいが、蘇生の魔法に魔力を取られすぎているのだ。
通常なら一日も休めば回復するはずが、一人でも多くの命を救おうと、無理をしている。
目の前で家族の死を嘆く姿を見て、カーラがそれを放っておけるわけがなかった。
実のところ、この事件は放置しても、それほどには政権への影響はない。
殺された貴族はオーガスの治世への反対派で、むしろ殺されてくれてありがたいぐらいなのだが、治安面を考えると放っておくわけにはいかない。
何より、カーラがこんなものを放っておくわけがない。
「それにしても、いったい何が目的なんだろう?」
サージの疑問はそれだ。殺されている関係者を見るに、コルナダの支配を確かなものにしようという陣営の仕業なのだろうが、自分たちはそんなことは行っていない。
魔族のしわざにしても、なぜここまでする必要があるのか。少なくともアスカなら、こんなことはしないだろう。
「とまあ、こんなことがあってさ」
サージがぶうぶつと空に向かって話しかけるのは、リアである。時空魔法の遠話という魔法であった。
サージからしか連絡できないという欠点はあるものの、これでその日あった出来事を、リアに伝えることが出来る。地味に優れた魔法であった。
「普通に考えるなら、人心の混乱だろうが……」
今、この時期にそれは考えにくい。まして殺されているのが、旧コルドバ側の貴族や商人なのである。
「まあ、何か分かったらすぐに連絡してくれ。こちらも一段落したら、すぐにまたそちらへ向かう。カーラに無理させすぎるなよ」
「そう言っても無理しちゃうのがカーラさんなんだけどね」
「カーラさん……ね。随分と親しくなったものだな?」
急に冷えたその声音に、慌ててサージは弁解する。
「そりゃ、おいらが姉ちゃんを姉ちゃんって呼ぶから、カーラさんも、自分をそう呼んでほしかったんだよ」
「ふむ……」
一応リアが納得できたとき、サージを呼ぶ声がする。彼はコルナダ宮廷の一室に、部屋をもらっているのだ。
「サージ様! また殺人鬼が現れたようです! カーラ様がもう向かっておられます!」
女官に、手を挙げて応え、サージはリアに返事をする。
「というわけだから、なんとかしてくるよ。そんじゃ」
通信の切れた向こうの様子を考えて、リアは想像する。
いったい誰が、そんなことが可能なのか。魔族ならば出来るのだろうが、これはレイやアスカのやり方ではない。
「フィオ、少し外す」
そう言い置いて、リアは執務室を後にした。
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