戦後

第77話 帰国

 遠征軍の帰国が始まった。

 まずはカサリア王国軍。ライアスに率いられた5万の将兵が、カサリアへの帰路をたどる。

 その中にはごく少数だが、オーガスへの移籍を希望し、それが受け入れられた者もいた。

 主に戦争で活躍した若い軍人で、リアは彼らと、ごく少数の彼女らに、貴族としての地位を与えた。

 その中にはカルロスの姿もあった。今度妻としてハーフエルフを娶る彼にとっては、身分の秩序があまりしっかりとしていないオーガスの方が、過ごしやすいと思ったのだろう。



 そして次にはオーガ軍と獣人軍。戦争を楽しみきったオーガたちは、仲間の遺骨を背に故郷へと帰る。

 それよりも問題なのは獣人で、リアは彼らが望む場合、爵位を与えた。

 オーガス領も、旧コルドバ領も関係なく、である。

 長年虐げられてきた獣人が、いきなり貴族となる。これに反発する人間側の動きは、確かにあった。

 しかしこの政策は、リアの大前提の一つである。

 にゃんにゃんもふもふ王国の建設。

 これ以上に重要なことがあろうか? いや、ない!

 リアの政策に反対する勢力も、今なら軍事力で叩き潰すことが出来る。

 鉄は熱いうちに打てである。政策は、素早く周知されていった。



 マネーシャ軍もまた、その半数は国内の治安維持のために、本国へ帰ることとなる。

 痛いのはゴーレム兵が全て、調整のためにマネーシャに戻ることとなったころであろう。

 整備する施設がそこにしかないとはいえ、これは戦力的に痛いことであった。

 だが残る兵数とその練度を見れば、充分とも言える。

 連勝を重ねてきたマネーシャ軍と、規律の取れた旧コルドバ軍。



 当然のように、反乱が起こった。

 だがこの、すぐに起こった反乱は、リアは全く問題視していなかった。

 リアの打ち出した政策、特に法に関するものは、多くの反発を招いた。

 コルドバは長年種族差別政策を行い、強固な法でそれを規定してきた。

 それがなくなったのである。

 昨日まで蔑んでいた獣人が、今は会議で隣の席に座る。

 道理はともかく、それが我慢できないというのは理解できないこともない。

 だがリアはそういった貴族を、力ずくで潰していった。

 リアの権力と軍事力が最大限になっているこの時期に反乱を起こす愚か者どもは、つまるところ敵ではなかったのだ。



 リアは反乱を利用して、国内の反対勢力をほぼ一掃したことになる。

 もちろん軽率な行動を起こさなかった反対派もいるはずだったが、むしろそういう理と利で動く輩は、対策も容易であった。

 こういったリアの獣人差別撤廃政策は、特に獣人の間で熱烈に歓迎され、多くの集落ではリアの石像が作られ、風雨によって削り取られるまで、長年その姿を残すことになる。







 そしてリア自身も、コルナダを去る日がやってきた。

 マネーシャに戻り、たまっている政務をこなさなければいけないのだ。

 ここで仲間たちとはいったん別れることになる。



 まずマールがまた里帰りをし、それにイリーナが付いていくことになった。

 馬がないので、ルドルフを貸してやった。



 ギグもまた、オーガの里へ戻ることになった。

 どれだけ成長したか、特別にオーガキングが手合わせしてくれるらしい。

 死んだオーガの葬儀のためにも、一度は戻る必要があるだろう。



 シズナもジェバーグに行く隊商について、一度戻ることになった。

 さすがに女王の妻になったことを、家族に説明しないわけにはいかない、

 かなり憂鬱そうな顔をしていた。



 カーラとサージは、コルナダに残ることとなった。

 もし何か不測の事態が起こったとき、この二人なら対処が出来るだろうという判断だ。

 確かにサージの時空魔法があれば、即座に連絡は可能となる。

 そしてカーラの戦闘力を考えれば、反乱が起こったところで、即座に対処が可能だろう。

 もちろん、そんなものは起こらないことを前提に考えているのだが。







 残りの仲間は、リアと一緒にマネーシャに戻ることとなった。

 正式にオーガスの騎士として、また準男爵として受爵するカルロスと、その前に結婚式を挙げるルルー。

 思えばルルーとはこの世界での殺人童貞を捨てる以前からの仲だ。姉とも妹とも思える存在が嫁に行くというのは、感慨深いものがある。

『娘はやらん!』をしようかと思ったが、照れながらも仲睦まじい様子を見せる二人に、野暮はやめておくことにする。



 フィオは変わらずリアの秘書官をやってくれている。

 約束したのだからちゃんと結婚しなければいけないが、やはり『お嬢さんをください!』をやるべきなのだろうか。

 カサリアまで戻らないといけないので、まだ少し後の話になってしまうが。



 結婚で思い出したが、マツカゼにお嫁さんを探してあげないと。

 本人の希望にもよるだろうが、これだけの名馬だ。リアの愛馬というだけで、たくさんのお嫁さんは集まるだろう。

 それこそ下手な王侯貴族など及びもつかない数が集まるのでは?

 なんと、ハーレムとはマツカゼのためにある言葉だったのか。







 遠ざかるリアの背中を城壁から見つめるサージに、カーラは声をかけた。

「良かったのですか? 一緒に行かなくて」

「そりゃ……カーラ様こそ」

「私には、やるべきことがありますから」

 カーラはいつもと変わらない、優しい微笑を浮かべていた。

 その通りである。リアの名代としての事務処理、怪我人や病人を回る治療。カーラでなければ務まらない仕事がたくさんある。

 そしてサージにもまた、こちらでしか出来ないことはある。また反乱でも起これば、物資の輸送はサージ無しでは上手くいかない。



「マネーシャに戻ると、ギネヴィア様の手伝いで大変だから、こっちでカーラ様の治療を見つつ、魔法の勉強をさせてもらうよ」

「それは構いませんが……」

 カーラは顎に手を当てて考え込む。

「他人行儀ですね」

「え?」

「リアのことを姉ちゃんと呼んでいるのに、私のことはいつまでも様付けはおかしくありませんか?」

 実はこのサージがリアを姉ちゃんと呼ぶのは、このたび準男爵に昇爵した折に、特例として授かった権利なのである。

 よって誰も、サージがリアを姉ちゃんと呼ぶのを止めることは出来ない。しかしカーラは違うアプローチをかけてきた。

「私のことも、お姉ちゃんと呼ぶべきでは?」

 この意外な攻撃に、サージは呆然となった。



 リアは、姉ちゃんである。兄ちゃんよりの、姉ちゃんである。

 カーラ様は、カーラ様である。彼女を名前だけで呼ぶのは、リアとギネヴィアぐらいであろう。

 だいたいカーラ様をカーラ様と呼ばない閣僚ですらほとんどいず、いたとしてもカーラ殿だ。

 これはもう、人間としての格の問題である。



「え~と、じゃあ、魔法を教えてもらうわけだから、師匠とか先生とか……」

 その瞬間のカーラの表情は、悲しみに満ち満ちていた。

「じゃ、じゃあカーラさん。これで勘弁してください」

「……分かりました。それでいいでしょう」

 ほっとしたサージであるが、こんなカーラは今までに見たことがないことに気付いた。

 戦争が終わって、緊張感が途切れたのか?

 あるいはリアたちと離れることによって、不安になったのか。

 いずれにしろリアたちとの生活は、カーラに変化をもたらしていた。







 コルナダにおけるカーラの生活は、規則正しいものだ。

 早朝、日が昇る前には起きて、剣術や魔法の訓練を行う。

 意外とがっつりとした朝食を摂ると。市民の陳情を受けたり、書類に延々とハンコを捺していったりする。

 昼食は軽いものだ。眠くならないようにという配慮らしい。

 午後からは市内の巡察と、孤児院や病院を訪問する。

 夜にはサージに付き合って魔法の研究をするのが常だったが、緊急に呼ばれることもあった。



 そんなカーラの評判だが、当たり前のことだがすこぶる良い。

 なんと言っても、その美貌、その性格、その治癒魔法。

 当初険悪になりそうだった神殿との関係も、治癒の場所を神殿で行うことによって、折り合いをつけた。

 そんな彼女は、やはり銀の聖女だの、地上に降りた最後の天使だの言われるが、本人はきっぱり、無神論者であると言う。

「そもそも神々が愚かな戦いをしたせいで、他の大陸は滅びたそうですからね」

 サージの知らないけっこう重要な歴史を、さらっと言ってくれたりする。



「え? 他の大陸って?」

「神々の戦いで人間はおろか、あらゆる生物が死んだそうですね。ごくわずかに残った人間が、カラスリ王国や七都市連合、魔族領に漂着したと言われています」

 もう、3000年も前のことであるので、詳細は分からないが。

 その時の戦いでこの大陸も滅びかけ、伝説の英雄、聖帝リュクシファーカが戦いを終わらせたという。

 神竜と一部の神と協力し、他の神々を滅ぼして。

「へ~、でもおいら、そんな話今まで聞いたことなかったけど」

「そうですね。魔法学園の禁書庫に眠っていた話ですから」

 帝都が消滅した今では、あそこにしか残っていない歴史であろう。あるいは、エルフの記憶には残っているのか。



 暗黒竜バルスに、もっといろいろ聞いておけば良かったと思うサージである。

「でもさ、そんな話、おいらにしちゃっていいの?」

「サージ、あなたはいずれ、魔法学園に行くべきです。あそこなら、あなたの持つ前世の知識も活かせるでしょう」

 カーラがそう言うと、まるでそれは予言のようにも聞こえる。

 確かにサージは、切磋琢磨できる環境を望んでいた。周囲に強い人間は多いが、あまりに強さの質が違いすぎて、参考にならない場合が多い。

「そうだね。この街がもう少し安定したら、魔法都市に行ってみるよ」



 そう、確かにその時、サージはそう思ったのだ。

 だが彼の思いは、全く違った理由で叶えられることになる。



 占領政策は、順調に進んでいた。

 時折地方で小規模な反乱が起きるが、派遣された軍によって、簡単に鎮圧されていった。

 コルナダは平和だった。

 その、連続殺人事件が起きるまでは。

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