第76話 戦後処理

 戦争はやってる最中よりも、やる前とやった後の方が忙しいのは常識である。

 リアは新しい領地となった、広大な旧コルドバの支配のため、日々政務に励んでいた。



「金がありません」

 ごく端的に言った男は、コルナダ伯爵である。

 元は財務官僚であった彼は、完全に国家財政を把握していた。

「……何で?」

「陛下が盛大に兵たちに分け与えたからです」

「ああ、あれね……」

 国庫からの略奪を許可したことは、もちろん覚えている。



 あれは、コルドバ兵を掌握するために必要なことであった。それに金などというものは、人さえいればすぐに生み出せるものだとリアは思っていた。

「確かにそうなのですが、今、すぐに兵士に払う、金がないのです」

「……サージー! サジえもんー! 何かアイデア出してよ~!」

 こういう時はすぐに人に頼るリアである。

 そして呼び出されたサージも、割とあっさりとこれの解決策を示した。

「軍票か、国債でいいんじゃない?」

 なるほどである。軍票は戦争が終わってしまったからともかく、国債というのはありだ。しかもこれは、あくまで臨時国債で済む。

 なぜなら肥大化した旧コルドバの官僚機構を、リアは残す気はなかったからである。

 どこかの国のように、無駄に老人に金をかけることもない。そのあたり、基本的人権のない国は素晴らしい。



「とりあえず裕福な商人に買わせればいいだろう。年利は2割程度で…いけそうか?」

 財務官僚が計算している。結果はすぐに出た。頷いている。

「あと、本当に直近に必要な分は私の私財を出すから、明日まで待ってくれ」

 創世魔法で作ってしまえばいい。あまり作りすぎるとインフレが心配だが、とりあえず目の前を乗り越えることが第一だ。

 しかし閣僚たちはそうは考えないようで、私財を投じてまで給料の遅配を防ぐリアの姿勢に感動していたりする。

 とりあえずこれで、財務面はどうにかなるであろう。マネーシャには現金があるから、それを運んできてもらえばいい。







 そして、法律の問題である。

 コルドバといえば法治国家。しかも行き過ぎた法治国家として有名であった。

 そのコルドバに、どういった新しい法秩序を導入するのか。また、オーガス王国との整合性はどうするのか。

 とりあえずのリアの方針は決まっていた。

「大きな犯罪は死刑。小さな犯罪は鞭打ち。以上」

 居並んだ閣僚たちがあんぐりと口を開けた。

「もちろん恒久的にではない。ただコルドバは長年法律でがんじがらめにされて、政治犯もすごく多い国だった。これを、民衆の考えの根底から変える必要がある」

 一年。リアは期限を区切った。

 それまでにマネーシャを含めたこの広大な領地を、一貫した法律でまとめる必要がある。

 もちろんオーガや獣人の居住区を別に定めたりする必要もあって、こちらも大変だ。



「とりあえず旧政治犯は全員恩赦だ」

「そ、それはコルドバ伯爵を狙ったもの限定ではなくてですか?」

「恩赦だ。その代わり、また同じようなことを私に対しても、コルドバ伯爵に今更行っても、こんどは温情はなしだからな」

 裁判官たちが蒼い顔をしているが、知ったことではない。そもそもコルドバは裁判が多すぎるのだ。

「刑事犯はともかく、土地の領界の問題などはどう処理したらいいでしょう?」

「ああ、それがあるか」

 貴族間の領土紛争というのは、その解決に王の採択が必ず必要となる。

 土地は貴族の資産であり、自らが守るべきものであり、自らが拠って立つものであるのだ。



「新しい貴族は、出来るだけ土地を持たない法衣貴族にするべきかな」

 金銭でその地位を保障したほうが、案外面倒は少なくなるのではないか。

 しかしどんなことにも長所と短所があるので、結局は結論は出せないのである。

「とりあえずマネーシャで新領地の開墾が進んでいるから、あんまり領地紛争が起きるようだと、どちらかをそちらに移してしまおう」

 王の権力が強いうちにしか出来ないことである。

 それにしても民法に属することは、刑法のようには簡単に決められるものではない。

(劉邦はよく、関中をまとめたもんだな~)

 前世の偉人に感心することしきりのリアであった。







「神殿? 知らんがな」

 また問題がやってきた。

 いったいどうしてそんな問題が出てくるのか、はっきり言ってリアには分からなかった。

 だが聞いてみたら、確かにリアには関係のあることだった。

「カーラ様が完全に無償で病人や怪我人を治療していますので、神殿への喜捨が少なくなっているのです」

「ああ~、そういうことか」

 この世界、宗教の力は弱い。そもそも神自体が、竜の手によってほとんど滅ぼされたからだ。

 ならば竜への信仰が強くなるのかと言えば、実体のあるものだけに、逆に信仰にしづらいらしい。

 下手に信仰すると、逆に滅ぼされる場合もあるし。



 それはともかく、神殿である。

 神殿は前述の理由によって、世俗への権力をほとんど持っていない。

 だが社会の弱者救済機関としては、立派な働きをしているのだ。

 国王としてはこれに寄付を行い、他の貴族にも見習ってもらう必要があるだろう。







「それにしても金がかかるな~」

 分かっていたつもりではあるが、どんどんと金が減っていく。そんな嘆いていたリアの下を訪れる、一人の商人。

「毎度ありがとうございます。いつもニコニコ安全確実、黒猫運輸のフェルナです」

「やあ、よく来てくれた」

 貴重な現金の輸送という難事業を、黒猫は二つ返事で引き受けてくれた。しかも素早くそれに成功しているのである。

「これで一息つけたな」

「それではまた、よろしくお願いします~」

「ああ、ちょっと待った。黒猫の幹部は、貴族になる気はないのか?」

 そもそも今日は、そのために呼んだのであった。

 黒猫の輸送力は、軍事的に見ても商業的に見ても大変に魅力だ。

 これを民間のままにしておくというのは、今の状況では問題となる。

「ありがたいお話ですが、我々は様々な国の間を往来しておりますので、特定の国家と結ぶわけには……」

「そうか、無理は言わない。だがこの状況を確かめておいてくれ。千年紀には国の境なぞ関係ないのだからな」







 女王との会見を終えたフェルナは、深く溜め息をついた。

 相変わらずというか、さらにというか、人に圧迫感を与える人である。

「あ、フェルナさん、お疲れ様です」

 城門のすぐ脇で待っていてくれたハルトの姿を見て、思わずほっとする。

 本人はおそらくそう言われれば嫌がるだろうが、ハルトは癒し系の人間だ。一緒にいると落ち着く。

 王侯貴族とは、もっとも無縁の人間であろう。

「どうでしたか? 無理難題でも?」

 こうやってこちらを気遣ってくれるのが、幹部会の人間とは違う。確かに皆はフェルナを信頼をしてくれているのだろうが、たまにはもう少し優しい声をかけてほしいのだ。

「いえ、今までのねぎらいと、また勧誘でしたよ。ハルトさんこそ、国家の御用商人でも務まると思うんですけどね」

 ハルトは思わず苦笑い。そういうわけにはいかないのである。



「一仕事終えたわけですが、フェルナさんはこれからどこへ?」

「そうですね…。やはり、カサリアになるでしょうか」

 カサリアはコルドバという潜在敵国を失った。そしてオーガスは、これ以上はない完全な友好国である。

 これまでに国境に張り付かせていた戦力のかなりの部分を、他に振り分けることができることになったのだ。

「僕も、あそこはきな臭いと思いますよ。むしろ、早くカサリアが併合しないと、小国が乱立するでしょうね」

 旧帝国の領土は、いまだどこの国家にも属していない。中小の領主が、それぞれの領土の防衛を布いている。

 帝国南東部はレムドリアが併合する動きにあるが、その正反対はやはりカサリアに任せるしかないだろう。

「それではまたしばらく、ご一緒ですか」

「え、ああ、そうですね」

 転移の魔法を使えば一瞬なのだが、フェルナはそれを渋った。

 直接にカサリアへの道筋を見ていくのも、悪いことではないと思ったのだ。

「では、よろしくお願いします、フェルナさん」

「ええこちらこそ」

 そして二人は、荷馬車を預けてある宿へと、共に歩を進めるのだった。







 コルドバから北東。はるか人里離れた山中にて。

 コルドバ軍への破壊工作を終えた集団が、帰国の途につこうとしていた。

「それでは、我々はこれにて」

「ああ、ご苦労さん。一人の欠けも出なくて良かった」

 いかつい笑顔に送られて、獣人たちが転移していく。残ったのはオルドとピノの二人のみ。

「お前さんも、帰ってもよかったんだぞ? 家族にも顔を見せたほうがいいだろうに」

 オルドが言う。意外なことに、この男はこういうことに気が回るのだ。

 直接の上司であるアスカは毛嫌いしているが、ピノはオルドのこういうところが嫌いではない。

「いえ、やはり獣人との接触は、獣人でないと。オルド様の方こそ、奥方様方に会わずに良いのですか?」

 そう、そういうところ。つまりハーレムを築いているところが、男に潔癖なアスカからしたら嫌われるところなのだろうか。

 もっともあっちはあっちで、女の子のハーレムを築いているらしいが。

 ようするに彼女は、魔王陛下以外の男性が嫌いなのだ。



「俺はまあ、用事が出来ちまったからなあ」

 オルドの言う用事とは、あくまでの彼の私的な問題に過ぎない。

 竜殺しのカーラ、彼女に対する、彼の恋慕と言っていい。

「戦力を削らないように、気をつけてくださいね」

「分かってるさ。死んだ女には興味はないんでな」

 好みの女は力ずくでものにする。それで魔王陛下に怒られたことも二度や三度ではないのだが、今度もその一例となるのだろう。

 男としては、分からないでもない。変に権力を振りかざしたり、下手な理屈をこねないだけ、まだ男らしいとさえ感じる。

 だが、今度は相手が相手だ。

 あの美しい銀髪を持つ女性の姿を思い出し、ピノはかすかに溜め息をついた。

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