第74話 大会戦

 リアは困っていた。


 心底困っていた。


 どうやったらこの戦いに勝てるかではなく。


 どういう勝ち方をしたらいいのかを、ずっと考えていた。





 当初の予定では、今までのように単純明快、それでいて華麗で斬新な戦術を駆使して、敵兵力を無力化する予定だった。

 ゴーレム兵の突撃力とオーガの戦闘力を考えれば、敵の最大動員兵力を相手にしても、会戦ではまず負けないだろうと思っていた。

 それが崩れたのは、敵の補給線がズタズタになったという偵察部隊からの報告を受けてからである。

 リアは綿密な計算の上に、サージには余分の食料も含め、充分な用意をさせていたつもりであった。

 しかし、しかしである。

 魔族の撹乱部隊さん、やりすぎである。



 捕虜を取ったら、それを食わせる必要がある。

 その分の食料は敵の食料庫から奪う予定だったのだが、それが出来なくなったらしい。

 まさか住民の分の食料を奪ってしまうわけにはいかない。それをやっては、民衆を敵に回すことになる。

 どこから食料を持ってくるのだ?

 マネーシャにはもう、何十万という口を満たすだけの余分の食料は準備されていない。

 もちろんコルドバにも残っていない。

 この状況で、はらぺこぺこりーなの敵や住民を、どう扱えばいいというのだ。

 まさかこんな意味で、味方に足を引っ張られるとは思わなかった。



 それを、こいつらは。

 目の前の幕僚どもは。

 どんだけ敗北フラグを立ててくれているのか。

「この領地はやはり、私が……」

「そうですな、するとこちらは私の領地に接していますので……」

「いや、将来の商業路を考えますと、ぜひこの領地は私が……」

「それはそちらの都合でしょう。こちらにもこちらの利点が……」

 地図の上の、コルドバの領地の戦後処理の話などをしている。



 リアは思わず、刀を抜いてテーブルを両断していた。

 真っ二つである。しん、とその場が静まり返った。

「諸君らは、いったい何の話をしているのか?」

 冷えた声で、竜眼で見つめられ、ほとんどの幕僚たち、つまり貴族が息を飲む。

「たかだか1万の兵力差で、しかも騎兵戦力では負けているこの状況で、どうして戦後の話などをしているのか?」



 戦争とはもっと切実で、殺伐としていて、懸命で、暗澹としたものなんだよ!

 お前らみたいに戦後の土地分配など、作戦会議で話していて良い話題ではないのだ。



 今まで彼らは、リアの怒った姿を見たことがなかった。

 作戦の失敗や、能力不足を叱責されたことはある。だがそれは、あくまで理性的な行動だった。

 だが今のは、完全なる感情の発露だった。

 彼らは知った。

 リアは、戦争に対して、真剣ではない人間に厳しい。憎んですらいるかもしれないと。



「サージ、代わりの机を」

「すみません、ありません」

「では、フィオ、用意してくれ。それまでいったん休憩とする。私もだが、諸君も頭をしっかりと冷やしておくように」

 全力で頷く幕僚たちの姿がそこにあった。







 天幕の中で、リアはクッションにどっかりと座っていた。

 やってしまった。八つ当たりに近い。確かに優先順位を考えない愚かな思考ではあったが、リアが問題としていたのはそこではなかった。

 誰も、問題点を理解してくれていない。それがリアには我慢できなかったのだ。

 サージを呼んでこの憤懣を共有しようとした時。

「よろしいですか?」

 天幕の中に入ってきたカーラは、ポットとカップを持っていた。

 彼女は下戸だ。当然その中は、ミルクティーが入っているのだろう。

「飲みますか?」

「ああ、ありがとう」

 身を起こし、リアはカップを受け取る。

 ミルクティーの甘い香りが、ささくれ立った精神を緩めてくれた。



「みっともないところ、見せてしまったな」

「いえ、私はあれで良かったと思います」

「そうか?」

「ええ。軍議の雰囲気は、弛緩していましたから」

 なるほど、カーラの目にもそう見えていたか。

「かと言って、総司令官が感情を爆発させるのも駄目だろう」

「いえ、あれで良かったと思います」

 カーラがまっすぐにこちらを見つめてくる。その空の色に似た瞳で。

「あなたは、正しいことをしました」

 リアを肯定した。



「リアちゃ~ん?」

 ひょこりとマールが天幕をめくって入ってくる。

 リアはマールを手招きすると、その胸の中に抱きしめた。

 落ち着く。やはりマールはリアの精神安定剤だ。

「あ~、お姉ちゃんずるい~」

 マールを追いかけてきたのか、イリーナが入ってくる。

 仕方ない。お姉ちゃんだから、マールを抱きしめる権利を半分あげよう。



 するとそれに引き続いて、仲間たちが次々と入ってくる。

 ルルーとカルロスが二人揃って入ってきた時には、リア充めとも思ったが、今は自分もそうであった。

 旅の仲間たちの最後に、フィオが入ってきた。この人員に少し驚いている。

「あの、幕僚の方たちが、様子を見てきてほしいと」

 それぐらい、自分で見に来いと言いたい。

「まあ、姉ちゃん怒ると怖いからなあ」

 気楽な感じでサージが同意し、腕の中のマールまでが頷いた。

 まあ、不本意ではあるが、皆がそう言うならそうなのだろう。

 リアは溜め息をつきつつも、自分がリラックスしているのを感じていた。

「皆の、知恵を借りたい」

 真剣な表情で、そう言葉をかけた。







 数日後、オーガス軍とコルドバ軍の大軍は対峙した。

 大陸戦史上においてもそれほどはない、大規模の会戦である。

 そのあまりの軍の規模ゆえに、両者は持久戦を選択出来ない。

 早朝に対峙した両軍は、そのまま軍を展開していき、演説もなく、まるで流れるように、戦闘に突入した。



 コルドバ軍の陣形は、普段と変わらない。

 重装歩兵を中心に置き、両翼から騎兵を展開させる。

 コルドバ軍の、必勝の戦術である。既に破られているにもかかわらず、それしか選択肢はないのか。

 それともこの圧倒的な数を手にし、慢心したか。

 あるいは普段どおりの戦術と見せて、何か他の策があるのか。

 否、それはない。

 これだけの大軍勢になると、下手な戦術はむしろ逆効果である。最も慣れた、単純な戦術が効果を発する。

 それを怠慢とは言わない。だが、進取の気に富んでいるとはとても言えない。



 オーガス軍はこれまでと違い、主戦力の一つを最初から、前面に押し出した。

 ゴーレム兵団である。

 ゴーレムの突進力は騎兵の比ではない。これまで鉄の規律でまさしく鉄壁の防御力を誇ったコルドバ歩兵が、あっけなく蹂躙されていく。

 いくら長槍で武装しようと、鋼鉄の胸当てで防御しようと、単純な質量の前には無力であったのだ。



 中央を突破され、コルドバ兵が左右に裂けていく。

 それにつられるようにして、左右に配置された騎兵も、より左右に広がってオーガス軍を包囲しようとする。

 だがいくら大軍の運用に適した平原を戦場に選んだとは言え、左右の広さには限界がある。

 凹凸の激しい大地や、騎兵の機動力を大きく削ぐ森に阻まれ、コルドバ騎兵はその特性を活かせなくなった。



 残るはもはや、蹂躙戦であった。

 オーガ兵を、わずかに規律を保った敵兵力に当てていく。

 秩序が崩壊したら、またすぐに戻す。兵の集団になってしまったコルドバ軍は、呆気ないほど簡単に降伏してくる。

 それはこれまで、リアが敵を無駄に殺すことを嫌ってきたことに対する信頼でもあった。

 かの女王なら、もはや戦意を失った我々を、無為に殺すことはないであろうと。

 実際この場合も、リアは殺さなかった。

 殺してしまったほうが兵糧の面では有利になると分かっていても、リアは殺さない。

 それはリアの美意識の問題でもあるし、今後の占領政策を考えたことの結果でもあった。



 覇権を賭けたはずの戦いは、意外なほどに一方的なものになっていった。

 もはや逃げ出すこともせず、そのまま武器を捨てて降伏してくる敵がいる。

 それはもはや敵ではなく、哀れな一個人なのであった。

 コルドバの国力、つまりは人口をあまり減らすことなく、戦争に勝利する。

 リアの目論見は怖いほどに当たった。

 この大会戦は、朝に始まり夕べには終わった。

 20万近くの捕虜を武装解除させ、それぞれの部隊と指揮官を隔離する。

 その作業の方に、三日間もかかった。







 そしてリアは怒っていた。

 誰に、というわけではなく、状況に怒っていた。

 敵の20万近くの捕虜を食わせるために、鹵獲した馬を潰して食料に変えたのだ。

 数万の馬である。

 猫と同じぐらいに馬が好きなリアには、我慢しづらいものがあった。

 よって、そのストレスを解消する必要に迫られる。

 総司令官の精神の平衡を保つという、とてつもなく重要なことであった。



「おっぱい揉ませろ!」

「へ?」

 天幕に呼び出したシズナを抱き寄せると、おもむろにその胸を揉みだしたのだった。

「は~、落ち着く~」

「お! 落ち着くなよ!」

 シズナは真っ赤になって抗議するが、あまり説得力はない。なにせ、体は全く抵抗していないのだ。

「何だかんだいって、お前も気持ちいいんだろ? なんだ? この突起は?」

 清純なカーラや、真面目なフィオには出来ないセクハラが、シズナ相手には出来る。

 なぜなら、実は彼女も喜んでいると分かっているからだ。

「そ、それは! やめ!」

「やめな~い」

 ぱくりと耳たぶを噛んで、リアは散々にシズナを弄ぶ。

「っていうかお前、実はもう濡れてないか?」

「ぬ、濡れてない!」

 その痴態は、呼び出されたカーラが止めるまで続けられた。



「さて、では演説を始めるか」

 ストレスの発散は出来た。

 風呂に入って身を清め、鎧もぴかぴかに磨いた姿で、リアは捕虜のコルドバ兵の前に立った。

 話す内容は、それほど目新しいものではない。だが、自分たちが目の前のこの、美しい少女に負けたことを自覚して呆然としているコルドバ兵には、充分な効果があった。

 今までコルドバという国が、どれだけの圧制を敷いてきたか。具体的にはマネーシャと比べて述べてみた。

 そして今回の戦いでコルドバが兵糧を充分に用意せず、彼らが使い捨てにされようとしていたこと。

 リアはさらに、彼らの目の前に餌を吊り下げた。

 取り上げた武器と防具を、お前たちにもどしてやろうと。

 これから行われる、コルドバの首都攻略戦において、先鋒になれと。

 市民への暴虐は禁止するが、王宮の財物は全て兵の略奪に任せると。



 無茶苦茶である。

 兵たちにとっては高嶺の花であった王宮。ただ見上げるばかりであった存在。

 それを好き勝手に陵辱してもいいと言われたのだ。

 さらに衝動には左右されない指揮官たちにも、魅力的な提案を行った。

 この戦いで功績を立てたら、オーガスの貴族として取り立てると言ったのである。



「ただし、首都の城壁を突破してから三日間の間だけだ。それを過ぎて略奪する者は、問答無用で処刑する」

 飴と鞭。これほど明確に、それが与えられた例は、大陸にもそうはないであろう。

 これ以上ないほど意気高まる、先日までコルドバ兵であったオーガス兵を指揮下に。

 リアは40万という大軍でもって、コルドバの首都へと馬を進めるのであった。

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