第73話 侵攻開始
リアはかつてのその土地の領主だった貴族に一軍を与えて、コルドバ領の切り崩しを狙った。
もちろん各個撃破の危険性はあるが、それでも戦線を拡大し、一気に領土を制圧することを選んだのである。
幕僚となった旧領主たちは、勢い込んで出発した。それはそうだろう。先祖代々の土地を取り戻せるとなったら、張り切らないほうがおかしい。
リアがそれに預けた軍は、オーガやカサリアの精鋭ではない。
主にマネーシャと他の領主の連合軍であり、もし失敗しても、損害が少なくなるようには計算していた。
結果として、それは有効である領土もあれば、領地回復に失敗する領土もあった。
リアは幕僚と共に、その原因を研究していく。
まあ当然の理由である。善政を布いていた領土は旧領主を喜んで迎え入れ、愚かにもコルドバ以上の苛政を布いていた領主は、コルドバ軍に味方する領民に叩き出された。
自力で領土を回復した貴族には、そのまま以前の領土を安堵する。オーガス軍の協力が必要だった場合は、減封することになるだろう。
何せいまや、奢侈に奢る貴族を飼っている余裕など、人類側にはないのだ。
「期待以上に、コルドバの政治は魅力がなかったようですな」
幕僚の一人がそんなことを言うが、確かにその通りだ。
特にこの数十年で併合した国家が、外からの圧力ですぐに反乱に立ち上がっている。
「それにしてもコルドバ以上の搾取を続けていた国家っていったい…」
リアは額に手を当てた。もう、バカなの? 死ぬの? という感じである。
そもそもコルドバがそういう国を狙って勢力を伸長し、大きくなった国力で周辺諸国を併合していったのだが。つまり順番が逆なのである。
なかなかに頭が良い首脳部が続いたようだが、それをいつまでも通用すると思って続けたのが、現在のコルドバの愚かなところである。
リアは永久的に続く国家なぞ存在しないと思っている。
3000年の歴史を誇った帝国でさえ、原因は不明だが消滅してしまったのだ。
カサリアをはじめとする5王国は1000年続いているが、王家が大きな力を持っているのは、カサリア、レムドリア、イストリアで、ルアブラなどは滅亡寸前と聞く。
カサリアとて滅亡とは言わないまでも、衰亡の危機は多々あった。
それを克服してきたのは、人間の力である。
システムの力ではない。システムは確かに統治に役に立つが、それが肥大化し、社会を苦しめることも珍しくはない。
そこで、突出した個人の力が必要となるのだ。
リアは民主主義を信じていない。もちろん、社会主義や共産主義を含めての、民主主義だ。
彼女が一番良いと思えるのは、聖人独裁である。
無謬の限りなく少ない君主による、絶対専制。それが、トップに人材を得られるとしたら、最も効率がいいだろう。
もちろん実際のところは、それもまた机上の空論に過ぎない。
自分が聖人であるなどとリアは思ったことがないし、政治に関してはギネヴィアのほうがよほど上手くやれるだろう。
だが今、コルドバを滅ぼし、魔王と戦うためには、リアがトップに立つ必要があるらしい。
嫌だけど。
正直勘弁して欲しいのだが、権威、血筋、個人的武力、カリスマなどを総合した結果、少なくとも大陸北西部で、リア以上の適役はいないのである。
「コルドバの内部からの調略も開始してみるか」
コルドバには、当然王家以外の貴族がいる。中央集権の国家ではあるが、貴族がいないわけではないのだ。
その中でまだしも民衆に支持されている貴族を、オーガスが認めてしまう。つまり今の内に本領安堵をしてしまうのだ。
これでコルドバを見限ったらそれで良し。裏切ってまでくれたら、ありがたいことこの上ない。
「早速その手配もいたしましょう」
実際の仕事は幕僚任せ。リアは大局を考える。
小ざかしいことは色々と考えられたが、やはり敵の主力を潰す必要がある。
そしてコルドバの、首都の占拠。王室を潰し、二度と立ち上がれないようにする。
いやむしろ、人望のある王族をこちらで擁立し、これを正当なコルドバ伯爵と認めるか?
そしたら上手くいけば国内を割ることが出来る。こちらの占領の消耗を防げる。
謀略というのは、考えるだけなら結構楽しいものである。成功するかは別として。
逆に、相手の謀略に対しても考える。
コルドバの謀略は、実はリアが出現したことによって、ほとんどが破綻していた。
それまでのコルドバの謀略とは、圧力、譲歩、分割などで相手の国力を奪い、最終的に併合するというものであった。
その併合すべき国家が、リアが出現したことによって、むしろ団結してしまったのだ。
もちろんこの連合国とも言うべきオーガスからの脱却をそそのかす謀略は打っているだろう。
だが現在、コルドバに対してオーガスは連戦連勝で、その下から離れる理由がない。
コルドバと違ってリアは、属領となった国家に無理難題を振りかけたりはしていない。今のところは、だが。
圧力をかけて併合することもしていない。せいぜいが有利な同盟を結ぶぐらいだ。
シャシミールなどは、半独立の都市国家として存続している。
リアの目的、国家戦略はしっかりとしている。
千年紀への対処、である。
それが終われば知ったこっちゃないのである。
リアは退位して、幼い王子を傀儡にして、ギネヴィアが国政を摂政すればいい。
彼女にはそれだけの能力があるし、やる気も……まあリアよりはあるだろう。
大崩壊とか神竜の後継者とかは、またその時に考えれば良い。
たぶんだが、ずっと先の話だろう。
そしたらリアはまた、旅に出るのだ。
今度は何人が一緒に来てくれるだろう?
カーラは連れて行く。口先三寸でなんとか説得して、なんとしてでも連れて行く。
シズナは付いてきてくれるだろう。何だかんだいって、彼女はリアに苛められるのが好きなのだ。
フィオはどうするか? 本人は付いてくるというだろう。だが貴族の令嬢を、そうそう拉致していいものか。
イリーナはむしろ連れていかなければいけないだろう。
マールは来てくれるだろうな。ギグも問題はないだろう。ルルーとカルロスは、勝手に幸せになってくれ、ちくしょう。
意外とサージは付いて来ないかもしれないな。ハーレム実現のために、爵位を上げてやるか。
ああ、でもそろそろマツカゼにはお嫁さんを見つけてあげないといけない。
そんな妄想とも言える未来地図を頭に描き、リアは目の前に迫る会戦に備えていた。
オーガス軍は侵攻を開始した。
様々な謀略が効果を現すのを待っていても良かったが、まず軍事的な圧力をかけることにより、より謀略の成功率を上げるのだ。
地図にある村や街、砦を絨毯爆撃のように全て制圧していく。
基本的に住民には手を出さないし、兵士も期間を区切った奴隷契約で縛っていく。
圧制をかけるわけでもないこのオーガス軍の姿勢は、民衆におおむね好評だった。
だがリアは油断しない。ただ変化があるというだけで、その変化を嫌う人間というのはいるのだ。
そういった人間には、悪いが表舞台からは退場してもらう。
結果的に犠牲を少なくするための、最小限度の生贄というわけであった。
そうした街を通過する折に、リアは暗殺者に狙われることがあった。
たいがいは警備の兵が始末してくれるのだが、中にはものすごい腕の暗殺者もいて、リアにまで直接迫り、その腕に毒のナイフを突き立てたものだ。
「お見事」
返す刀で斬り倒した暗殺者に、そういうだけの余裕がリアにはあった。
普通なら即死の猛毒でも、リアにはちょっとぴりぴりするだけのものだ。わざわざ解毒をする必要さえない。
「大事無い。私には竜の血が流れている。毒によって死ぬことなどない」
むしろ大騒ぎする周囲を、そう言ってなだめたものだ。
確かに、伝説においても毒で殺された竜はいないのだ。
食事に毒が混じってあることもあったが、やはり問題はないのだ。
むしろリアにとって気をつけなければいけないことは、サージが狙われることである。
カーラもまた、兵力の保全という点で重要な人物だが、何しろ彼女も同じように各種耐性を持っている。
サージもマネーシャで作れる限りの耐性魔法はかけてもらったが、ヒュドラの毒でも使われれば死ぬだろう。
時空魔法で補給を賄っている、彼の代わりを務められる者はいない。
「だからお前は目立つなよ。少なくともこの戦いが終わるまでは」
非情な言い方だが、その程度の冗談は通じる仲だ。
サージの魔法による兵站の確立は、この戦争の究極的な勝利の要因である。
リア個人の作戦立案能力、ギフトの指揮能力、オーガ軍団の戦闘力、マネーシャの技術力とコルドバ相手に有利に戦っている理由は色々あるが、究極はこれである。
リアの武装製造力と、サージの運搬力。
しょせん戦争とは、多くの人数を揃え、それに食事をやり、武器を備えさせた方が勝つのである。
「戦いは数だよ、兄貴」
「はあ?」
怪訝な顔をする幕僚に、リアはそれとなく、昔亡くなった兄と話したことだが…とそれらしい話を作ってみた。
なんとなく納得する幕僚たちの間で、サージだけがキシシと笑っていた。
実のところ……この前世ネタも、リアの神秘性を増す要員の一つとなっている。
常勝無敗の若き美少女将軍が、彼らには理解できないことを時々言う。そしてそれを、兵站の責任者である年端もいかない魔法使いの少年だけが理解している。
これには何か理由があるに違いないと、歴戦の幕僚たちが戦術書や戦史の古典を当たり、自然と己の教養を高めていくのだが、もしそれを知ったら、リアは恥ずかしくて悶絶しただろう。
オーガス軍がコルドバ領へ侵攻を開始して二週間。
抵抗らしい抵抗は全くなく、オーガス軍はその領土を侵食していた。
コルドバの抵抗がなかったのは、単純に準備に時間がかかったからである。
下手な戦力を用意しても、オーガス軍の大軍勢の前には各個撃破される。
大軍を編成して、会戦でこれを撃破する。コルドバの首脳陣が出した答えはそれだった。
だがそれには、予想以上の時間がかかった。
単純に書類上の手続きが遅いという、肥大化した官僚組織の問題もあったが、さらに単純に、兵と、兵のための食料を集めるのに苦労したのだ。
おそらく敵ではなく反乱軍だと思うのだが、補給戦の要となるべき村を、少人数で襲う集団があったのだ。獣人の姿も認められたのだから間違いない。
オーガスの正規軍と違い、彼らは残虐だった。
まず何より、生物が生きていくのに何よりも必要な、水資源を可能な限り破壊した。
井戸には死体や糞尿が投げ込まれ、水を得る手段が限られてしまった。
民衆を襲い、死なない程度に傷つけていった。これは、怪我人を世話するために、健康な人間の手を取らせるためだろう。
そして食料庫は例外なく焼かれた。コルドバ軍は軍需物資を放出せざるをえなくなり、補給線が自然と長くなった。
そしてそれの防衛に、また軍勢が取られた。
それでもどうにかコルドバ軍が動員できたのが、20個軍団。24万の大軍勢。
これに対して侵攻してきたオーガス軍が25万のほぼ同数の大軍勢。
対決の場所は、オーガス軍が先に布陣した、マーザ平原。
後の世にマーザ平原の戦いと呼ばれる大会戦が、今始まろうとしていた。
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