第70話 攻城戦

 コルドバへの侵攻作戦が始まった。

 当初の予定通り、まずは南端の国境の砦を攻める。

 その兵数実に15万。

 それも数に任せた力攻めではなく、魔法や投石器による遠距離攻撃、また工兵による水源の確保など、地味なところから戦いは始まった。



 近くの丘で、見るともなしにその攻撃を見ていたリアが今、格闘している書類は法律に関したものである。

 オーガス大公国は、実質的には連合国である。その範となる法律、憲法とでもするべき法律が必要だった。

 技術面や商業面に関してはギネヴィアがその手腕を充分に発揮してくれているのだが、彼女も法律の制定に関しては、あまり知見を持っていない。

 よってこの最前線で一方的な攻撃を見つつ、リアは幕僚と共に戦後の法整備の話などをしているのだ。

 そしてこの見本となるのが、これから滅ぼそうとしているコルドバであったりするところが、ちょっとツボである。



「フィオ、次そっち取って。サージ、これ見てみて」

 こういう場合役に立つのが、前世日本の知識を持つサージである。

 法学部出身というわけではなかったが、普通に歴史の授業は受けていたので、そこそこの法律の変遷の知識はある。

「姉ちゃん、これ、いくらなんでも優しすぎない?」

 既にこの頃には、軍内でもサージのリアに対する呼称は「姉ちゃん」で固定している。

「ああ、コルドバの民衆は圧制に長年苦しんでいたからな。一度は優しさを経験させて、絶対に反乱を起こさないようにするんだ」

「う~ん、確か法律は、下手に優しいよりは厳しいほうがいいとか、何かの本で読んだんだけど……」

「中国の子産の故事だな。徳を持った君主の下では政治は水のように親しみやすく柔らかいほうがいいが、徳のない君主では下手に慣れてしまうので、火のように厳しく対処した方がいいという話だ」

 歴史小説は好きなので、それなりに読んでいたリアである。

 そんな奇妙なものを見るような目で見るない。

「……姉ちゃん、徳、ある?」

「ないな」

 だが威厳はある。圧倒的な武勲と名声がある。

 その覇王に向かって平然とした態度をとっているサージも、実はいつの間にか一目置かれているのだが、本人は気付いていない。

 王様に向かってあなたには徳がありませんねと真っ向から言える家臣など、この対陣の将軍の中にもいないだろう。



「ところで陛下」

「ん?」

「そろそろ城壁も破壊されていますし、突撃をかけたほうがいいかと……」

 将軍の進言に、リアはちらとだけ視線を前に向けて、また書類に戻した。

「まだまだ」

「しかし、これ以上破壊しては、こちらが使うことが出来なくなります」

「それでいいんだ。元から全部壊して、新しく作り直す予定だったから」

 将軍があんぐりと口を開けた。

「だって、あんなに小さな砦じゃあ、すぐにまた取り返されるだろう? その工事を行うために、15万も兵隊を連れてきたんだぞ」



 将軍はそれ以上、何も言わなかった。

 間断のない投石に音を上げた砦の守備兵が白旗を揚げたのは、それから間もなくのことである。



「ああ、疲れた」

 天幕の中に敷いた布の上に、書類を持ったままリアは寝転ぶ。

 体はずっと馬の上にいただけだが、頭の方が疲れていた。

 そもそもこんなことは学者にでもやらせるべきことなのかもしれないが、今必要とされているのは普遍性のある法律ではない。

 リアによる独裁が、千年紀までには必要なのだ。

「フィオ、フィーオ」

「何ですか?」

「膝枕して~」

「ひ、膝枕ですか……」

 素直に床に座ったフィオの膝に、リアは頭を乗せる。

「マール~、抱き枕になって~」

「は~い」

 慣れたもので、すっぽりとリアの腕の中に入るマール。

「あ、ずるい~」

 そのマールをイリーナが反対から抱き締める。



「何をやってんのよ、あんたは……」

 呆れたような、でも少し羨ましそうな声で、天幕に入ってきたシズナがリアを睨む。

「癒されてるんだよ……。ほら、シズナもこっちへ」

「ええ~?」

 不機嫌そうな顔をしながらも、フィオと隣り合う位置に座るシズナ。構って欲しいのが見え見えで可愛い。

 その腰を抱いて引き寄せたリアは、左手でシズナの尻を撫で始める。

「ちょっと……こんな……」

「柔らかくていい気分だな~」

 あまりに正直にリアが言うので、シズナは頬を赤らめながらも、その指先に集中してしまう。ただ撫でるだけでなく、絶対にこちらの反応を窺っている。

 悔しい。でも感じちゃう。



「何をしているのですか?」

 冷徹な声が天幕に響いた。

 カーラ様が見ていた。

 特に嫉妬しているわけでも、怒っているわけでもない、不思議な表情でリアたちを見ていた。

 その無垢なる瞳が、むしろリアを不安にさせた。

「リア、甘えるのは構いませんが、他人の目があります。誰かを表に立たせておくべきです」

 むしろそれは、優しい声だった。

「はい」

「あとこれはマネーシャから届いた書類です。疲れているでしょうが、明日までに見ておいて下さい」

 そう言って書類を置いたカーラは、颯爽とその場を去った。



「さすが、正妻は違うわ……」

「全く嫉妬が感じられませんでしたね」

 感心したようにシズナとフィオが囁く。嫉妬という感情は、確かにカーラには無縁のもののように思える。

 それはそれで寂しいリアなのであった。







 砦を改修し、要塞化するのにはそれほどの時間はかからなかった。

 資材は用意してあるし、人手も充分、そしてその監督をするのが、つい先ごろまで敵だったコルドバの技術者たちなのである。

 工兵としては一流の彼らが、国から強要されてではなく、自ら率先して工事を行うのである。大規模な城壁もすぐに完成した。

 コルドバも数日後に軍団を送ってきたが、なにしろ数が圧倒的に違う。むしろ攻撃して来てくれたほうがありがたいのであるが、すごすごと壁を見つめて帰っていった。



 近隣の貴族に要塞を任せて、リアの本軍はまた攻略の対象を変えていく。

 ほとんど同じような展開で、二つの砦が陥落。そしてまた同じように、要塞化していく。

 二度目はコルドバも相当の兵力を用意して奪還にかかったのだが、攻城戦に使った投石器を防衛戦に使われ、かなりの被害を出して退却していった。

 三度目ともなると最初から相当の兵を詰めていたのだが、それでも大量に用意された投石器の機械力の前には無力であった。



 また、この戦いでついにギネヴィア肝いりのゴーレム兵が戦場を闊歩した。

 歩兵の随伴を受けて進むゴーレム兵は、オーガ以上の攻撃力と突進力を発揮した。

 平地においてはその突撃を阻むものはなく、堅固に作られたはずの陣営地も、その拳の一撃で柵を破壊し、居住区へ雪崩れ込んだ。

 ゴーレム兵の空けた穴を、歩兵が突撃して広げていく。

 その展開する力は、確かに歩兵はおろか騎兵でさえもありえないものであった。



「でも、けっこう欠点も見つかっちゃったね」

 サージは壊れたゴーレムをしまいながらリアに言う。

「まあそうだろう。最新兵器がいきなり万全の性能を発揮するわけないからな」

 リアはあくまでも冷静だ。ギネヴィアもそれは覚悟の上のはずだ。



 ゴーレム兵の問題の第一は、その耐衝撃性にあった。それも予想されていた横からの敵の突撃ではなく、縦の方向にだ。

 わずかな段差で躓いてこけて、中の人が頭を打つこと多数。これで死んでたら笑い話にもならない。

「それじゃあまるでスペ○ンカーだね」

「古いネタ知ってるな、お前……」



 また一般から逸脱した強者を前にしても、ゴーレム並の行動しか取れない。

 魔力で強化した装甲をたやすく切り裂く強兵が、敵が多ければ少しはいるのだ。



 そして最大の欠点は、その整備性によるだろう。

 前述の理由で破壊され、各坐したゴーレムを整備、修理するための施設や工廠がない。整備をする人もいない。

 ギネヴィアという天才の生み出した技術が、戦場の技術者たちに一般化されていないのだ。



「それでも会戦では確かに使えるな。持って帰って修理してもらってくれ」

「了解」

 とりあえず中に入る騎乗者に、シートベルトとヘルメットは必着であろう。むしろなぜ気付かなかったのか。

 ゴーレムとは戦うものであって、乗り込む物ではないという思い込みが、この世界に転生してからのうちに染み込んでいたのだろう。

 実際の前世で、ロボットアニメは散々あっても、人が乗り込む戦闘ロボットが、ついに開発されなかったという事実もあるし。

「マネーシャに戻ったら、ちょっと真剣にゴーレム開発に取り組んで見るよ」

 実戦にはともかく、魔法理論にはいまいち精通しているとは言えないサージである。

 これは戦争が一段落したら、本格的に魔法都市への留学を考えるべきかもしれない。







 3つの砦を陥落させ、オーガス軍は最終目的である一つの要塞へと軍を向ける。

 そこはいままでの3つの砦とは違い、堀は深く、壁は高く厚い。在住の兵数も今や3万を超し、完全にコルドバへの進路を閉ざす要衝となっている。

 マラダス要塞。以前にリアは、この要塞の攻略を諦めて撤退した。あの時は合理的な判断であったが、こうも強化されている姿を見ると、思わないものがないではない。

 ライアスは特に何も言わないが、あの時のリアの判断に疑問を抱いている者もいるだろう。

「さて、正面突破は愚作、かといって迂回すれば補給線に邪魔になり、内応を誘うにも準備が足りず、誘い出すには餌がないか……」

 一応、リアにはこの要塞を簡単に落とす策があるのである。それは、策とさえいえないようなものであるが。

 リアと仲間の数人が侵入して大門を開ければ、それで攻略は成るであろう。行きがけの駄賃に司令官を暗殺でもすればもっといい。

 だがそれは、政治的に、してよいことなのだろうか?

 第一それをしたら、味方の将軍たちが激オコぷんぷん丸になるであろう。



 戦士が戦場で死ぬのは、ごく当たり前のことだとリアは思っている。

 だが戦士を無駄に戦場で死なせることは、指揮官の怠慢だ。

 恐らく誰も、リアがこんなに兵士の損耗に気をつけているとは思っていないだろう。だが、リアは兵士を大切にしたいのだ。

 コルドバ攻略なぞはいわば前哨戦。本番は、全く正体不明の魔族との戦争になる。

(レイやアスカとも殺しあうことになるわけか……)

 憂鬱な気分になりながらも、リアは考えることを止めるわけにはいかないのだった。

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