第69話 会議は踊らず
次の日から、コルドバ侵攻作戦立案のための会議が始まった。
出席者は大公リュクレイアーナ、摂政ギネヴィアを筆頭に、各部門の閣僚、各軍団長、そして各国の ―― 今では公国の領土となった大貴族たち。
そしてその中にサージ。
その中にサージ。大事なことなので二回言いました。
正式な軍人でもない、最下級の貴族である、魔法使いの少年が、リアの隣の位置にある席を占めているのである。
「なんだかおいら、すごく自分が場違いな気分……」
「我慢しろ。お前の輸送力がないと、作戦が立てられないんだ」
「おいら、凡人なのに……」
「この戦争が終わったら二階級特進で男爵にしてやるから。領地もいいところやるから。酒池肉林していいから」
「いや、おいら女の子は一人でも……いやいや、貴族の義務として、何人かは必要かな」
ちょっと欲が出てきたサージである。
大会議室に大人数が入室する。
普通なら顔見知り通しの挨拶などで時間を潰すのだろうが、それを許すリアではない。
「よく集まってくれた、諸君。早速だが、コルドバ侵攻作戦の計画立案を開始する」
リアの背後の壁面に、コルドバの略地図が表示される。そこには既に、幾つかの点が打たれていた。
「まず大前提として、コルドバは叩き潰さなければいけない。これに異議のある者はいるか?」
リアの竜眼が発動している。それにもかかわらず、手を挙げた剛の者がいる。
「経済封鎖で孤立させるという手段は取れませんかな? 侵攻するにしても、その後のほうがより楽になると思うのですが」
「駄目だ。まずコルドバは、食糧生産自体は自給自足が可能な国だ。そして海がある以上、密輸を取り締まるのは不可能に近い。時間をかければ、千年紀がやって来る」
ふうむ、と男は納得したが、リアは追撃をかけた。
「言っておくが、千年紀はあと8年以内にやって来る。これは、迷宮の主から私が直接聞いた話だ」
その言葉に、議場が騒然となる。
リアという人間を侮っている愚か者は、ここにはいない。だがその言葉の全てを信じるのも、人としては難しいのだ。
「千年紀にコルドバのような国を後背に負って戦うことは出来ない。これが、即日にでもコルドバを潰さなければいけない理由だ」
「我ら、コルドバより祖国を解放するためなら、この命を賭けまする!」
そう叫んだのは、かつてコルドバに国を滅ぼされた亡命貴族であった。リアはそれに対してただ頷くのみ。
「コルドバは大国だ。その動員可能兵力は、この間の戦いで減ったとはいえ、45万は投入してくるだろう」
それは、絶望的な数に思えた。この場にいるどの貴族も、せいぜいが2万から3万の兵しか揃えられないのだ。
「これに対して公国の全戦力は、計算上300万を超える」
その言葉がまた、議場にざわめきを生んだ。
自分たちは、それほどの兵力を持っているのかと。実はリアのハッタリなのだが、それを知るのはギネヴィアとフィオだけだ。
「もっともこれは、本当に最後の手段だ。千年紀に魔族が攻めて来た時にこそ、この数が役に立つだろう」
リアは両手で騒ぎを鎮めると、再びコルドバへと話を戻す。
「コルドバの兵力のうち、国境に存在する兵力と、都にある兵力を除くと、実働部隊は約20万。これを討つ」
ごくりと誰かが唾を飲む。20万でも充分に、絶望的な数だと言える。
リアが示すのは、あくまでも現実的な数だった。
「カサリアからの援軍が5万。マネーシャの軍が5万。オーガの軍が……」
ここでわざと声をためた。良性の衝撃は、出来るだけもったいぶるに限る。
「10万だ」
今までで一番のざわめきが生まれた。
「そして獣人の軍も、10万が揃えられそうな見通しだ。戦場では非力な彼らだが、コルドバ得意の情報戦や、補給線の破壊では役に立ってくれるだろう」
ここまでのコルドバとの対戦の勝利で、後方の撹乱がどれだけ重要だったか、リアは力を込めて説明した。
「これに各領主たちの戦力を加えれば、コルドバを倒すのも無理ではないと、数字で理解できたと思う」
リアはいったんそこで話をしめた。
「さて、具体的なコルドバ侵攻だが、4つ以上のルートを考えている。これは実際に軍を4つに分けて戦うのではなく、4つのルートを保持することで、敵にこちらの意図を察知されないためだ」
南端、そこから北東、北端の3つに点が打たれている。そしてマネーシャから近い国境に一番大きな点がある。
具体的な侵攻は、このルートをもって行われる。マネーシャの近郊が穀倉地帯で、兵糧を集めるのに適しているからだ。
「他の3つの拠点は、これを死守してほしい。コルドバの軍勢を分割させるためだ」
よろしく頼む、とリアは深々と頭をたれた。
それからリアが各侵攻点に近い領主に頼んだのは、攻城兵器の作成である。
実際の戦闘にもある程度の人数を出してもらうが、戦力の中心はカサリア・マネーシャ・オーガの軍である。これに経験を積ませることによって、真の精鋭を育てる。
コルドバ国内の戦場がどこになるか分からないが、決戦においてリアが頼りにするのは、この3軍である。
詳細はまだまだ詰める必要があるだろうが、大枠は決まった。他に意見を求めると、沿岸に領土を持つ貴族が手を挙げた。
「コルドバと貿易をしている船を対象にした、私掠免状を発行したらどうでしょう。コルドバが農業立国とはいえ、貿易をしていないわけではありません。人心を騒がすという意味でも、効果はあるかと」
「よろしい。許可しよう。ただし期間を設けて管理するように」
「それと、陛下……」
おそるおそると言った感じで、一人の貴族が手を挙げた。
その挙動に反して、リアの視線にも怯まないところを見ると、相当の胆力があるのだろう。
「陛下の配偶者の問題なのですが、やはり公国の未来を考えると、後継者が必要となるのでは……」
リアは深く深く溜め息をついた。
彼の考えが貴族のみならず、普通の人間の常識だとは分かる。生物の常識とさえ言っていい。子孫を残すということは。
だが、リアには無理なのだ。考えてみれば、これはよい機会だ。
「私は、月のものがないのだ。つまり子供が出来ないのだ。同性愛を別にしても、私の血を引く後継者は出来ない」
その言葉は、今度は議場を静まり返させた。
「我が国には腕の良い医者がおりますが……」
「死者を簡単に甦らせる、神竜バルスでさえ不可能だと言ったのだ。人に可能な技ではない」
今度こそ、貴族は言葉を失った。
主君である大公に、とても言わせてはならないことを言わせてしまったのだ。
「まあ気にするな。私も気にしていない。むしろ美人の娘がいたら、私の身の回りの世話に寄越すように」
「は、必ず!」
その貴族がしばらくの後、美貌の娘をリアの傍仕えとして寄越したのは別の話である。
「あ~、疲れた~」
湯船にゆっくりとつかりながら、リアは呻いた。お湯にその双丘がぷかぷかと浮いている。
「よくやったと思うわよ。貴族たちの士気も上がっていたし」
プールと見まがう湯船には、他にギネヴィアとその王子、イリーナにマールが入っている。
イリーナはマールに髪を洗ってもらっている。シャンプーが苦手なのだ。
「私はゆっくりと世界中を冒険して、色んな魔物と戦いたかっただけなんだがなあ……」
「諦めなさい。とりあえずコルドバをどうにかしたら、少しは楽になるはずだから」
「内政するぐらいなら、戦争してた方がマシだ~」
嘆くリアであるが、それはもう立場が立場であるから仕方がない。
ぶくぶくと湯船に沈むリアへ、浴室の外から声がかけられる。
「リア様、フェルナーサという商人が参りました。応接室の方へ通しておきましたので」
「分かった。すぐ行く」
言葉通りにすぐさま浴槽から上がると、侍女の手も借りず体を拭き、髪をまとめたまま、これだけはと虎徹を手にしてリアは応接室に入った。
初対面の印象は、なんだこいつは、であった。
栗色の髪を肩で切りそろえた、男装の少女。
涼しげな目元に、形のより唇。けっこうリアの好みの容姿をしているが、問題はそんなものではない。
「このたびは当商会をご指名いただき、ありがとうございます。北西支部部長を務めます、フェルナーサ・クリストールと申します」
その、立ち上がったわずかな挙動。リアは思わず虎徹に手を伸ばしそうになった。
そうか。こういうものか。
『剣の天稟』を持つものとは、こういうものか。
レベルは40となっているが、そんなもののはずがない。制御されていながらもわずかに洩れる魔力は、おそらくサージよりも上だ。
竜眼を全力で解放する。そしたら見えてくるのは、まず胸元に装備した護符。おそらくこれが、認識阻害の魔法道具なのだろう。
「フェルナーサ、いやフェルナと呼んでいいかな。そちらも私をリアと呼んでいい」
猛烈に、目の前の少女と戦いたい。
いつもの病気だ。
どちらの剣術が上か、確かめてみたい。おそらく剣術だけなら、この少女はカーラより上だ。
「恐れ多い事ながら、ではリア様と呼ばせていただきます」
「それでフェルナ、お前の実力を隠しているのは、その胸の護符か? それとも何かの魔法か?」
ぴくり、とフェルナの動きが止まった。
重心が低くなる。その体重移動を見て、リアは虎徹を手に取った。
相手は無手だというのに。
「黒猫は……商売でしたので、確かにコルドバに出資をしていました。しかしながら方針転換し、今後はオーガス公国様一手に、商売をさせていただく所存であります」
フェルナは緊張しているが、恐怖してはいない。もしリアが虎徹を抜いても、対処できる自信があるのか。
しかしここで実際に刀を抜くほど、リアは頭が悪くない。
「黒猫の運搬能力には期待している。こちらも便宜をはかろう」
そしてリアはソファーを示し、フェルナを腰掛けさせた。
「私が言いたいのは……そうだな……まだ無名の者に、お前のような使い手がいるということだ。剣術のレベルは8か? 9か? まさか10はないよな?」
「どうでしょう? 商人としては、自分の情報も商品の一つですので……」
「ふむ……黒猫は大陸の流通を掌握して……金の力で、裏から世界を支配する気か?」
「滅相もない! 我々はただ、皆様の笑顔とありがとうの言葉を目標に、荷物を安全確実に運んでいるだけです」
その言葉だけは、心底から言っているようだった。
「まあ、全てを明かせとは言わんさ。これからよろしく頼むぞ」
差し出されたリアの右手を、フェルナは両手で握り締めた。
「あ、フェルナさん、どうでした?」
王宮から出て、そこにいつもの穏やかなハルトの顔を見て、フェルナは腰が抜けそうになった。
「どうしました? 顔色が悪いですよ? 何か無茶な要求でもされましたか?」
違う。違うのだ。
そういうレベルではないのだ。
「命の危険を感じましたね……」
思わず腰に吊るした剣を確かめる。これさえあれば、なんとか逃げることは出来るだろうが。
「王様、やっぱり怖かったですか?」
「そりゃあもう! 遠くから見るのと近くで感じるのは大違いですよ!」
竜殺しとの戦いは見ていたが、実際に近づいてみたら、放つ殺気が違う。威厳がある。とても15歳の少女とは思えない。
「いや、それを言うならフェルナさんだって、他の人から見たら怖いですよ」
心外なことを言われたので、フェルナはハルトをこつん、こつんと叩いた。
「商談自体はまとまったんですけど、用意する物資がなにぶん莫大なので、ハルトさんも手伝ってもらえませんか?」
「ええ、元々僕はオーガスに注力する予定でしたからね」
自然体のこの笑顔を見ていると、ようやくフェルナは緊張が取れてきた。
フェルナと連れ立って食事に行く途上、ハルトはもう一度王城を振り返った。
竜殺しをも倒す、迷宮踏破者。そして戦に関しては天才的な才能を発揮し、軍事国家コルドバに対抗しようとしている。
千年紀までは、あと数年。その選択肢は、こちらにある。
(戦いたくないなあ……)
心の底からハルトは思い、フェルナの後を追った。
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