第68話 援軍

 降伏し、あるいは傷つき捕虜となったコルドバ兵に対するリアの対処は、三つに分かれていた。

 一つは三年間の道路工事に従事した後、解放されるというもの。これは以前の開墾と似た条件であったが、コルドバ兵の工兵としての力を見込んだものだった。

 一つはこのままの解放だが、今回は条件をつけた。どうしても故郷に帰らなければいけない事情があるという者である。以前に解放した兵が、コルドバで反逆者として処理されたという噂を聞いたからだ。

 そして三つ目が、リアの親衛隊として働くという道である。

 それを選ばせた後、リアたち一行の首脳部は、マネーシャへの帰還の途に付いた。



 マネーシャへ到着したリアを待っていたのは、カサリアからの援軍第二陣20000と、懐かしい顔だった。

「ルルー! カルロス!」

 そう、この援軍の中には、ルルーの所属する魔法兵団と、カルロスの所属する騎士団が含まれていたのである。数ヶ月ぶりの再会であった。

 傭兵で兵は集めても、部隊指揮官の少ないオーガス軍にとっては、これは非常にありがたいことであった。

 そしてルルーからは、王都の情勢も聞くことが出来た。どうやら大臣暗殺の混乱は、犯人が外国の手の者だということで決着したらしい。

 ちなみに第二陣で送り込まれた兵の中には、貴族の食い詰めた次男三男が多いのだとか。

 コルドバとの戦争で間違いなく獲得される、あるいは領主のいなくなる土地を狙っているのだろう。







 そしてルルーはまた、えらく個人的に重要な話を持ってきた。

「へ? 結婚? するの?」

「いえ、まだ返事はしていませんが……」

 国王の私室で、そこには昔の仲間と、リアの妻たちだけが揃っている。カルロスを除いて。

 当事者の片方、カルロスを除いて。

 そう、ルルーはカルロスから求婚されたのである。

「ああ……へえ……それで?」

「いえ、どうしたものかと思いまして……」

「そんなこと、私に相談されてもな……」

 リアは首を傾げた。

 カルロスはいい男だ。うん、いい男だ。

 エルフスキーという病気にかかっているが、それはまあルルーがハーフエルフなので問題はないだろう。献身的で、紳士的。このたびリアの旅に同行した苦労を認められて、正式に騎士爵に任ぜられたという。一代ではない永代貴族である。

 顔も悪くないし、特に問題があるとは思えない。



 だが、そんなことをリアに相談されても困るのだ。

「とりあえずは、どう言ったんだ?」

「少し待ってくださいと」

「で、自分自身はどうなんだ?」

 そう問われたルルーは少し目元を赤くした。

「いい人だと思いますよ。私のことを考えてくれますし、頼りがいもありますし、少し頼りないところも、それはそれで可愛いですし……」

「それなら、答えは決まってるんじゃないか?」

 うんうん、と女性陣が頷く。ギグでさえ頷いているのだから、何をか況やである。

 だが、そこに手を挙げる者が一人。

「返事は、この戦争が終わるまで待ったほうがいいと思う」

 最年少であり、女心などさほど分からないはずのサージであった。

「え? どうして?」

 ルルーは不思議そうに問いかけるが、リアにも分かった。

「そうか、フラグか」

「そう。中でも最強のフラグ、俺、この戦争が終わったら結婚するんだ、だよ!」



 力説するサージに、リアまでがうんうんと頷く。

「確かに条件が揃い過ぎてるな。これはまずい」

 真剣に話し合う二人に、自然と周囲の顔も厳しくなる。

「何が駄目なの~?」

 空気を読まずに問いかけるのはイリーナで、それはこの場合GJであった。ちなみにマールはその手の中で揉みくちゃにされている。

「まあ、迷信の類なんだがな……」

「兵士が戦争の前に『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』とか言うと、次の戦いで死んじゃうパターンが多いんだよ」

「それは確かに迷信ですね」

 聖女と言われるくせに無神論者なカーラが、ばっさりと切り捨てた。

「でも、物語では確かによく見るよ」

 最近、妃として相応しい教養を、と言われて本をよく読むシズナが反論する。

「まあ、言葉に力があるかどうかが置いておいてだ」

 論理的にリアは考える。

「返事は、この戦争が終わったらする、ということでいいんじゃないかな? そしたらカルロスもその返事を聞くために、死に物狂いで生き延びるだろう」

「なるほど、確かにそうですね」

 それからきゃいきゃいと、短いお茶会の時間は過ぎて行った。







「と、いうことがあったんだ」

 リアの説明に、ふ~んとギネヴィアは気のない返事をした。

「私が必死で書類の仕分けをしている間に、そんな楽しそうなことがあったなんて……」

 フィオが羨ましそうに言うが、さすがに秘書官であるフィオまで引き抜くと、仕事が進まない。

 いつになったら正式に嫁にしてやれるのか、リアの頭痛の種である。

「それより、ゴーレム部隊計画の計画書、完全に出来たわよ」

「よくまあ、資金があったなあ」

「私財を投じさせてもらったわ。元々私の国だったんだしね」

「ほう……って、ウスラン侯爵家の金も使ってるじゃないか。カーラに話はしてあるのか?」

「カーラの物は私の物、私の物も私の物。大丈夫。カーラなら話せば分かるわ」

 確かにカーラには蓄財への関心などないし、身の回りの品も特別に贅沢なものではない。

 というかカーラの場合、他の貴族の贈り物だけで生活が出来てしまうという状況なのだが。

 それでも領地経営は代官を通じて行っているのが、かろうじて貴族らしいというところか。

「あ、あと宮内庁の典範も作らないといけないのか…」

「それは後回しにしなさいな。とりあえず街道整備と開墾が最重要課題ね」

「私はコルドバと戦争したいだけなんだけどなあ」

「そのためにも、書類で物資を回してください」

「ちくしょう。もう、早く戦争にな~れ」



 フィオが置いた書類を、一々確認しながら印を押していると、気付いたことがある。

「この黒猫商会ってところは、ずいぶんとうちに物資を卸してるんだな」

「黒猫商会は、主にレムドリアで有名な運輸会社ですが、カサリアにも支店があったはずです。コルドバとは長年取引をしてきたはずですが、最近どうやら方針を変えたようですね」

 つまり、落ち目のコルドバを見限ったということか。

 情報に聡い商人がそう判断してくれたということは、傍から見てもオーガスの力は周知されていっているのだろう。

「一度商会長に会ってみたいな。話を通しておいてくれるか?」

「支部長はともかく、商会長は難しいでしょうね。ヤマトという名前らしいですが、ほとんど会ったという人間を知りません」

「マテ」

 思わず止めてしまうリアであった。

「……黒猫の商会長は、ヤマトという名前なのか?」

「はい。代々同じ名前を受け継いでいるらしいですよ。誰も知らない知られちゃいけないヤマトの正体が誰なのか、という話もあるぐらいです。一応秘密結社を名乗っていますけど、誰でも知ってる黒猫商会ですからね」

「あ~、そうか」

 間違いなく初代は転生者か召喚された者であろう。

「その、物資の集積の問題もあるし、一度代表には会っておきたいな。え~と…責任者がフェルナーサ・クリストール……クリストール家か」

 クリストール家。リアの母方の姓でもあるが、実はこれは、代々伝わっている姓ではない。

 サージに気軽にやったように、魔法使いが名乗る、特殊な姓なのである。逆に言えば、この姓を名乗る魔法使いはだいたい一人前だ。

 たとえばルーファスから母はこの姓をもらったし、ルーファスはアゼルフォードからこの姓をもらっている。リアにしたところで、生まれたときから魔力が高かったから、自然とこの姓を名乗っていたのだ。

 つまりこのフェルナーサという女性も、かなりの魔法の使い手ではあるのだ。

「では、面会の意思を確認しておきますね」

「ああ頼む」



 ルーチンワークを一通りこなし、場所が空いた机の上に、リアは地図を広げた。

 コルドバ領内の地図だ。もちろんそれほど正確なものではないが、あるだけマシだろう。

「しかしコルドバの動員可能兵力50万って、何かの冗談かと思うな……」

「予備役や未成年を合わせたらもっと多いわよ。もっとも国境線の防備や反乱の防止のため、全部を使えるわけじゃないけど」

「まあ、そりゃそうか。それにしても、どうしてあれだけの圧制で、反乱が起こらないんだ?」

 起きてもよさそうなものだ。そう言うと、ギネヴィアが驚いた顔をした。

「知らないの? 密告制度があるのよ。それに一人が反乱を起こしたら、連座制で一家全員皆殺し」

「最悪だ……」

 どこの中世国家だよ。いや、ここは中世的な世界ではあるが。



「でもその代わり、解放してあげたらすごく喜ぶわよ。いくらなんでも、年中飢えてる政権よりは、こちらの方がマシでしょうし」

「しかしすると、民衆に配って支持を得る分の食料も用意せんといかんのか……。いくらなんでもサージ一人じゃ無理だな」

 すると、問題は兵站だ。

 つくづく、コルドバという国は強い国だと思う。単純に軍事力が強いのではなく、国家全体が戦争のために存在しているような歪な国だ。

 なぜここまで戦争のために国が作られたのか。調べる暇があれば調べてみたい。

「コルドバ領内に入ったら、一つ有利な点があるわね」

「ほう?」

 この際、一つでも利点があれば聞いておきたい。

「あの国、道が全部舗装整備されているのよ。軍の行進や、物資の輸送は楽になるわよ」

「なるほど、じゃあまず一つ、どこか国境の拠点を落とす必要があるのか……」



 いや。

 いやいや。

 それよりも、もっと敵の嫌がることをしなければ。

 相手の拠点を落としたら、そこから自由にコルドバ国内を移動することが出来る。

 それならば一つと言わず、可能な限りの国境の拠点を落としていけばいいのではないか?

 どうせこちらの軍の主力は、カサリア兵とマネーシャ兵である。だが他の国の軍を使わなければ、50万というコルドバの軍勢に勝てるわけがない。

 リアは自分の考えに没頭する。

 大将が頭を使えば使うほど、兵卒の犠牲は減る。

 リアは血を流すのが、嫌いなどころか大好きな人間だが、無駄に味方の血を流すのは話が違う。

「フィオ、明日からコルドバに接する国の大使と武官、あとコルドバと取引のある商人との面会を増やしてくれ」

「すると、睡眠時間を減らすことになりますが……」

「……まあ、半分ぐらいはギネヴィアが手伝ってくれるだろう」

「げげ」

「言っておくけど、私が頑張るのは戦争が終わるまでだからな。それが終わったら、内政は全部お前に任せるからな」

 リアの為政者とは思えない無責任な発言が、なぜか逆にギネヴィアには気持ちよかった。

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