第67話 追撃戦

 オーガス軍とコルドバ軍の会戦は、当初からオーガス軍に有利な形で始まった。

 まずコルドバは撤退戦のため、充分な物資が手元にない。よって通常可能な、強固な陣営地の設置が出来なかった。

 オーガス軍を目の前にして、逃げ込む先の陣営地もなく、陣形を作って戦うことになったのだ。



 それに対してオーガス軍は、充分な準備をしてあった。

 要所を占め、高所からコルドバ軍へと襲い掛かったのだ。



 指揮するはカサリア騎士団副団長ライアス。その武名を他国まで響かせた男である。

 彼はカサリア兵30000を正面から突撃させた。

 対するコルドバ軍歩兵は同数。そして練度はほご互角で、経験ではコルドバが上だ。

 マネーシャ兵30000はコルドバ軍を徐々に包囲しつつあった。コルドバの騎兵は、ほぼ同数の騎兵が抑えている。

 今まで圧倒的に有利な装備、充実した訓練を経て完成されてきたコルドバは、ここで初めて、自分たちと互角に戦う兵と戦うこととなった。



 これまでは、敵とは圧迫し、包囲し、蹂躙する存在だった。

 それに対してカサリアとマネーシャは、全軍をその国力で充分な装備を与え、訓練を施している。ただ獲物となる軍ではない。

 そして兵の質に差がなければ、あとは戦術と数が問題となる。

 戦術は、実戦経験を重ねてきたコルドバ軍の方が、軍全体を有機的に動かすということにおいて優れていた。

 しかし、何より数が違う。

 迂回し包囲するという騎兵の運用が防がれ、倍の歩兵で半包囲される。この状況で、まだ崩壊していないコルドバの統制のほうが異常なのだ。



 そしてその様子を見ていたライアスは、思わず溜め息をつきたくなった。

 これは、まずい。

 ここまで完璧な状態なら、負けることはもうないだろう。だが、敵の陣を貫く、最後の力が足りない。

 半日を戦って、まだコルドバは根をあげない。普通ならば、もう秩序を失って崩壊していてもおかしくないのに。

 手元にある予備兵力には、100のオーガ兵がある。この衝撃力を使えば、勝てるかもしれない。

 だがもしそれも通用しなければ、痛み分けとして退却するしかないのかもしれない。

 かといって、消耗戦で相手を徐々に削るのも、あまり良い方法とは言えない。

 コルドバは本国にまだ大量の兵を残しているが、こちらはそうではない。カサリアの援軍は第2陣までを予定しているが、距離があるためその動員力はコルドバに及ばない。

 ましてマネーシャの兵は、精鋭である。それだけに、一度失えば回復するまでに時間がかかる。



 消耗戦を強いれば勝てる。だがそれは、戦局全体では負けを意味する。

 ライアスは敵軍の兵と将に、思わず敬意を抱いていた。

 だが敬意だけで戦争を納めるわけにもいかない。

「オーガ兵を突撃させよ」

 最強の戦力が、正面からコルドバ歩兵へ突き刺さる。

 それでもコルドバの戦陣は崩れない。どういった訓練を施せば、この劣勢でそこまで持ちこたえられるのか。

 ライアスは、戦の納め方を考え出した。

 そこへ、リアの軍がやってきた。







 勝ち戦を経験したばかりの、リアの指揮下にある、恐れを知らない兵士が7000。

 それはちょうど、コルドバ軍の後背から襲い掛かった。

 コルドバが油断していたとかではなく、リアの軍が速すぎたのだ。

 それでいてまだ、騎兵を予備戦力として残してある。

「我に続け!」

 そう叫んだリアが先頭になって、コルドバ軍の海の中に入っていく。

 大将に負けてはならじと、促成された精鋭が、命知らずに突っ込んでいく。



 コルドバの軍は崩壊した。

 歩兵部隊の後方に位置した首脳部が、リアの突撃で壊滅したからである。

 もちろん全てが討ち取られたわけではないが、命令を出す指揮系統が消滅したのだ。

 その瞬間から、コルドバ軍は軍でなく、ただの兵の集まりとなった。







 味方の勝勢を、カーラとフィオは騎兵を連れ、近くの小高い丘の上で見ていた。

 戦闘は確実に勝ちつつある。だが、リアの姿は兵に埋没して分からない。

「カーラ様は……心配ではありませんか?」

 小声でフィオが尋ねる。カーラはいかにも平然とした態度でいたからだ。

「それは、心配がないとは言えません。ですが、あの人がどれだけ強いかは、直接戦って知っていますので」

「え、カーラ様は姫様と戦ったことがあるんですか!?」

 意外と知られていないのは、竜殺しであるカーラが敗北したという事実を、ギネヴィアが広めたくなかったからである。

「ええ。完敗でした。あの人は、竜よりも強いでしょう。目の前の敵が30000ではなく300000だとしても、あの人を倒そうとするなら、それこそ勇者か魔王でも来ない限り心配ないでしょう」

 リアの強さはほぼライアスと同じぐらいだとカサリアでは思われている。だが、竜を殺した英雄でさえ、リアには敵わないとしたら。

 自分はとんでもない人に告白してしまったのではないかと、フィオは今更ながら心配になった。

「そろそろ、騎兵の出番ですね」

 カーラは呟く。崩壊したコルドバ歩兵は、どんどんと討ち取られていく。それをみた騎兵が、はるか故郷のコルドバへ向けて逃げていく。



「サージ、フィオ、私の近くから離れないでください」

 カーラの言葉に、ルドルフの背のサージと、馬に乗ったフィオの体が緊張する。

 しかしサージの使う術理魔法、敵意感知に反応はない。

「……この近くに敵はいないみたいだけど……」

「敵ではないかもしれません。ですが、見られています」

 それは、ルドルフさえも気付かない遠くから。

 敵ではないのかもしれない。少なくとも、今は。

 だがカーラは、その自分をねとりと見つめるような視線を、長く忘れることが出来なかった。







 コルドバの被害は拡大し続けた。

 ただでさえ、コルドバは退路を断たれた状態で戦っていた。

 そこに最後の一撃、カーラの手元にあった3000の騎兵が襲い掛かる。

 コルドバの騎兵もまた、歩兵と同じように軍としては崩壊した。

 逃げていく騎兵を、今度こそオーガス軍騎兵が捕捉して討って行く。

 最終的な被害は、捕虜20000、死傷者8000という、信じられないぐらいの大勝であった。

 こちら側の被害は、その10分の1以下であった。



 逃げるコルドバ兵を、オーガス騎兵は執拗に追い続けた。

 国境を越え、建設された巨大な要塞に収容されるまで、とにかく追い続けた。

 そのほぼ先頭を駆けていたリアが、要塞の全貌を前に停止する。

 すると自然と騎兵全体が停止し、歩兵を率いていたライアスも立ち止まる。



「殿下! このまま突撃すれば、砦を落とせます」

 ライアスの心は逸っていた。コルドバに対する大勝利。この戦果を、最大に利用すべきだと。

 だがリアは冷静だった。

「今回の戦いの目的は、サラフの救援と、コルドバ軍の撃滅である。それは既に果たした」

「しかし今なら、あの要塞を落とせます!」

 戦には勢いというものがある。今の勢いなら、難攻不落の要塞であっても落とせる。それがライアスの見方だ。

 リアに言えるのは、この戦いの目的は、そうではないということだ。

「既に捕虜にした数万のコルドバ兵の処理が、まだ終わってない。それを手元に抱えたまま、次の戦いへ向かうのか? まして戦力差はせいぜい3倍だぞ?」

 そこまで言われると、ライアスにもリアが見ているものが見えてくる。



 コルドバ軍の撃退は果たした。これは大きな宣伝効果だろう。

 そしてその捕虜の戦後処理。これも確かに大切なことなのだ。

 それでもまだ、ライアスは目の前の要塞を落とす誘惑に負けそうになる。

「心配するな、ライアス」

 リアは余裕さえ感じられる態度でそう言った。

「あの程度の要塞なら、すぐにでも落とせる」



 その言葉があまりにも自然に出たので、ライアスは目をしばたたかせた。

「あの要塞を……ですか?」

 目の前に聳える威容を改めて見ると、勢いだけで突入しなかったのは正解ではないかと思えてくる。

 だが、リアがそうだと言うなら、それが事実なのだろう。

 奇妙な納得を抱え、ライアスは頷いた。



 実のところ、リアには要塞を落とす算段などついていなかった。

 とにかくまだ情報も集まっていないのだ。それで城攻めを行うなど、直感的にまずいと感じただけだ。

(だが、必ず落としてみせる)

 強い決意を胸に、今は要塞に背を向けるリアだった。







「この距離で気付くかね……」

 戦場からははるか遠く、荒野に一本立った大樹の枝の上で、オルドは呟いた。

 任務を果たした後、彼は戦場を俯瞰していた。そして追撃する軍の中に、黒と銀の目立つ組み合わせを見つけたのだ。

 黒髪のほうは、あれは何か違うものだ。雄の本能に反応するものがない。

 だが、銀髪の方は違う。竜殺し。おそらく自分でも歯が立たないであろう、人間側の最大戦力。

 その英雄様を組み敷く自分を想像しながら眺めていたら、気付かれたことに気付いた。

 確かに普通にやれば勝てないだろう。では、どうすれば勝てるか?

「まあ、いいさ。今はまだその時じゃない」

 今はオーガスの味方をする。それが魔王の命令だ。魔王の命令には、とても反する気にはなれない。

 しかし同時に、魔王は部下に甘いことを知っている。部下を粛清したことは、彼の知る限り一度もない。せいぜいが目にかけてもらえなくなり、いつの間にか消えていたぐらいか。

 自分はそうではない、とオルドは思う。

 この戦いでも功績を上げ、より強くなり、そしていつかはまた、陛下と戦ってみたい。

 快楽ににも似た戦いへの悦楽を思い、オルドは牙をむき出しにして笑った。

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