第66話 篭城

 リア率いる騎兵3000は、ほとんどがマネーシャ王国の騎兵で、あの会戦で勝ち戦の味を知った者たちである。

 これに随伴して、リアはカサリアが貸してくれた虎の子の竜騎兵2騎を運用している。

 戦では上空からの攻撃、または騎兵以上の突進力を誇る最強の矛として有名な竜騎兵だが、リアはこれを偵察専門に使うことにした。

「戦力としては数えられませんか」

「飛竜は確かに強いが、軍の力の前には無力だからな。カサリア並に集中して運用するなら別だが」

 この進軍に付いて来たのは、カーラ、フィオ、サージで、他の皆は留守番である。

 騎兵の運用に精通していないシズナもお留守番だった。正確には、コルドバの退路を断つ大軍に同行する予定だ。

 唯一の例外はサージで、またも篭城用の補給物資の運搬要員として徴用されていた。今はルドルフの背に乗っている。

「まあ、戦わなくていいなら、それも楽だけどね」



 今回の作戦は単純である。コルドバの軍勢をサラフで足止めし、獣人の部隊で補給線を分断。

 攻略を諦めて帰国するコルドバの進路を、マネーシャ軍とカサリア軍の合同軍で塞ぐ。

 そしてサラフから出陣した軍勢で、前後からコルドバ軍を挟み撃ちにし殲滅する。

「そんなに上手く行きますか?」

 明日にはサラフに着くという夜、天幕に集まったのは事実上の首脳部の4人である。

 リアの見事な手腕でコルドバを破ったのを見ていたカーラでさえ、不安はあった。

 ましてこの度初めて従軍するというフィオは緊張で唇を蒼くしている。



「まあ、上手くいかないだろうな」

 あっさりとリアは言った。

「まず、サラフがコルドバの軍勢に耐えられるかどうかが問題だ」

 いちいちリアは不安要素を挙げていく。

「敵の補給線を断つのも、前回あったことだし警戒は強いだろう。こちらの本軍が上手いタイミングで敵を捕捉できるかも怪しい。そして全てが上手くいったとして、勝てるかどうか……」

「こちらの兵力は本軍だけでも60000人もいて、さらにサラフからも軍勢が出るはずですが……」

 騎士としての教育を受けたフィオには、篭城にさえ成功すれば勝てるという思いがある。敵兵力は36000なのだから、ほぼ2倍という兵力差だ。

「コルドバは2倍や3倍の兵力を持つ相手に、普通に勝つ国だからな……」

 この間の会戦でも、歩兵の粘りはたいしたものだったし、騎兵も見事に戦場から離脱して行った。

 オーガの突撃がなければ、負けはしなかったものの、あそこまでの完勝とはいかなかっただろう。

「まあこちらにも色々と秘密兵器はあるし、臨機応変で行こう」

 そう言ってリアは、作戦会議を打ち切った。







 サラフの街を見て、これはまずいとリアは思った。

 水掘りと城壁に囲まれた、典型的な城塞都市である。だがその堀の幅は狭く、壁も低い。軍隊を相手にすることを考えて作られた防御ではない。

「陛下、ようこそお出でくださいました」

 リアを迎えた市長は歓迎の挨拶を遮ると、早速都市の防衛体制を巡察することにした。

「堀が浅いな」

「長年敵に攻められることなどなかったもので……」

「壁も低い」

「これもまた、同じ理由で……」

 別に責めているわけではないのだが、市長の声がどんどん小さくなっていく。

「兵はどれだけいる?」

「傭兵と警備兵を合わせて3000、志願兵が5000集まっております」

 それはなかなかの数だと思って見てみたら、志願兵はまだ子供であったり、怪我でまともに動けなかったり、よぼよぼの老人であったりした。

「カーラは病人と怪我人の治癒。フィオは戦えない人間を後方支援に回すよう選別しろ」

 実際に使える志願兵は、せいぜい半分ぐらいだろう。

「防衛用の武器や防具は?」

「準備もしてありますが……今鍛冶が総出で作っております」

 それでは間に合わないだろう。既に武装している傭兵や警備兵はともかく、志願兵の分はまたリアが作らなければいけない。

 実際に武器庫を見ると、手入れがされてなくて使えない武器がたくさんあった。

「丸太はないか?」

「丸太、ですか?」

「丸太だ。城壁を上って来た敵の上に落としたり、城壁を強化するのに使う」

「分かりません。調べさせます」

 リアの創世魔法では、大きく魔力を使わなければ木材は作れないのだ。最悪、金属の巨大な棒を作らなければいけないが、それも消費する魔力が大きい。

 矢もまた不足していた。こちらもリアが作らなければいけないだろう。

「水は東の川から引いてるんだな。川の流れを止められる心配は?」

「コルドバの工作部隊の話は聞いていますが、さすがに10日や20日では無理でしょう。井戸もありますので」

「食糧の備蓄は?」

「節約して10日前後でしょうか。今も集め続けています」

 なるほど、それは充分だ。



「まず、堀の浚渫をさせろ。今のままでは簡単に渡ってくるだろう」

 そう言いながらリアは自分の魔法でも、堀の深さを下げていく。

 くみ上げた土を城壁の上に運ぶと、硬化の魔法で城壁を強化していく。

 カーラが傷を治癒していくのを見て、古傷が治れば戦えると名乗りを挙げる戦士もいた。一度治癒してしまった古傷を正常な形にするには余分な魔力がかかるのだが、それでも戦闘経験のある人間が増えるのは嬉しい。



 夜は夜で、リアは武器と防具の創造で忙しかった。

 まず人数分の武器は槍でいいだろう。あとは矢が必要だ。防具も、同じ型ではあるが頑丈なものを作っていく。

「この世界の攻城戦って、どんな武器使うの?」

 作り出された武器や防具を収納しながらサージが尋ねる。ちなみにカーラは魔力回復のため既に眠り、フィオは人員配置の作業に忙しい。

「前世にあった物はたいがいあると思うが……やはり投石器がよく使われるかな。あとこの街の城壁だと、長梯子が有効だろう」

「まあ、魔法があるしね」

「ああ。だが、魔法は魔法で防げても、科学は魔法で防げない」

 それが、今回のびっくりどっきり兵器である。

「あとは油も作らないとな……。しかし最初に思ったより使えるな、創世魔法」

「今ならサイクロプスも楽勝だね」







 三日後に襲来するはずの敵は、四日後にやってきた。

 しかも準備しているであろうはずの攻城兵器が、ほとんど見当たらなかった。

 これはピノから連絡を受けていたので知っていたが、コルドバ軍の兵器に放火活動を行ってくれたのだとか。ありがたい話である。

 コルドバ軍は律儀にもまた陣営地を作り、それから布陣を始める。

 サラフには南北と西に門があるのだが、最も力を入れて攻めそうなのが西の門である。

 リア自身はそこに座を構え、南北の敵に対しては、傭兵と志願兵から、指揮の経験がある者を指揮官とした。



 降伏勧告をする騎兵が門の前に来たが、全てを告げる前に投石で逃げ出した。矢を射なかったのはせめてもの情けである。

 そして攻防が始まった。



 コルドバ歩兵が盾を並べて、水濠へと殺到する。そして抱えていた土嚢を投げ入れていく。

 その間にもサラフ側からは矢が放たれ、着実に敵に損害を与えていく。

「土嚢で来たか……。まあ長梯子は焼かれたんだろうな」

 竜騎兵を飛ばし、味方の本軍の動きを調べてもらう。

 順調に北西に迂回し、コルドバ軍の背後を扼しているらしい。これで後は、敵の背後に現れるまでサラフが落ちなければ勝ちだ。



「火矢を」

 リアの指示に従って、火矢が堀に打ち込まれた。

 その表面を覆っていた油に火がつき、黒い炎が立ち上る。

 埋め立てという手段以外を使ってきたならもっと後に使うはずだったのだが、相手がいる以上はこれも仕方がない。

 結局その日の攻防は、堀の油が全て燃えつくし、お互いの陣営が矢を応酬するだけで終わった。



 二日目、敵の攻撃目標が明確になってきた。

 やはり西側の門を重点的に攻めるらしく、小型の投石器や弓兵を集中させてくる。

 こちらもそれに対応するのだが、やはりカーラの存在が反則である。

 矢傷を負って普通なら戦闘不能な兵も、あっという間に治してしまう。

 死者でさえ甦らせるのだから、こちらの防衛力が落ちることはない。

 もっとも蘇生の魔法は、間隔を置いた上でも一日あたり20名ほどが限界らしいが。



 三日目、早朝に敵後方の様子を偵察に、竜騎兵を出す。

 アスカが言っていたように、補給基地が破壊されていた。

 ただ、危険を恐れず降下して詳細に調べたところ、基地はただ破壊されただけでなく、その守備部隊がほぼ全滅していたということである。

 これはアスカやピノのやり方とは違う。目的の達成だけでなく、とにかく敵を殺しまくるというのは、アスカの言っていた新しい魔王軍の幹部のしたことだろう。

 今のところこちらの味方をしてくれているとはいえ、それはリアの方針とも違う。文句を言うわけにもいかないが。



 そしてそれとは別に、オーガス軍が迂回進軍して、コルドバ本国との連絡を絶つルートに至ったとの観測も得た。

 コルドバ軍も偵察を出すことは多いので、もうこの情報を手に入れているだろう。よほど敵の司令官が無能でない限りは、既に退却を念頭に置いているはずだ。







 昼間は防衛の指揮を執る必要があるので、朝にはカーラと共に傷病兵の様子を見る。

「陛下、このようなところに御自ら……」

「気にするな。直接に戦ってくれている戦士たちに、私はこの程度のことしか出来ないのだ」

 そう言って、負傷兵を治療していく。

 指揮官自らが自分たちを見てくれているという意識は、士気を上げるのに非常に役に立つ。全て計算の上で、リアは天幕を巡っていた。

「これは、膿がたまってしまっているな。魔法では治りにくいだろう」

 ある時はそう言って、兵士の傷を自ら切り開き、膿を口で吸い取ってから、その傷を治療した。

「へ、陛下……」

 驚きのあまり声もないといった風の兵士に対して、リアはその美貌で微笑んだ。

「戦ってくれるのはお前たちだからな。街を守るため、後少し頼むぞ」

 伏し拝む兵を残し、リアは天幕を後にする。



「リア様は……お優しいのですね」

 感動を禁じられずにフィオがそう言う。だが、サージは違う。

「史記にあったね」

「ああ、全て計算の上だ」

 冷徹な顔でリアは呟く。

「計算ですか? 今のが?」

 フィオは驚くが、カーラは考え込んで言った。

「前例があるのですか?」

「ああ、2000年以上前の話だがな。これであの兵を通じて私の評判は上がり、全体の士気も上がる。死の恐怖を乗り越える兵というのは、訓練された熟練兵よりも強いぞ」

 我ながら、露悪的なことを言っているとリアは思った。

 自分がただの魔法使いでも、きっと同じことをしただろう。だが今は、同じ行動が違う意味をもたらすことになっている。



 横を行くカーラが、リアの手を握った。

 驚いた。こちらから接近することは許しても、向こうから触れてくることはほとんどないカーラである。それが、このような行動をするとは。

「あなたが深い考えの下、全てを行っていることは分かります」

 一度強く握った手を、カーラはすぐに離した。

「あなたがどうあろうと、私はあなたの味方です」

 見つめてくるカーラの視線は優しい。空のような瞳は、全てを飲み込んでくれるようだ。

「あまり私を、甘やかさないでくれ」

「そうそう、姉ちゃんはちょっとおちょくられるぐらいで、ちょうどいいんだから」

 サージは呑気にそう言うが、今、玉座に座るこの身にそうやって対してくれる者がどれだけ貴重か、彼は分かっていないだろう。

 分かっていないからこそ、ありがたいのだが。







 四日目の朝、コルドバ軍は退却を始めた。

 それを見て、城壁から歓声が上がる。コルドバ軍を退けたのである。

「やりましたな陛下」

 喜色満面といった感じの市長に笑みを返すと、一転リアは厳しい表情に戻る。

「追撃の準備にかかる。疲労のないもの、志願するものはこれを集めよ」

「追撃ですか? しかし敵はそれほど消耗していませんが……」

 その通り、秩序だった行軍で退却をしていく。だが、リアはここからが本番だと分かっている。

「オーガス軍とコルドバ軍が正面から戦うだろう。その時に、横から攻撃をかけるんだ」

 篭城戦に成功しても、肝心の会戦で敗北したらどうにもならない。またすぐにコルドバはサラフの街を攻めてくるだろう。

 サラフは小さいが交易の要衝の一つだ。ここが落ちれば、暗黒迷宮から、マネーシャへの、魔石や魔結晶の流通が阻害される。

 するとギネヴィアが怒る。



「今日は一日休息した上で、明日から追撃を開始する! 傭兵と志願兵は、希望者のみとする!」

 リアの宣言は、広場に集まっていた兵によく響いた。

「俺は希望するぞ!」

 真っ先に手を挙げた者に見覚えがある。リアが膿を吸って治療をしてやった者だ

「俺もだ!」「俺も行くぞ!」「陛下の下ならどこでも行くぞ」

 士気に満ちた将兵が、リアの下に集まっていく。命知らずの哀れな兵たちよ。それがリアは愛しい。

 結局リアの騎兵の他、7000が追撃へと参加することになる。

 これは交易都市サフラの、動員兵力ほぼ全てであった。

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