第65話 大戦勃発

 コルドバ征伐を決めた後も、すぐさま軍事行動が起こせるわけではない。

 まずは地道な兵站の整備がなされた。

 オーガス国内の街道の整備、そして後背地となる農地の開墾である。輸送手段にはサージの時空魔法が使えるが、サージは一人しかいない。

 コルドバへの侵攻は、主に四つのルートが考えられていた。そのうち三つは、あくまでもコルドバ軍を分散させるのが目的である。

 主力となるのはあくまでマネーシャ軍、カサリア軍、オーガ軍、獣人部隊である。

 特に獣人は戦場以外での活躍が期待された。偵察をさせたら、人間は彼らに遠く及ばない。





「予算がほしいわあ」

 会議の場にて、まるで駄々っ子のようにギネヴィアが呻いた。

 ギネヴィアのゴーレム騎兵計画には、莫大な予算が必要だった。

 どこからその予算を引っ張ってくるかという問題がある。オーガスは新しい国で、組織に無駄に肥大化した部分がない。前身のマネーシャも、一度竜に政権中枢を破壊されたので、スリムな組織が出来ていた。

 一応ギネヴィアもその手段は考えていたらしい。

「商業路計画よ」

 ギネヴィアの計画はせっかく一つの国家となったオーガス大公国内の商業流通を活発化し、そこから税を取るというものであった。

「未開地の開墾の問題もあるだろうに」

 ごくまっとうにリアは反対する。

「開墾は時間がかかるじゃない。ゴーレム部隊は絶対に必要よ。これは世界の戦争を変えるわよ」

 ギネヴィアの意見には、実はサージも賛成しているのだ。

 この世界の戦場におけるゴーレムとは、前世における戦車と同じような役割を果たすだろう。歩兵を主力とするコルドバと戦うなら、それは強大な対抗手段となる。

「あとは鉄砲だけど、こっちの世界には魔法があるからねえ」

 遠距離からの一方的な蹂躙という手段がなかなか使えないのだ。それでもカサリアから派遣された魔法兵の数は、コルドバにとって脅威となるだろう。

 お茶会をしながら、この国の行く末が決められていく。その席に、サージがいる。



 サージは先日の戦闘での完璧な兵站管理の功績を認められ、貴族となった。

 一代からの成り上がりで、しかもこの年齢というのは異例尽くしであったが、リアたちと話し合うためには、そういう身分が必要だったのだ。

 ちなみに爵位は騎士爵である。最低の貴族ではあるが、貴族は貴族。しかもこれを、自力で成り上がったというのがすごいのだ。

「迷宮からの魔石と魔結晶の流通が増えたから、ゴーレムの稼動実験も増やせるよね~」

 しかもこのゴーレムの運用だが、これまたサージのおかげで、前線へと移動させることが容易となったのだ。

 今までは拠点防衛用に考えていたのだが、会戦で、あるいは攻城戦で巨大なゴーレムが使えるとなれば、どのような結果をもたらすか。



 コルドバの強さは色々な部分が言われるが、基本となる歩兵の強さが、やはり一番大きな要因であろう。

 実際に戦ってみて、そのしぶとさに驚いたものだ。

 その歩兵を無力化する。敵主力の無力化は、戦闘に勝利する上で重要なものだ。

「出来るだけ大きな戦いにいきなり投入して、一気に勝利を決めたいけど、運用試験もしたいのよね~」

 それはどこかでの防衛戦で行うべきだろう。おそらくコルドバはこの間の敗北のイメージを払拭するため、どこかこちらを攻めて来るはずだ。

 そしてその予想は完全に正しかった。





「巡察ですか?」

 フィオが怪訝な表情で尋ねる。

「ああ、街の様子を見ておきたいからな」

「それは……確かに大事かもしれませんが、危険ではありませんか?」

「危険がないように、強力な護衛を連れて行く」

 完全に危険を排除する布陣。それは確かに完全であった。

 リアとカーラ。この国最強の二人に加え、イリーナ。そしてお付きとしてフィオ、最後にサージである。

「なんかおいらだけ場違い感をひしひしと感じるよ」

「心配要りません、私もです」

 後ろでこそこそとサージはフィオと話している。はっきり言って前の三人に比べると、二人は凡人の代表だ。

 その三人は、顔を深くフードで隠している。なにせ顔が売れすぎているので仕方ないのだが、怪しいことこの上ない。

 もしも衛兵にでも見咎められたら、フィオが対応する。そのために彼女は連れられてきた。

 もう一つ、彼女がここにいるべき理由はあるのだが。

「本当ならギネヴィアも連れて来たかったんだけどな」

 リアはそう言うが、カーラは簡潔に反対した。

「それは止めておいたほうがいいでしょう。どこへ流離って行くか分かったものではないので」

 そうか、昔はそんなこともしていたのか。



 日が没した町並みを、一行は進む。

 マネーシャは都会で、日没がそのまま人々の活動の終わりを意味しない。

 屋台や店舗から洩れる明かりが、人々の顔を照らしている。その表情は、一様に明るい。

「いい国ですね……」

 フィオは思わず呟いていた。

「リアがコルドバに勝ってから、民衆の間には希望があふれています」

 カーラが応じるようにそう言った。

 だが今夜リアが宮殿を出たのは、それを見せるためではない。



 夜の闇の中を、蝙蝠が飛んで行く。

 それに従って、リアは大通りから離れた道を行く。

 夜目の利かないフィオのため、サージが光の魔法をつける。

「あの、どこへ……」

 フィオが不安な声を出したのと、その少女が姿を現すのは同時だった。

「おお、元気だったか?」

 リアが声をかけたので、初対面のカーラとフィオも警戒はしない。



 亜麻色の髪の美少女がそこにいた。

 ちなみにフィオが思ったのは、まさかこの人もリアの恋人の一人では、ということだった。

「こちらはね、ちょっと同僚との人間関係が上手くいっていないわ」

 相変わらず正直なアスカである。

「レイと喧嘩でもしたのか?」

「いえ、あんたたちの知らないやつよ。まあその話は置いといて、場所を変えましょうか」

 そしてアスカが案内したのは、マネーシャでも有数の高級な宿だった。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「何か飲み物を人数分お願い」

 慣れた口調で命令し、アスカは部屋へと皆を誘った。



 貴族や大商人が起居するような、そんな豪勢な部屋だった。

「適当に座って」

 その言葉に従って座る一同の中、カーラだけが佇んだままだ。

 その視線はアスカを観察している。只者ではないとは分かるのだろう。だが、その正体までは分からない。それがカーラをより慎重にしている。

「カーラ、大丈夫。彼女は私たちの協力者だ」

「そうよ竜殺しさん。あなたが本気になれば、私を殺すことも簡単でしょう?」

 全く殺気など放っていなかったカーラだが、そこまで聞いてようやくソファに腰掛けた。



「じゃあ、コルドバの情勢について話すわよ」

 北方にサラフという小さな都市国家がある。コルドバはここを攻略しようと動員をかけているそうな。

「3個軍団ね」

 この間より、さらに1個多い。サラフを攻略するには充分すぎるほどの戦力である。

 サラフは交易の中継都市で、軍事的にはそれほど重要な位置にいるわけではない。

「まあ、城壁を頼りに防衛に徹すれば、そうそう陥落はしないでしょ。その間に、うちの部隊が敵の補給線をずたずたにしてあげるから」

 そう言ったアスカは、部屋の隅に目をやった。

「ピノ、出ておいで」

「はい」

 それまで、そこに誰かがいると、誰も気付かなかった。

 虎縞の猫獣人の男だ。目付きが鋭い。

「うちの暗部の隊長の一人、ピノよ。まだ若いけど、腕は確かよ」

 それはそうだろう。リアが同じ部屋にいて気付かなかったというのは、尋常の隠密能力ではない。

 それにしても若いとは……吸血鬼に比べれば、獣人は誰でも若いのではないだろうか?

「この子の部隊と、さっき言った同僚が、コルドバに破壊活動をしかけるわ。おそらく持久戦は無理なぐらいのダメージは与えられるわね」

 獣人の部隊は、確かにそういった活動に向いている。リアたちも主に偵察部隊として使っていた。



 コルドバに関してはそれでいいのだが、アスカには困ったことが一つあった。

「ちょっと大陸の中央部で大きな動きがあるから、あたしとレイはしばらくここを離れることになると思うのよ」

 大陸中央部。レムドリアがかつて帝国に属していた諸都市を、併合して行っているという話は届いている。

 そこの動きを探るなら、確かに人手はいるのだろう。

「ホリン大王も高齢だしね。安定しているはずのレムドリアも、あの人に何かあれば一気に内乱になるかもしれない」

 千年紀においては、レムドリアと協力して魔族の侵攻を防ぐこともあるだろう。だが今は、差し当たっての問題ではない。

 それにしても千年紀とは、本当になんなのか? レイやアスカを見る限りでは、人間と魔族の共生も可能に思えるのだが。

「というわけで、ピノを連絡係にしたいんだけど、誰に言付ければいいかな?」

「それなら私が」

「おいらでもいいよ」

 フィオとサージが手を挙げた。確かにリアに近いという意味で、二人は適任だろう。

「サージと……」

「フィオ。フィオーネです。陛下の秘書官をしております」

 当初の予定では妻にするはずだったフィオだが、代わりがいないという切実な問題により、まだリアの秘書官を務めている。

 なのでまだ、リアは彼女を抱いてない。物理的な意味でなく、性的な意味で。

「分かったわ。じゃあこれから情報は、その二人に流すこと。ピノ、よろしく」

「承知」

 猫獣人は渋く頷いた。





 イリーナとフィオを先に帰らせ、リアはサージと共に、カーラに全てを話すことを決めた。

 手近なところの食事所の個室を借り、リアは話を始めた。



 まず、旅を始めてサージと出会ったこと。

 自分とサージが、異世界からの転生者であることを。

 元々は自分は男で、だから男性には興味が湧かないこと。

 迷宮を踏破して、ラビリンスやバルスと会ったこと。

 イリーナが黄金竜クラリスの後継者であり、自分がバルスの後継者として選ばれたことも、包み隠さず話した。



 全てを聞き終えたカーラはしばらく考え込んでいた。

 だがやがて、普段どおりの声で尋ねてきた。

「他にこれを知っている人は?」

「部分部分を知っている人間は何人かいるが、全てを知ってるのはイリーナだけかな。まあ、あの子はいまいち理解してないような気もするが」

 理解させるために、バルスはリアたちと共に来させたのだろうから。

「それを、なぜ私に?」

「カーラになら、話しても大丈夫と思ったからだ」

 本当なら、命を預けあう仲間には全て話しておきたかった。

 だがもし秘密が洩れた場合、それを隠しておけるような実力があるかは別だ。カーラにはそれがある。

「リア、あなたは私を信用しすぎています」

 珍しく、少し困った顔でカーラが言った。

「たとえばギネヴィア様のためなら…私は今聞いた話を、誰かに話してしまうかもしれません」

「カーラがそう判断するなら、それも仕方ない。信頼ってそんなもんだろ」

「そうそう、おいらなんか拷問でもされたら一発で全部喋っちゃう自信があるね」

 まぜっかえしたサージに、カーラは微笑した。







 次の日の会議で、サラフへのコルドバ軍の侵攻が告知された。

 まだ情報局もつかんでいない情報だったが、女王自身のコネクションによるものだとすれば、それを信じて軍を動かすことになる。

 もちろん裏は取っておくが、それは情報が正確であることを確認するだけであった。一日遅れで、同じ情報がもたらされた。

 リアは先遣隊として、自らが騎兵のみを3000率いてサラフへ急行すると宣言。

 反対意見はもちろん出たが、彼女は己の主張を曲げなかった。

「サラフは篭城戦を戦うこととなる。この場合必要なのは、味方の士気を保つことだ」

 そのためには、女王自らが出陣するのが、最も効果的であるのは確かだ。

 そしてそれとは別に、コルドバ本国への侵攻軍の編成も行われる。コルドバに接した各領主へも、編成と進軍の指示が出される。



 後にコルドバ動乱と呼ばれる大戦が、今始まろうとしていた。

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