第63話 会戦

 戦闘とは、指令が出た途端に始まるものではない。

 陣営地から出た兵が隊列を組むのに、かなりの時間がかかるのだ。

「陣地にこもって戦うわけではないのですな?」

 将軍が確認する。確かに強化された陣地にこもって戦えば、かなり有利に戦闘を展開出来るだろう。死傷者の数も減る。

 だが、根本的な目的の達成とはならない。

「当初の予定通り、会戦で雌雄を決する」

 リアの言葉にそれ以上の反論はなく、将軍は各部隊の指揮を執るべく散っていく。



 リアもまた軍装を整え、演説の準備をする。こういった会戦の場合、総大将による激励が行われるのが常だ。

 コルドバの方でも、将軍が兵を前に演説している。その背中に火球の魔法を叩き込みたい衝動に耐えるのが辛かった。

「戦士諸君、これまでのコルドバに侵略を受けてきた国がどうなったか、君たちは知っているだろう」

 拡声の魔法で、その声は軍全部に届いているはずだが、特にリアは前面に立つ、同盟国軍の将兵を意識していた。

「敗北した兵は奴隷となり、あるいは鉱山で、あるいは農場で酷使され、そのほとんどが三年ともたずに命を落とす」

 事実かどうかはともかく、そういう噂は確かにあるのだ。散々に恐怖を煽っておく。

「そして支配された国は重い税と労役に苦しみ、逃れようにも軍の目があり逃れようがない」

 まだまだ、ストレスをかけていく。

「コルドバのかくのごとき蛮行が、なぜ今まで許されてきたか。それは、かの国が強かったからではない」

 ここらで少し話を変える。

「我々が、団結出来なかったからだ。コルドバが、弱い国を攻めてきたからだ」

 これも事実である。外交で孤立させ、侵略する。コルドバの常套手段だ。

「だが今は違う。コルドバの侵略と圧制に対して、マネーシャが立ち上がり、獣人とオーガの戦士が力となってくれている」

 そう、今まで敗北してきた、過去の国家とは違うのだ。

「一人で人間10人に優るというオーガの戦士が、3000人だ」

 少々の数の水増しは許されるだろう。勝てばよかろうなのだ。

「そして諸君の手元には最新の武器と防具があり、万全の体勢で敵を迎えうとうとしている」

 けっこう苦労して作った武器である。活用してもらわなければ甲斐がない。

「さらにこちらには、竜殺しの聖女カーラ・ラパーバ・ウスランがいる」

 国をも滅ぼす竜を倒した、現世の英雄。ここでカーラも前に出て、その姿をさらす。カーラの勇名は、はっきり言ってリアよりも上だ。それが今、味方をしてくれている。

「我々は勝利するだろう。そして、コルドバの恐怖から解放される」

 あ、カサリアの援護の話を入れ忘れた。だが言い直すわけにはいかない。

「故郷と、家族の未来のために。勝利を!」

 抜いた刀を天にかざす。それにカーラも聖剣を抜き唱和する。

「勝利を!」

 あらかじめ言い含めていた、兵たちの中の声の大きい者が唱和していく。そのざわめきは、全ての兵に共有されていく。

 勝利を。勝利を。勝利を。

 士気は高まった。

 さあ、戦争を始めよう。







 リアたちが高台の指揮所に戻ると、前方に位置した同盟国軍が前進を開始した。

 それに呼応するようにコルドバ軍歩兵も前進し、両者は弓矢の射程に入る。

 両軍の兵が盾を持っているためそれほどの効果はない。だが運が悪ければ、隙間から矢を射られて命を落とす者もいる。

 ああ、とリアは心の中で嘆息した。

 自分は戦争が好きなのだと、改めて自覚する。

 敵の死だけでなく味方の死まで、快楽として受け取ってしまう。命を賭けた戦いが大好きなのだ。

 なんと業の深い人間だろうと、リアは我が心に苦笑を禁じえなかった。



 歩兵が更に前進し、その手に持つ槍が接触した。

 槍の長さは、こちらの方が長い。わざわざリアが特別に作った槍だ。いくら量産品とは言え、この数を揃えるのは辛かった。

 最初の激突はこちらが押したように見えたが、すぐにじわじわとコルドバ軍が押し込んでくる。地力が違うのだろう。コルドバの軍事訓練の厳しさは有名だ。



 騎兵は両翼から、こちらを包囲しようとしてくる。

 こちらの騎兵の数は敵の約半分しかない。よってリアは、騎兵をまとめて右翼に配置した。

 この騎兵同士の激突は、ほぼ互角の情勢だ。むしろ簡単な罠を配置して誘導した分、こちらが有利かもしれない。

 左翼はマネーシャ歩兵で対抗しているが、こちらは長柄の槍と罠とで、とにかく迂回を強いている。ここまでは完全に計画通りだ。



 手元にある予備兵力は、マネーシャ兵が5000と、オーガの2000が丸々だ。

 コルドバは歩兵を三段に分けているので、歩兵20000のうち三分の二が予備兵力となっている計算だ。

 オーガの戦闘力を考えれば、このまま正面から戦っても勝てそうに思える。だが楽観的にはなれない。

 人間を圧倒する身体能力を持つオーガだが、ほとんど人間と変わらない点が二つある。

 まず魔力だ。こちらはむしろ、人間の方が優れているとさえ言っていい。そしてもう一つが、この戦場では重要な要素となる。

 それはスタミナだ。

 オーガはその巨大な体躯を持つがゆえに、人間と同程度のスタミナしか持たない。一瞬の破壊力には優れているが、それを持続的には発揮できないのだ。

 よってオーガの戦力は、最後の一押しに使う。



「サージ、第13大隊に連絡。百歩右へ」

「了解」

 あるいはオーガ以上の反則兵器。それはサージの時空魔法による部隊間の通信だった。

 訓練されたコルドバ兵は、大隊規模、あるいは小隊規模で有機的に動くが、こちらはそうはいかない。それを補うための、時間差のない司令部からの連絡である。

 圧倒されることなく、その場に踏みとどまって戦っている。士気の高さに加え、身体能力が上がっているからだ。

「第17大隊を投入する。第9大隊と交代」

 疲労する部隊を適当に退かせ、体力を回復させる。それにはカーラの魔法がある。



 敵の魔法兵が、攻撃魔法を使ってくる。こちらも応戦するが、これは明らかに連合軍が有利だ。カーラというほとんど無限の魔力を持つ魔法使いが、相手の魔法を無力化する。

 普段なら徐々に相手を圧倒するはずのコルドバ歩兵団は、完全にそこに足止めされていた。

 大隊規模で予備兵力と交替し、新鮮な力でこちらを押し込んでくるのだが、びくとも動かない。膠着状態である。

「右翼騎兵に、敵を戦場から離すように連絡」

「了解」

 左翼が当たっている敵と共に、敵の騎兵と歩兵との間が分断されていく。



 敵の司令官も無能ではないようで、自軍左翼の騎兵を戻そうとしている。しかしそれを、必死で阻害するこちらの騎兵。

 敵軍右翼の騎兵は、こちらを包囲しようとして迂回をしすぎていた。当初の騎兵の突進力が弱まり、今はただ騎乗した兵が、こちらの長柄の武器を持つ歩兵と戦っている状態だ。

 朝から始まった戦いは、昼ごろには明らかに連合軍が優勢となってきていた。

 後送されてきた負傷兵や疲労兵が、カーラの広範囲の治癒魔法や回復魔法で、戦場へと復帰するからだ。

 破壊力のある魔法を使わない、使えないカーラにしても、治癒や回復には全力で力を尽くす。

(カーラとサージがいたら、一つの戦場ではまず負ける要素がないな。問題があるとすれば、戦場が分割された状態で、戦局全体を見なければいけない場合か)

 リアのギフトで戦局は俯瞰視出来るが、これがどの範囲まで有効なのか、そのうち試さないといけないだろう。



 敵の予備兵力が投下され、こちらも予備兵力を送り出す。

 これでこちらにはオーガの兵力が残り、向こうは残存兵力なし。

 そして敵の歩兵と騎兵の間は分断されている。

「頃合か」

 リアは判断し、サージに命じた。

「オーガを敵の両翼から突撃させよ」



 鬨の声が上がった。

 これまでずっと待機を強いられてきたオーガが、その戦闘意欲を爆発させた。

 その貫通力は騎兵の比ではない。両翼から敵歩兵を包囲して分断していく。

『よか兵児じゃ』

 かちり、と自分の中で何かがはまり、自然とリアはその言葉を口にしていた。

 それは、リアの持つ五つ目のギフト。バルスも言及しなかった、ただ戦い続けるというギフト。

 あえて名づけるとしたら『修羅』か『原初の本能』か。



 半包囲され、鉄壁の正面に足を止められ、オーガの突撃で蹂躙されながらも、まだコルドバ軍は秩序を保っていた。

 それは部隊の下士官がそれぞれ優れて兵を指揮しているからだが、それを賞賛しているわけにもいかない。

「まあ、あと一押しか」

 その一押しを、自分でやってしまっても構わないだろう。

「出るぞ。シズナ、付いて来い。ルドルフ、行くぞ!」

 マツカゼに騎乗するリアを、周囲が慌てて止める。その中にはカーラもサージもいる。

「リア、軽率です!」

 そんなカーラの声を、リアは初めて聞いた気がする。

「おいらの報告はどうするの?」

 一方サージは特に心配していない。コルドバの兵に突っ込んでいったリアの姿を、既に一度目にしているからだ。

「そのまま私に回して来い。指示はその都度与える」

 狼狽する将校の中、親衛隊を率いてリアが出撃した。



 一騎当千である。

 万夫不当である。

 シズナとルドルフを斜め後ろに従えたリアは、親衛隊の先頭を進み、味方の間を切り裂き、敵正面と激突する。

 十文字槍が振るわれるたび、確実に人の命が消えていく。

「殿下が来たぞ! 無様なところを見せるな!」

 大声で指揮官たちが兵を叱咤する。限界まで戦っていた兵たちが、限界を超える。

 それは声の届いた両翼のオーガでも同じであった。リアが共に戦っていると聞いて、これ以上はなく戦意が上がる。



 ここでもしリアが死んだり捕らえられたりしたら、あるいはコルドバが逆転するという事態もありえただろう。

 だがリアは、敵にそんな余力はないと計算した上で、あえてこの蛮行に及んだ。

 事実、コルドバ軍は崩壊した。

 厳格な規律で、命令なく後退することを禁じられているコルドバ兵が、ついに逃げ出したのだ。

 戦線は崩壊し、蹂躙戦が始まった。







 はるか遠くの高台から、戦況を見つめる二つの人影があった。

 一人はダークエルフ、姿も変えていない。

 もう一人は壮年の人間男性に見えたが、その身から迸る獣性が違う。

「こりゃあ、コルドバは滅びるんじゃねえか?」

 深い考えもなくそう言う男に、レイは平坦な声を返した。

「コルドバの底力は侮れない。そう簡単に決まることではないだろう」

「いやいや、もっと直感的に考えなよ。戦は勢いってもんがあるんだから」

 男の声には説得力がある。魔族領で実際に戦争を指揮してきた者が持つ、独特の感覚なのだろう。



 魔王に命じられて、この地に来た男。

 名をオルドという。

 魔王配下にして屈指の実力を誇り、そして同時に問題行動の多い男としても有名だった。

 敬愛する魔王がどうしていつまでもこのような男を用いるのか、正直レイとしては疑問なのだが、命令であれば協力するのも仕方がない。

「それにしても、別嬪だなあ」

 オルドの、人間から隔絶した視力は、マネーシャの陣営も丸裸にしていた。

「特にあの、銀髪の女がいいね。力ずくで押し倒して、犯しまくりたくなるね」

 男の欲望塗れの言葉を、女の前で平然と口にする。これも自律する意識の高いレイには不快なことだった。

「あれは竜殺しだぞ。それに陛下も、下手に人間の戦力を削るなと仰ってただろう」

「分かってるさ。陛下の命令には逆らわないよ」

 だが、とオルドは思うのだ。

 自分程度に倒されるような人間が、果たして陛下にとっての力になれるのか、と。

 それに殺さなければ、多少楽しませてもらっても、戦場のこととして処理してしまえる。



 時間はある。しばらくは、この大陸北西部で暗躍することになるだろう。

 目立つダークエルフと昼間ほとんど動けない吸血鬼と違い、自分なら人間の間に入っていくことも簡単だ。

 魔王に歯向かう気は毛頭ない。だが、ものの見方は一面ではないだろう。

 銀髪の聖女を組み敷く自分を想像し、オルドは野蛮な笑みを浮かべた。

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