第62話 動員

 マネーシャの同盟国がさしたる理由もなくコルドバの侵攻を受けたのは、様々なルートからすぐに王宮にもたらされた。

 そして救援の要請が来る頃には、第一陣の援軍の準備は済んでいた。このあたり、若い国は動きが早い。

「動いたのは二個軍団24000と、その補給部隊ですね」

 情報局の口にしたそれと、アスカの情報は一致していた。

 おそらくコルドバ軍に、国土は蹂躙されるだろう。同盟国の兵力は、せいぜいが10000を動かすぐらいだ。

 マネーシャもそのぐらいの軍は動かす準備が整っている。そして、オーガの里には急使が発せられている。

 一人で、訓練された兵10人と同じ戦力を持つオーガである。100人でも来てくれたら、かなりの戦力増となるだろう。

 それを話し合う会議の中に、場違いのように子供が混じっている。

 サージである。将来の幕僚候補として、ギネヴィアが同席させたのだ。


 そのサージが、恐る恐る手を挙げた。

「あの~、根本的な質問なんですが……」

 促されて、サージは続けた。

「カーラ様の魔法で、殲滅したら駄目なんですか? 出来ますよね?」

 ぴたり、と将軍たちの動きが止まる。

 出来る。だが、それはしてはいけないのだ。

 カーラにそれは、させてはいけない。

「政治的な問題で、無理ね。それでも本当にいざとなったらそうするけど、今は切り札の切り時ではないわ」

 政治的な問題か。詳細は分からないが、やはり戦争であれを使うのはまずいのだろう。なんとなく分かる。

「カーラはうちの切り札よ。切らないからこそ、価値がある。もし暗殺者の群れにでも襲われたら、万が一のことがあるわ」

 いや、どうやっても死にそうにないんですけど、とはサージは言わなかった。

 いくら腕が立つとは言え、年中暗殺者に狙われるなど、リアでも嫌だろう。


「それよりあなたには、兵站の運行部分を担当してほしいのよ」

 ギネヴィアはサージを指名した。それは、サージが時空魔法を使えることを彼女が知っているからだ。

「10000の歩兵と、それに付随する馬匹の糧秣、何日分ぐらいなら運べる?」

「30日分として、容量と重量はどれぐらいでしょう?」

 秘書官が計算し、紙に書いてみせる。それはサージの能力ならばたやすく運べる量だった。

「それなら一年分は余裕で運べます」

 列席する将軍たちが瞠目した。ギネヴィアも一瞬驚いた後、楽しそうな笑い声を上げた。

 サージの物資運搬能力。これがこの戦争の鍵となると、彼女は理解したのだ。

「この子の魔法についても、口外は禁止。守秘義務よ」

 直接戦場に出ることはなくとも、この力は絶大だ。それを皆が正しく理解する。

 当の本人だけは、少し理解が遅れたが。

「イリーナとマールにサージのことは守らせよう。あの二人なら、相手が竜でない限りは心配ない」

 リアもまた、正しくサージの能力を理解していた。


 名目上の総大将として、直接リアが出ることとなった。

 これには政治的な意図がある。まずコルドバに対しては、お前たちはカサリアに歯向かっているのだという威嚇。そして味方には、リアという存在のお披露目。

 実際の指揮を執るのはカーラを筆頭とした将軍たちである。

 これは大陸のほぼ全域で同じなのだが、軍の単位は100人で一個小隊。それが10個で一個大隊。さらに10個で軍団となる。

 軍団を率いるのが軍団長で、軍団には兵站部隊が付属する。二個軍団以上を率いるのが将軍となっている。

 だが今回はカーラを含めて3人の将軍がリアに付いている。一応指揮権の優先順位はしっかりとしているので、ここも問題はないはずだ。




「しかし軍隊の行軍というのは遅いな」

 マツカゼの背に揺られ、リアは呟いた。

「これでも荷駄の速度に合わせる必要がないので、かなり早くなっていますよ」

 リアの横に、カーラも騎乗して進んでいる。それは彼女に相応しい葦毛の馬だ。

 当初の予定では一週間かかる行程を、三日で踏破する速度で、軍は進んでいる。

 これでもオーガや獣人族の援軍を待つため、最大の速度は出していないのだ。

 そして相手の予想よりも早く行軍できるということは、会戦であれば自軍で戦場を設定出来るということである。


 コルドバは会戦に絶対の自信を持った軍である。

 もちろん攻城戦や防衛戦にも強いのだが、会戦では倍の数の敵を平気で破ったりする。

「それでも、あなたがいれば勝てるわよね」

 出陣前に、ギネヴィラは言ったものだ。

 なにせリアのギフトは、戦神の加護。戦いの指揮を執る立場では、絶対的な効力を発揮する。

 予定の布陣を見て、サージなどは言ってはいけないことを言ってしまった。

「圧倒的ではないか、我が軍は」

 即座にリアの拳骨が落ちていた。


 やや高台になっている丘を占有して、マネーシャ軍は陣を張った。

 ここに退却してきた同盟国軍が合流し、20000の軍勢となる。

 指揮官用の天幕の中で、リアは長槍を作っていた。それを見ているのはカーラとサージだけである。

 手元で槍を創造しながら、リアの目は広げられた地形図を見ている。

「騎兵が少ないのが痛いな……」

「あなたは軍を率いたことがあるのですか?」

 不思議そうに問いかけたカーラに、リアは村での攻防戦の話をする。

「それは無茶……でもないですね。確かにその条件なら、個人の武勇を最大限に活かすしか、勝つ方法はなかったでしょう」

 もしその状況にカーラがいたら、遠距離からの魔法攻撃で、敵の中枢を消滅させていただろう。

 この状況に応用は出来ないが、一つ共通している部分もある。

 それはこの高台に位置した軍を、相手が包囲しようとするだろうことだ。

 コルドバの騎兵はその機動力を活かすが、衝撃力はそれほどでもないと聞く。

 包囲されるということは全方向からの攻撃を受けるということで、これは避けなければいけない。


 その日の昼過ぎに、獣人の部隊300が合流した。

 まだ完全にマネーシャを、正確に言えばリアを信じていないのだろう。それほど多い数ではない。

 そして夕方に、オーガの軍が合流した。その数2000。

 200ではない。2000である。

 破壊力においては騎兵をも上回る、オーガの精兵が2000人。

 しかもそれを率いてきたのはオーガキングだった。

「こんな面白そうなことを、若い者には任せられんからな」

 牙をむき出しにして、彼は笑った。


 夜、天幕に将校が集合する。

 詳細な地形図を、昼の間に獣人の部隊に調べてきてもらっている。彼らには今は偵察の任務を頼んである。

「あまり緻密に立てた作戦は失敗するから、ざっくりと説明するぞ」

 そしてリアは地形について、意図される敵の行動について、それに対するこちらの動きに対してを説明した。

「細かいところは後にして、今までのところで何か疑問はあるか?」

 それに対して、老将が口を開いた。

「的確な作戦だと思いますが、それにしても殿下は、祖国で兵学を学んでおられたのですか?」

「いや、せいぜい又聞きした戦の知識ぐらいしかないな」

 あとは、前世の公共放送の番組をよく見たぐらいか。

 孫子は一応読んだことがあるが、どちらかというと政治論に近いだろう。

 それでも、なんとなくこれが適切であると思うのだ。


 作戦会議は滞りなく終わった。天幕から各陣地へ戻る将校の顔には、必勝の気迫が満ちている。

 これは勝てるな、とリアは思った。

 全軍を統率する将軍や、参謀が勝てると思ってはいけない。それは油断や慢心、軽率となるからだ。しかし直接兵を指揮する立場の者は、必勝の信念を持っていなければいけない。

「殿下、あなたは……」

 天幕に残ったカーラが、思わず口にする。

「いったい何者なのですか?」

「ギネヴィアから聞いてないのか?」

 既にリアとギネヴィアは名前で呼び合う関係である。

 ギネヴィアの竜眼なら、リアのギフトも全て見えているはずだ。それを親友のカーラが知らないというのは意外だった。

「姫様は、竜眼で見たことは、あまり口にされません」

 なるほど。確かに得た情報をぺらぺら口に出していたら、相手から薄気味悪く思われるだろう。子供の頃はともかく、今では自分のためだけに活用しているということか。

 やはり腹黒い女だ。もちろん、いい意味で。

「そうだな、カーラになら全部話してもいいかな……」

 ギフトのことや、バルスとの対話。そして前世の話まで。

 彼女なら絶対に裏切らないだろう。いやむしろ、彼女に裏切られるようなら、それは自分が悪いのだ。

「これが終わったら、聞いてくれるかな。長い話になるから。それと……」


 少し照れくさそうに笑いながら、リアは言った。

「私のことを、名前で呼んでくれないかな。その……ふ、夫婦みたいなものなのだし……駄目かな?」

「いえ、分かりました。レイアナ様」

 いや、そうではなくて。

「リアと。様もいらない」

「しかしそれでは、示しがつかないのでは?」

 ふむ。それもそうかもしれない。

 戦場で女同士がいちゃいちゃしちたら……いや、それはないな。カーラはそんなことはしないだろう。問題はリアだけだ。

「戦場以外ではリアと……。戦場でも二人きりの時は、リアと呼んでくれ」

「分かりました、リア」


 おお。


 これは、いいものだ。


 ずんずんとカーラに近づいたリアは、その耳元に唇を寄せる。自然とカーラの唇もリアの耳元に寄る。

「リア? どうしたのですか?」

 ふおお。

 思わず腰砕けになりそうで、リアは必死で踏みとどまった。

 ただその拍子に、カーラの肩を両手でつかんでしまう。まるで、口付けを迫るかのように。

 だが、どうにか理性を働かせて離れる。

「明日は決戦になる。早く休もう」

 どこか呆然としたカーラを残して、リアは天幕を立ち去った。




 だが結局、戦いは起こらなかった。

 昼前に平地に到着したコルドバ軍はそこから陣営地を築き始め、布陣こそしたものの、こちらには攻めてこなかったのだ。

「まあ、コルドバのすることだしな」

 リアはあっさりとそう言った。


 コルドバの軍は、接敵してもすぐに戦闘に入ることは少ない。まずこちらの様子を充分に偵察することから始まり、強固な陣営地を築いて、戦機を窺う。マニュアル化してある戦闘手順である。

 もちろん同盟国とマネーシャの合同軍も、ただそれを見ていたわけではない。充分な距離を取って、作業中の敵兵に矢を射掛けるが、防御担当の兵が盾をかざして守るので、あまり効果がなかった。

 そこでリアが考えたのは、こちらも陣地を強化するということである。

「穴ですか……」

「そう、あまり深くなくていい。馬の機動力を消す穴を、ここからここまでの地点に無数に掘る」

 地図を示しながらリアは指示を出す。

 合同軍の兵は、常備兵ではない。傭兵や、志願兵からなる編成だ。それを工兵化する。

「しかし騎兵の機動力では迂回されるだけでは?」

「もちろんそうだ。要は敵の主戦力である歩兵と、協調した動きが取れないようにすればいい」

 それに、騎兵の突撃を一瞬でも弱めたら、そこに付け入る隙もある。


 士気を保つのが、一つの課題だった。

 目の前に敵がいるにもかかわらず、陣地への攻撃はしない。行うことは土木作業。

 生来の戦士であるオーガなどは、今にも飛び出しそうな血の気が多い者が大半である。それを止めるのは、リアの仕事となる。

 とにかく力づくで止めるのだ。問答無用で止めるのだ。それを数回繰り返すと、リアの実力を知らなかったオーガもおとなしく従うようになる。

 一般的な兵士に対しては、カーラが慰安に回っている。この人数だと、何もしなくても体調の悪くなる者はいるもので、それをカーラは治していく。

 戦場の聖女にして聖騎士。問答無用で強いリアと並んで、兵の間にカリスマが伝わっていく。


「それにしても、規律の取れた軍隊だな」

 リアが遠方を見て感嘆するのは、敵軍の動きであった。

 歩哨がよそ見をしないのだ。自分の職責を完全に果たしている。

「敵を誉めている場合ではありません」

 カーラは落ち着いているように見えるが、彼女自身も戦争は初めてなのだ。実際は色々と考えてしまう。

「何か、動いた方がいいのではないですか?」

「いや、長期戦になったら遠征している向こうのほうが不利なんだが、どうして攻めてこないんだろうな」

「そうですね。補給線は長く伸びているはずですが……さすがは兵站に定評のあるコルドバということでしょうか」


 割とのんびり話していた二人だが、相手の立場になって考えて、リアは気付く。

「いや、そうだ長期戦狙いだ。向こうはこちらに、サージがいるのを知らない」

 そう、サージの抱える莫大な物資を知らなければ、こちらの補給を偵察し、長期戦に持ち込むほうが確実だと思うだろう。

「参ったな。地味な戦争になってきたぞ……」

 個人的に会戦で一気に片を付けるのが、リアの理想の展開だった。

 政治的にも、会戦で華麗に勝ってこそ、宣伝効果が大きい。無論、まともに戦ったらまず負けないというコルドバ相手に勝つだけでも、それはそれで凄いのだが。

「とりあえず、炊飯の煙を多くしよう。こちらにはまだまだ余裕があると見せないとな」


 そして十日が過ぎた頃。

 夜中に、はるか北方の空が赤く染まった。

 すぐさま何が起こったのか、獣人族の部隊を偵察に出す。

 次の朝には報告があった。敵の補給基地が二箇所、襲撃で爆発炎上したらしい。

「どこの軍でしょうな?」

 首をひねる将校たちだが、リアには心当たりがある。

 夜中に襲撃をかけ、防衛力を突破し物資を焼くなど、相当の練度がないと出来ないことだ。

 吸血鬼とダークエルフ。

 コルドバを敵視し、しかも手加減の必要を感じないあの二人なら、個人の戦闘力で基地の一つも破壊できるだろう。

「ぼやぼやするな。補給基地を破壊されたんだ、敵が出てくるぞ」

 慌てて士官たちが部隊の下へ走る。

 それを見ながら、リアは残忍に笑った。

「さあ今度こそ、楽しい戦争の時間の始まりだ」

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