第57話 竜殺し

 村に帰った時には、全てが終わっていた。


 コルドバ兵の襲来。村のコルドバへの従属を命じ、その証に人質を出せと命じた、一個小隊の兵士たち。

 当然拒否した村長の胸を、兵の槍が貫いた。

 見せしめだった。

 それまで抑えていたイリーナが、それで切れた。

 優しいおじいちゃんにひどいことをした兵士の頭を、大剣で吹き飛ばしていた。

 戦いが始まった。

 イリーナが圧倒的な力で敵を蹂躙し、マールが戦えない村人を逃がした。

 

 獣人たちも、戦えるものは戦った。

 イリーナの戦闘力の前に、コルドバ軍は逃げ散って行った。だが、村人の全てが守りきれたわけではなかった。

 重傷を負った者は、それでも治癒魔法で癒すことが出来る。だが、完全に息の絶えた者は……。

 三名の獣人の、死体が横たわっている。

 その中には、リアとあの夜、獣人の未来について語った村長もいる。

 毛並みに付いた血は、綺麗に洗い流されていた。

 家族の者達が、その前で泣いている。激しく。あるいは必死でこらえようとして。


 リアはそれを、少し遠くから見ていた。

「コルドバは、潰す」

 その冷えた声に、周囲の皆がリアを見つめる。

 その決意に満ちた瞳に、誰もが頷きを返す。

 止められない。止める気もしない。


 戦争が始まろうとしていた。




 マネーシャ王国は、実は王国ではない。

 なぜならこの大陸には、帝国に認められた王国が五つあるだけだからだ。

 1000年前の千年紀により、人類社会は帝国周辺を除き、ほぼ崩壊した。

 その大陸を再建すべく、当時の皇帝の皇子が3人、皇女が一人、皇弟が一人、軍勢をもって各地に派遣された。

 その一人、レイテ・アナイアが建国したのがカサリア王国である。

 それから1000年が過ぎる間に、人類はその版図を広げ、新しく都市が生まれた。マネーシャとは、その都市の一つの名前であった。

 アナイアスから離れたマネーシャの領主を、当時の王は公爵に封じ、マネーシャ公国を作らせた。

 よって正確を期すなら、マネーシャは今でも公国であり、王は公爵なのだ。しかしよほどの例を除き、公式な場でもマネーシャは王国を名乗り、公爵は王を名乗る。

 カサリア王家との婚姻も何度も重ねられているため、準王家と言っても間違いではない。

 ちなみにコルドバもまた、カサリアの貴族であるが、こちらは伯爵である。

 だが現在その勢力は伸長し、軍備は拡大され、カサリアに迫ろうとしている。


 さて、リアの立場であるが、これがまたややこしい。

 リアはカサリアの王女である。庶子ではあるが、系統図に記されたまぎれもない王女である。

 そしてややこしさに拍車をかけるのが、カサリアに認められたわけでもないオーガの国の女王になったということである。

 これは、僭称になるのではないか。地味にリアは悩んだものだ。

 一応オーガの里からはアナイアスに向けて、前後の事情を含めてオーガの部族全体の長として認められたと伝えてある。

 父王の頭を抱える様子が目に見えるようであるが、なんとか穏便に処理してくれるだろう。

 なにしろリアにはカサリアから独立して王を名乗る気などなく、せいぜい名ばかりの公爵家を新たに作って、そこの当主として認めてもらえればそれでいいのだ。

 リアには子孫が出来ない。オーガもリア以外の人間に従う気はない。

 とりあえずコルドバの侵略を止め、コルドバを滅亡させ、千年紀を乗り切ればいい。

 それにかかるのは、10年か20年か。それぐらいは、リアも生きていられるだろう。

 千年紀さえ乗り切れれば新たな秩序が生まれるだろうし、そしたらリアはまた誰かに政権を預けて、旅にでも出ればいい。

 何しろリアには子供が生まれないのだから。国を作っても、それはリア一代のことだ。




「マネーシャかあ。竜殺しがいるんだよね?」

 ある夜、野営をしながら改めてサージが問う。問いかけた相手はイリーナだ。

「けっこう強い竜が行ったんだけど、負けちゃったね」

 竜が人間に殺されたことに対し、イリーナは特別な感情を持っていない。

 獣と獣が争って殺し合うように、人と竜が争って殺しあうのも仕方がない。そんな風に考えるのが竜である。

 目の前で知り合いを殺されたりしたら、確かにこの間のように相手を殺しまくるが、一度落ち着けば全てを諦めてしまう。

 竜とはそういう生き物だ。


「でもいったい、どうして竜に攻められたのさ」

 竜を殺した英雄の誕生はサージの住んでいた田舎にまで聞こえていたが、その詳細は知らなかった。

 実はリアやカルロスも知らなかったのだが、なんとイリーナが知っていた。いや、むしろ当然知っていたというべきか。

 遠因は、またもコルドバである。

 コルドバの軍事的圧力に頭を悩ませた当時のマネーシャの首脳部が、禁断の魔法に手をつけたのである。

 それは本来帝国と、念のために五王家のみに伝わる秘法。

 勇者召喚の魔法である。


「ルーファス様は魔法知識の発達と啓蒙に精力的でしたから、そこから洩れたんでしょうね」

 ルルーは亡き恩師の顔を思い浮かべた。


 とにかく勇者召喚をそうそう安易に行ってもらいたくない暗黒竜バルスが命じ、竜がマネーシャを襲った。

 バルスの予定通り、勇者召喚の儀式は中断され、儀式の詳細を知る宮廷魔法使いたちのほとんどが殺された。

 だがここで、バルスの予定外のことが起こる。

 残されたマネーシャの首脳陣が精鋭を厳選し、竜に立ち向かってきたのだ。

 精鋭と言ってもしょせんは人間。実際に竜と戦えたのは、わずかに五人。

 当時の宮廷魔導師長、騎士団長。この二人は、戦いの中で命を落とした。

 残りの三人が、竜殺しと呼ばれているが、この内の一人が既に国内にいないどころか、どこへ行ったのかさえ分からない。

 ゴンベイ。


 リアはサージと顔を見合わせる。明らかに転生者だ。もしくは、転生者をよく知る人間。

「あのさ、このゴンベイって人、大賢者アゼルフォード様の偽名じゃないのかな」

 サージはそんな予測を立てる。

 大賢者アゼルフォードは1000年前の千年紀の生き残りであり、現在は聖山キュロスに住まい、その北方の魔族領を監視している。

 キュロス山の麓には魔法都市があり、魔法学園が設立され、大陸中から集まった多くの魔法使いが研鑽に励んでいる。

 帝都が消滅した今、間違いなく最も魔法の研究が盛んな場所であろう。

 その大賢者アゼルフォードならば、確かに竜をも倒せるだろう。転生者に関する知識が豊富でも不思議ではない。

 なにせ以前の千年紀では、勇者と共に先代の魔王と戦ったのだから。


「それと、女王様なんだけど」

 イリーナが疑問を呈する。彼女にとっては当然の疑問なのだが。

「竜眼の女王って言われてるけど、竜眼のギフトを持ってるのかな?」

 竜眼。リアが覚醒した、相手を威圧し、その能力を丸裸にするギフト。

 竜の血を引いた、カサリア王国と何度も婚姻を結んでいるマネーシャ王家にならば、そのギフトが発現することもありうるのだろう。

「それと、竜と戦って生き残っているということは、魔法の腕も相当なんじゃないの?」

 シズナが言及する。竜と戦うというのは、戦士にとって一度は夢見る対戦だ。

 実際に戦って、勝つことはおろか生き残ることさえ、ほとんど不可能なことなのだが。

 ちなみにこのギネヴィア女王、竜が襲来するまではむしろ王宮で忌避されていたらしい。

 ただでさえ威圧してくるその視線に、能力を丸裸にされるという恐怖。それは確かに、恐ろしいものに違いない。

 だが女王となった現在は、逆にそれがカリスマとなり、王国を見事に統治している。

 竜によって戦力が激減したはずのマネーシャがコルドバにどうにか対抗出来ているのは、この女王の手腕によるだろう。

「私の聞いた話によると、相当のお転婆だったようだがな」

 リアにも王族であるから、他国の王族の情報は入ってくる。

 朝から晩までバタバタし、悪戯を成功させてはケタケタ笑い、大事なときにはクタクタになっているという、困ったお姫様であったそうな。


「私としては、一番分からんのがカーラという女だな」

 リアの興味を最も引くのは、直接竜にその聖剣を突き立て、絶大なる生命力の塊に止めをさしたという存在。

 カーラ・ラパーバ・ウスラン。当時16歳。現在は女王親衛隊の隊長にして、侯爵家の当主も務めているという。

 元は孤児であったのを下級貴族に拾われ、才能を見込まれ魔法学園に留学。14歳にしてその全てを修め、帰国して以降は騎士として王宮に勤める。

 そして当時王女だったギネヴィアと親友になり、共に竜と戦い、これを倒す。

 現在19歳。独身で、恋人もいないらしい。

「魔法戦士か。私と同じだな」

 リアが呟く。ぜひ戦ってみたいという欲求が、声に満ち溢れている。

「まあ、同盟が上手く組めれば、手合わせ願えるとは思いますけどね……」

 カルロスが呆れている。思えばこれで、ライアスも困らせていたものだ。

 どういった手段を取るにしろ、リアとの手合わせは逃れられないだろう。カーラという女性には同情を禁じえない。

「そろそろ寝るか。明日にはマネーシャ領に着く」

 全ては実際に会ってからだ。リアはそう結論付けた。




 マネーシャ領、ようするに人間が多い領域に戻って、リアが己に施したイメチェンがある。

 仮面を被るようになったのだ。

 別に今更厨二病を発症させたというわけではない。必要に迫られてのことだ。

 オーガやドワーフはまだしも、人間の社会では成長したリアの美貌は目立ちすぎる。

 人里に入ってからいろいろと面倒に巻き込まれて、顔の上部を覆う仮面を作り出したのだ。

 フードを被って、それでようやく目立たないようになった。逆の意味で目立つようになったが、変な迷惑を被ることはなくなった。

 美しさは罪である。


 そして一行は無事、マネーシャに着く。城門で顔を隠したリアが止められたりしたが、カサリア王家の紋章が入った短剣が、地味に役に立った。

 マネーシャ一の高級宿の、さらに一番高い部屋を取る。

 カルロスを使者として王城へ送り出し、リアは言った。

「よし、じゃあ公衆浴場に行くか」

 風呂が付いている部屋にも関わらず、リアはそう言った。

 公衆浴場。つまり、女の子の裸、見放題。

 素晴らしい施設を作ってあるものだ、マネーシャは。

「どうしてそんなにお風呂好きかね……」

 呆れるようにシズナは呟くが、その耳元でリアが囁く。

「今夜は寝かせないから、しっかりと体を磨いておけよ」

 そう、イリーナがマールを離さないので、リアはシズナとの二人部屋を取ったのだ。

 息をつめて顔を赤らめるシズナ。確かに汚れた体を、リアには見られたくはない。

 あの夜の情事を思い出し、腰骨の奥が熱くなる。

 だがシズナの期待は裏切られることになる。


 風呂道具を持って公衆浴場へと向かおうと宿を出る。どうせなら大きい浴槽がいいと、皆が付き合ってくれた。

 大通りを浴場へ向かおうと一行が歩き始めると、彼方からざわめきが伝わってきた。

「カーラ様……」「カーラ様だ……」「カーラ様よ……」

 大通りの人通りが、自然と割れていく。

 騎馬の一段が、大通りの中心を王宮へと向かう。その先頭に、彼女はいた。

 貴族の娘が19歳で独身というのだから、どこに問題があるのだろうと、リアは思ったものだ。

 一目で分かった。分かってしまった。

 道行く人々が全て足を止め、その女性の姿を目に焼き付ける。そしてうわごとのようにその名を呟くのだ。


 単純に言って、彼女は美しすぎた。

 リアは魅入られたように、その女を見つめた。

 否、魅入られたようにではなく。

 事実、リアは魅入られていた。

 その、空のように果てしなく澄んだ碧眼。

 星の輝きを溶かしたかのように風に流れる銀髪。


 リアの竜眼が発動する。その女のことを知るために。


 カーラ・ラパーバ・ウスラン。


 レベル198


 レベル198というのも凄まじいが、そんなものではない。

 そんなものは驚きではない。

 問題はそのギフト。




『竜の血脈』




 そう、彼女は竜の血脈を持っている。

 しかもそのギフトの中身が大きく開放されている。

 四肢再生、器官再生、剛力、咆吼、威圧、第六感、龍闘気、高速再生、高速回復、空間把握、超吸収 魔力感知、限界突破、呼吸軽減、頑健、不老長寿、金剛身、魔法耐性、五感鋭敏、肉体強化、内蔵強化、骨格強化、超回復、消費軽減、魔力消費軽減、睡眠軽減、熱耐性、麻痺耐性、毒耐性、疾病耐性、衝撃耐性、精神耐性、石化耐性、腐敗耐性 呪詛耐性 吸収耐性 幻惑耐性 混乱耐性 酸耐性

、催眠耐性、盲目耐性、魅惑耐性、洗脳耐性、看破耐性、痛覚耐性…。


 だが、それだけではない。

 竜の血脈だけではない。

 これだけのギフトを持ち、見たこともない高レベルでありながら、それだけではない。

 彼女の持つ、もう一つの決定的なギフト。




『神の血脈』




 なるほど。

 なるほどなるほど。

 納得した。

 竜と神の力を持つ者なら、それは竜でも倒せるだろう。

 あのバルスがどうして問題視したのか、今なら理解できる。

「ね、姉ちゃん……」

 美しさにただ圧倒されるだけの幸せな人々の中で、リアとサージだけがその女の本質を見てしまっていた。

 そしてリアは、笑った。




 親衛隊の前に、正確にはカーラの前に、一人の少女が歩み出た。

「無礼な!」「道を開けよ!」

 少女がフードを脱ぎ、仮面を取る。

 その姿、美貌に、親衛隊の者たちの言葉が途切れる。

 何よりその顔の造作。

 親衛隊は、それに良く似た美貌を、日常目にしている。

 マネーシャ王国女王ギネヴィア。闇より暗き黒髪に、黄金より苛烈な金の瞳。

 双子とは言えないまでも、姉妹というぐらいには似ている。

「竜殺しのカーラ殿」

 リアは心底からわくわくした気分で語りかけた。

「一手、お手合わせ願いたい」

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