第56話 ドワーフという名の種族

 ドワーフという種族を甘く見ていた。

 今までにも、ドワーフに会わなかったわけではない。優秀な鍛冶工作の職人であるドワーフは、ちょっと大きな街には必ず鍛冶場を構えていたし、アナイアスのような大都会では、それなりに秩序だったコミュニティを築いていた。

 だが、本場のドワーフは違った。

 他の種族の目を気にしないドワーフとは、まるで別の種族なのだった。

 まず、頑固な職人というイメージは間違っていない。

 たとえば武器屋の場合。

 とにかく仕事場で話すことと言えば、鉄! 時々ミスリル! ところによりオリハルコン!なのである。

 しかしこれがドワーフという種族の全てではない。

 家に帰ればもっと極端で、一に酒、二に酒、三四がなくて五にも酒。陽気に豪快に酒を楽しみ、それでいて次の日にはケロリとしてまた、黙々と金属と戦うのである。


 まず、ルルーが脱走した。ひ弱なエルフということで、彼女は見逃された。

 サージはぷるぷる処女のように震えていたが、子供なので助かった。

 ギグは子供だと言っても通用しなかった。真っ先に潰されては「ガタイの割りにたいしたことねえ」などと笑われていた。

 カルロス? それは酒場の隅でゴミのように丸まっているあの物体のことだろうか?

 シズナは意外と酒に強いのだが、それは人間の常識の範疇であり、ドワーフの奥様方の果実酒に溺れて、いつも最後は黄金の物体を吐いていた。

 リアは戦っていた。

 リアだけは戦っていた。


 ここにその壮絶な戦いの記憶を綴ろう。




 ドワーフの大集落で、一番偉い人にはどこに行けば会えるか。

 答えは一番大きな鍛冶場である。

 案内もされず、勝手に教えられた道を辿ると、確かに大きな木造の鍛冶場があった。

 中からは金属を打ち合う音がひっきりなしに聞こえ、とても尋常に呼びかけても伝わりそうにない。

 ここでリアは、開放されたギフト『咆哮』を使った。

 木造家屋が揺れた。なにしろ、普通の人間であれば失神するほどの音量である。

「なんでい、騒々しい」

 平気な顔で出てきた老ドワーフが、ここの大親方であった。


 オーガキングから預かっていた手紙を渡す。

 内容は簡単なものだ。コルドバと一戦やらかすから、武器の手配を頼むということと、出来れば戦力も提供してほしいと書いてある。

「ふん」

 ぶふーと大親方は鼻から息を吐き出した。

「上等だ。コルドバは以前から気に食わなかったんだ」

 ドワーフの奴隷に武器を作らせているということも聞いていた。

 だが、と大親方は続けた。

 ドワーフの里は、親方衆の集まりによる自治組織である。一応まとめ役をしているが、全てを自分一人で決められる訳ではない。

 なるほどドワーフも、組織を作るのには向いてない種族である。

「で、話はそれだけか?」

 大親方の視線がちらちらとリアの腰に向けられる。正確には、その腰に差した刀にだが。

「そうだな、こいつを見てくれ。こいつをどう思う?」


 鞘ごと差し出した虎徹を、大親方はすらりと抜いた。

「カタナか……」

 真剣な瞳で、親方は刀身を眺める。

 ぞくぞくする、職人の目だ。

「これは……相当の物だな。魔法はかかっていないようだが、ミスリルなら簡単に切断するだろう。しかしどうやって鍛えたものか……」

「製法が分かったら、大親方は、これよりいい物を作れるか?」

 それは、ドワーフに対する挑戦だった。

 リアは何気なく口にしてしまったのだが、ドワーフにとってそれは、己の誇りを最大限に燃え立たせるものである。

 やってみたい、という気持ちはある。だが、畑違いだ。剣は数え切れないぐらい打ってきたが、刀を打ったことはない。

 打ったこともないものを、勢いに任せて出来るとは言えない。それは意地ですらなく、ただの強がりだからだ。

「わしはカタナを打ったことがない。だが末の息子が、今やっとるところだ。他の者は無駄なことだと言っているが……」

「刀は最強だ。ドワーフの鍛冶が打てば、最強の刀が出来る」

「剣ではいかんのか? 剣ならばいい物がたくさんあるぞ」

「私が刀に慣れているということもあるが、刀より優れた剣を見たことがないんでな」

「ほう?」

 大親方が徒弟に声をかけ、様々な素材を持ってこさせる。

 そこまで言われては、ドワーフの武器職人としての興味を満足させて欲しいものだ。

「これが切れるか?」

 試し斬りが始まった。


 太い木材を、やすやすと両断する。

 すると次には濡れた藁や紙を巻いた木材を斬らされた。

 鉄の鋼材が持ち出されたが、これもやすやすと両断する。

「よし、ここからが本番だ」

 ドワーフの鍛えた鋼の剣が、試し台に乗せられてリアの前に置かれる。

「どうだ? さすがに刃こぼれするかもしれんが…」

「はっ!」

 大親方の声が終わる間もなく、リアは気合一閃、剣を折っていた。

 虎徹の刀に刃こぼれはない。

 鍛冶場中の視線が、試し斬りに集まっている。普段なら怒鳴り散らして仕事に戻させる大親方だが、さすがにこれを見ずにドワーフは語れない。

 次に出されたのはミスリルの剣だった。魔法で強度を高めてある。常識的に考えて、鉄の剣では折ることは出来ない。

 だが、それすらをもリアの虎徹は折り斬った。

「どうなってるんだ……。斬れるにしても、曲がるなり、刃が欠けるなりはしてもいいと思うんだが」

 鞘に戻す虎徹に、一切の曲がりはない。

「ただの鉄じゃないな? しかしただ硬く鍛えただけでは刃こぼれするし……分からん」

 そして大親方が出してきたのが、オリハルコンのインゴットである。

 神々の金属と呼ばれる、純金よりもはるかに高価なその金属。

 さすがにこれは、斬れなかった。だが、虎徹の方も刃こぼれもしていなければ曲がってもいない。

「本気を出すが、いいな?」

 リアもここまできたら、愛刀の限界を知りたい。

 いや、斬れるはずだ。

 魔力を秘めた金属など、魔力を込めた鉄なら斬れるだろう。

「いえあああっ!」

 魔力を込めた虎徹は、リアの期待に応えた。

 オリハルコンの塊が、二つに割れた。


 大親方は手を上げた。文字通りお手上げだった。

「ついてこい。末の息子の方がよく分かりそうだ」

 そしてリアだけが集落の片隅に仕立てられた、小さな小屋にやって来る。

「親方、大親方が来ましたよ」

 徒弟が中に声をかけるが、しばらくは反応がない。

 鉄を打つ音が、続いていた。

 一通り作業工程が終わってようやく、まだ若い、それでいてやはり頑固そうなドワーフが現れる。

 無言で促され、リアと大親方が作業場に入る。小さいが一通り設備は揃い、綺麗に整頓されていた。奥が住居になっているようだ。

「お前さんのカタナを、見せてやってくれ」

 刀と言われて、親方の眉がぴくりと動く。リアは虎徹を鞘のまま預けた。

 すらりと抜いたその刀身を、親方が見つめる。

 リアはその間、作業場に置かれている鍛えられた刀に見入っていた。

 悪くない。いや、むしろいい。

 粗研ぎだけが済んでいる刀だが、鍛え方は相当のものではないのか。姿が優美で力強い。

 だが、まだ拙い。技術以前の問題で、甘さが残る。


「おいあんた」

 親方がようやく声を発した。

「こいつはどこのドワーフが鍛えたんだ? 教えてくれ。頼む」

「いや、それを鍛えたのは人間だよ」

 その瞬間のドワーフたちの顔こそ見ものだった。

「に、人間が……鍛えたのか? これを? どこのどいつが?」

「残念ながらもう亡くなった人物だが……」

 そしてリアは長曽禰興里入道虎徹の話を始めた。

 もっとも、リアの知識も限られたものである。伝承も多い。そう前置きして、リアは虎徹の生涯を話した。

 50歳になるまでは、刀ではなく、甲冑を作っていたこと。

 その自分自身の作った素晴らしい甲冑を切り裂くがために、刀を打ち始めたこと。

 刀を打つ前に、まず素材の鉄の吟味から始めたこと。

 そして東の島国で随一の名工となり、王の目にも止まり、最上の刀工として認められるまで。

 あまりの名声ゆえに、生前から偽作が出回っていたことなども含めて、リアは虎徹についての知識を話した。




 気が付けば、日が暮れていた。

 リアが話し終えた時、ドワーフの親子は感極まったように、腕を組んで天井を見上げていた。

「世界は、広い」

 大親方が呟くと、親方も頷いた。

「私としては、これを超える刀を打ってほしいんだが」

「今は、無理だ。足元にも及ばん」

 鍛冶の民として誇り高いドワーフが、そう言って頭を下げた。

「頼む。この刀に関して知っていることを、なんでもいいから教えてくれ」

「望むところだ。私も、刀を愛しているからな」


 そして、戦いが始まった。

「まず、鉄が悪い」

 リアは断言した。

 ドワーフの鉄は、魔法と炉で作られた純粋なものだ。これに炭を加えて鋼にするのだが、純粋すぎるのだ。

 混ぜ物がいる、と聞いたドワーフは変な顔をしていた。鉄から不純物を除いて、炭素を加えて硬くする。それが当たり前の武器の作り方だ。

「ごくごく微量だが、むしろ鉄が欠けないように、曲がらないようにしてくれる物質が必要なんだ」

 このあたりの研究はアナイアスでもされているのだが、究極の鋼は出来上がっていない。

「その一つは。これだな」

 リアが生み出したのはチタン。魔法金属ではない。

 前世において日本の刀の製法は、奥義としてかなり途絶えてしまっているものがあった。

 実のところ近世よりも古い時代、平安から鎌倉時代に作られた刀が一番優れているのではないかという説もある。

 その説を裏付ける論拠が、古い寺院から発見された、その時代のぼろぼろになった刀の成分を分析したところ、むしろ近代的な物質が含まれていたという報告である。

 これはおそらく、鉄そのものを作るときに意図的に残されたものではないかとも言われたが、当時の鉄の精錬法が明確には判明しないため、結論は出されていない。


 とにかくまず、鉄を作るために、さらに炉を作るところから始まった。

 ドワーフたちに混じって、カルロスやギグもそれを手伝っている。

 鉄の原料を採取するのも問題だった。この里では良質の鉄鋼石を使っているが、リアの知る製法では砂鉄が必要だ。

 川沿いに砂鉄の採れる場所もあった。また、サージの魔法で鉄鉱石を粉々に砕いたりもした。

 リアにとっても、試行錯誤の連続だった。知識はあるし、その一端に触れたこともある。だが全てを監督すべき立場などに立ったことはない。


 大親方が、全力で支援してくれた。

 炉が出来、最初の製鉄が始まる頃には、里中のドワーフが協力してくれるようになっていた。

 掛け声と共に鞴が吹かれ、三日三晩の製鉄作業が始まる。

 何度も失敗した。鉄が悪いのか、土が悪いのか、炭が悪いのか、それとも他に原因があるのか。




 なんとか納得出来る鉄の塊がほんの数十キロ出来上がるまでに、一ヶ月が過ぎていた。

 それでも、リアは満足だった。ドワーフの底力を見たような気がした。

 ずしりと思い、無骨な鉄の塊。割って見ると、月のように美しい白い鉄の輝きが見える。

 これが、鉄だ。金より貴重な、鉄だ。


 そして刀を打ち始める。

 その技術自体は、前世とそれほど変わらない。問題は技量だ。

 相槌をつとめる相手がいなかった。ドワーフで刀を本格的にやっていたのは親方だけで、弟子たちではとてもこの鉄を鍛える相方とはならない。

「私でいいのか?」

 槌を握るリアが問うが、親方は頷くだけだ。


 そして刀を打つ。

 ひたすら打つ。心鉄となる部分と刃鉄となる部分の接合も、様々な方法が採られた。

 同時進行で、何本もの刀を、それぞれ異なる製法で打つ。

 焼入れに使う土も、焼入れの水も、何種類も用意する。

 どこの水を使うか、川の水か井戸の水か、水の温度は何度か。

 何本も何本も失敗する。


 親方とリアはほとんど寝ていない。

 無限とも思える体力で、ただ刀を打ち続ける。

 研ぐのは主に弟子の役目だ。本格的な研ぎなど求めていない。粗研ぎで、鉄の色は見える。


 そしてまた、一ヶ月が過ぎていた。

 一本の刀がある。

 身幅の広い、浅く反った刀である。

 波紋は直刃、技量を誇ったものではない。

 粗研ぎを終えたばかりの刀を、リアがじっと見つめている。

 その言葉を待つように、親方がじっと傍で控えている。

「清麿に似ているな」

 リアは呟いた。キヨマロとは誰かと、親方が視線で尋ねる。

「虎徹の後の時代に生まれた、虎徹と並び称される刀工だ。もちろん姿形は違うが、刀に覇気がある」

 親方は頷いた。その目尻に、かすかに光るものがあった。




「さて、実は本当にお願いしたいことは別にあってな」

 リアの目に叶う刀が、一本だけとはいえようやく出来たことを祝う、その席で。

「これで、刀を打って欲しいんだ」

 リアが取り出したのは、黒い金属の塊だった。

「これは……金属か? 見たこともないぞ。竜の牙に似ている気もするが……」

 一番金属に詳しい大親方でも、その正体は分からない。特にもったいぶるでもなく、リアは告げた。

「神竜の牙だ。暗黒竜バルスからもらった」

 その言葉に、ドワーフの男どもの動きが止まる。

「これで、刀を打ってくれ」

 リアは頭を下げた。


 すぐには無理だ、というのが返答だった。

 やってみせる、という威勢のいい声も上がらなかった。

 だが、男たちの目はぎらぎらと光っていた。

 やらせてほしいと目が言っていた。

「まず、炉から作る必要があるな……」

 ぶつぶつと大親方が呟いている。やる気だ。

 世界樹の炭が必要だな、と呟く者がいる。

 まず槌から作らんとな、とうなるものがいる。

 やる気だ。

 ドワーフの里が、やる気に満ちている。


「ああ、一応前金な」

 リアがどさどさと取り出したのは、暇を見ては作ってきた金塊だった。

「鉄を食うわけにはいかないだろ?」

 酒杯をかかげ、ドワーフたちが吠えた。




 ドワーフの里を出た、その日の朝。

「成人してもおいら、ドワーフの里だけは絶対行かない」

 前世でも文科系男子だったサージの、それは偽らざる本心であった。

「というか、二度と行かない……」

 愛馬の上で、死にそうなカルロスが呻いている。

 ルルーはそれにそっと回復の魔法をかけてあげていたりするが、実は酒精を完全に抜く魔法は存在しないのだ。

「気のいい男たちだったな」

 リアさえも、マツカゼの背の上でゆらゆらと揺れている。


 ドワーフの男たちと共に飲み、騒ぎ、リアは潰れた。

 二日酔いでもどうにか日の出前に目が覚めたのは、長年の習慣のおかげである。

「しかしドワーフは血の代わりに酒が流れているというのは本当に思えてきたぞ」

「いや、それに最後まで付き合えるあなたも相当ですよ」

 ルルーが突っ込む、彼女はワイン一杯で酔う性質だ。

 リアの持つ、凄まじいまでの状態異常耐性にも、酒精耐性というのはない。

 そう、竜でさえ、酒を飲めば酔うのだ。

 リアが酒に強いのは、純粋に肉体の能力による。


「それにしても、思ったより時間がかかったな」

 主に自分の責任なのだが、リアは呑気に呟いた。

 そんなリアの元に、空から鳥が飛んでくる。

 否、それは鳥ではない。翼はあるが、蝙蝠だ。

 リアの目の前で羽ばたくその蝙蝠の足に、手紙が結ばれている。

 蝙蝠を使うとは、アスカからの連絡だろうか。


 手紙には、短い文が書かれていた。

『村にコルドバ兵襲来。すぐ帰られたし』

 マツカゼに拍車を入れて、リアは全力で村への道を急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る