第55話 さよならだけが人生だ

(何があった……)

 サージは思う。何かがあった。それは間違いない。だが、その何かの内容が分からない。


 一行は今、マールの故郷へと向かっている。

 間もなく訪れる別れを思い、サージは少し寂しくなる。


 だがその寂しさを補うかのように、シズナが優しい。

 マールとリアが寄り添うのを、母親のような目で見てたりもする。

 具体的には、リアに対するぴりぴりした態度が消えた。

 わざとらしい荒っぽさが消え、女らしくも見えている。

 短期間の間に、何があったのか。

 あのオーガの里での言動を心から反省したのか、まるで人が変わったようだ。


「いい傾向だと思うけど?」

 ルルーはそう言ったし、確かにその通りだと思う。

 シズナは、人間的に成長したように思える。どこか余裕がある。

 他に相談しようにも、カルロスは人間の女性に興味がないし、ギグもそのあたりの機微には疎い子供だ。イリーナには聞くだけ無駄だろう。

 だから、一人でうんうんと考え込むのだ。


 そんなある日、もうマールの故郷まで一日という日の晩のことだった。

「少し相談があるんだが」

 そうリアが声をかけてきたので、一行から少し離れた林の中へホイホイついていった。

『お前は男だよな』

 当たり前のことを、日本語で訊いてきた。

『女に見えるんですか? 前世から合わせてずっと男ですよ』

 うむ、とリアは頷く。

『男なら、秘密を守れるな?』

『割とおしゃべりな方ですけど、言うなと言われれば絶対に守りますよ』

 うむ、とリアはまた頷いた。

『私たちは命を預けあった仲間だ。言わば親友だな?』

『しつこいですよ』

 そもそも日本語で話していること自体、とてつもない秘密を打ち明けられるものと思って良い。


『絶対に秘密だぞ。実は、オーガの里でシズナと寝てしまってな』

 はい?

『バルスが言っていたと思うんだが』

『ちょ、ちょっと待った。待ってください。寝るって、あの、その』

 ごくり、と唾を飲む。

『ど、どうやって?』

『あ~、つまりだな……』

 説明が難しい。バルスの話はサージも全て聞いていたのだが。

『その、実際にやってみようとしたら男に戻れるかもしれないと思ったんだが……』

 戻れなかったから、前世知識を駆使して、女のままシズナを女にしてしまったと。

 リアは告げた。


『最低だな、あんた』

 サージは初めて、リアを軽蔑した。童貞特有の潔癖さで。

『いや、しかし、可愛かったから思わず……』

 据え膳食わぬは男の恥とも言う。

 前後の事情を聞いて、サージも納得する。せざるをえない

 正直に、率直に、本音を言えばうらやましいからだ。

『それで、シズナルートに入ったわけ?』

 ゲームではないのだから、結ばれてそれで終わりなわけはない。

 実際、犯って終わり! その後二人は幸せに過ごしました! などというのは現実では通用しないのだ。

『しかしもう、本当に男に戻る方法が分からん……』

 何か心当たりはないか、とリアは相談するのだが、神竜様でさえ答えられないことを、サージが分かるわけはない。

 サージはあくまで、ちょっと知識があるだけのオタクな童貞だったのだ。

『まあ、それで納得しましたよ。シズナは最近、すごく幸せそうですから』

 それならいいんだが、とリアは腕を組む。

 リアは常識人である。常識を平然と突破してしまうだけで、常識が何であるかはちゃんと知っている。

 世間一般の常識で考えたら、男と女がくっつくのが自然だろう。周囲の目もあるし、子供も作れない。

 自分がどう見られようと、それは自分だけの問題だからかまわないのだ。しかし、相手がいれば異なる。

 シズナは幸せにしてやりたい。そう思う。

 もし、彼女が他の男を選ぶときがあるとしたら……。

 自分はバルガス並に、男親のように怒りに身を任せてしまうかもしれない。


『まあ、シズナが穏やかになったのは、いいことですよ。もうすぐマールがいなくなるんですから』

 その言葉に、分かりやすくリアは落ち込む

 そう、一行は明日、マールの故郷の村に着く。

 そこでマールとはお別れだ。あとは穏やかに、幸せに暮らして欲しい。

 寂しさを感じるが、リアはそう強く願うのだった。




 獣人たちの村は、主に狩猟で生計を立てている。

 真昼にリアたち一行が到着したときも、村にはある程度の人数が揃っていた。

 ヘルハウンドを仕立ててやってきた一行に、村は騒然となるが、それもマールが荷台から姿を見せるまで。

 顔見知りの名前を呼びながら、マールは村の人ごみの中へと駆けていく。


 やがて村の奥から、マールと同じ毛並みの獣人が駆けてくる。

 男女の住人が両親だろう。小さい獣人は弟妹だろうか。

 ああ、そんなに急いで。転んでしまう。

「マール!」

 母親らしき獣人が、マールをしっかりと抱きしめた。

 他の獣人たちもマールの周りに集まり、彼女はもみくちゃにされてしまう。

 もふもふにゃんにゃん王国である。


 おかえり、マール。

 よかったね。




 その日、マールは久しぶりの実家に戻り、リアたちは村長の家に泊めてもらった。

 そこで、オーガ、獣人を含む大連合の話をする。

「俄かには、信じられませんな……」

 白ヒゲの猫獣人は、慎重にそう言った。

「ああ、分かっている」

 リアも頷いた。いくら奴隷狩りにあった村の子供を保護してきてくれた人でも、人間をそう簡単に信用するはずがない。

 だが、感謝はしている。だからこそこの住居を提供したのだ。

「こういう話がある、ということをこの辺りの集落に伝えてほしい。しばらくしたら正式に、オーガの里から正式な使者が来るはずだ」

 我々の支配下に入れ、ということではない。

 共に戦ってくれ、という要望だ。


「コルドバの奴隷狩りには、ここら一帯の集落は全て怒っております」

 人間の集落ならコルドバに服属したら、税を納める代わりに守ってもらえる。だが獣人は別だ。

 コルドバは人間至上主義の国だ。人間以外を下に見ることによって、国内の不満を逸らしている。

 重い税、過酷な労働、しかしながら法により、王の元に国はまとまっている。

 非人間的だが、強大な国。それがコルドバだ。


 これからリアたちは、ドワーフの集落を訪れると話した。

 ドワーフ族は手先も器用だが、何より鍛冶に優れた戦士の種族である。

 その肉体的な頑健さは、オーガに優るとも劣らない。だが、やはり大きな領域国家を築くという思考がない。

「協力を求めるのは、大変でしょうな……」

「だが、もしドワーフを仲間に出来たら、獣人族も覚悟を決めてほしい」

 村長はしばし考え込んだが、やがて強く頷いた。

「あの気難しいドワーフたちを仲間に出来るなら、我々獣人も一つにまとまることが出来るでしょう」


「その後は、マネーシャに行く予定だ。人間の国でコルドバに対抗してるのは、まずあそこだしな」

 何よりあそこには、竜殺しがいる。

 かつて国の首都を襲い、ブレスの一撃で住民の2割を滅ぼした邪竜。

 それに対抗した、五人の英雄。そして生き残ったのが三人。

 生き残った王女にして、現在の女王『竜眼の女王』ギネヴィア・サリオン・マネーシャ。

 邪竜の心臓を貫き、最後の止めをさしたという『銀の聖騎士』カーラ・ラパーバ・ウスラン。

 どこから来たかも知れず、どこへ去ったかも分からない無名の魔法使い『名無し』のゴンベエ。

 話には聞くが、ぜひ会ってみたい。出来れば戦ってみたい。

 まずゴンベエに会ったら、全力で「お前転生者だろ」と突っ込むだろうが。

「マネーシャも、獣人には寛容ですからな」

 味方には是非加えたい勢力だ。




 翌朝、村を出るリアたち一行の前にマールが立っていた。


 旅姿のマールが立っていた。


「獣人族の13歳はもう充分成人だし、リアちゃんに付いて行きたいんだけど、駄目かな?」

「駄目じゃないとも!」

 がばりと覆いかぶさるようにマールを抱きしめたリアは、そのまま持ち上げてくるくると回りだした。

「駄目じゃない! 全然駄目じゃない!」

 そのままマールが目を回すまで回し続けた後、ようやくおろすと冷静になって言った。

「けれど、しばらくは親御さんや兄弟と一緒にいた方がいいだろう。どうせドワーフの集落から帰って来るときには寄るんだし」

 それはマールの家族にとっても嬉しい提案だった。

 失われたと思っていた長女が生きて帰ってきた。それだけでも嬉しいのは確かだが、またすぐに旅立つという。

 恩を返すためでもあり、何より一緒にいたいという娘の気持ちは尊重したかった。

 だが、さすがにもう少しだけは一緒にいたかったのだ。


「マールちゃん、残るの?」

 寂しそうにイリーナが言う。一番なついていたのは彼女だった。

 そこでまた提案する。イリーナを一緒にいさせて、この世界の常識を学ばせようと。

 なにしろ旅から旅への日々だったから、腰を落ち着けて何かを教えるということが出来ていなかった。

「お姉ちゃんと、マールちゃん、どちらを選ぶべきか……」

 それが問題だ。


 珍しく考え込むイリーナだが、リアはイリーナを残すと決めた。

 実際にこれまで一番面倒を見てくれていたのはマールであるし、これから行くドワーフの里では、また政治向きの話に時間を取られる可能性が高い。

「よし、じゃあ行くか」

「行ってらっしゃい」

 手を振る二人に、手を振り返し、一行は獣人の里を旅立つ。

 この決断が大正解であったと知るのは、少し後の話。




 さよならだけが人生だという。

 だが出会わなければ、さよならさえもありえない。

 別れた人に、また会うこともあるだろう。


 少しの寂しさと、再会の期待を胸に満たし、リアは旅を続けるのだった。

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