第45話 竜

 竜とは、最強の存在である。


 生物ではなく、存在。つまり精霊や神をも上回る力を持っているのである。

 かつて世界自体から産み出され、人々を支配していた神々をも滅ぼし、世界を破壊しかけた存在。

 それでいて世界を守護する存在。

 

 本来人間にも魔族にも与せず、ただひたすら、存在する。それが竜。

 たまさか歴史に現れては、人間の国を滅ぼしたりもする困ったちゃん。

 その場合おおよそは、人間側に問題があるのだが…。




 だが、と思っていた。

 本当にそんな強い生物が、存在するのだろうかと、バルガスは疑っていた。

 飛竜や地竜といった亜竜とは、何度も戦っていた。そして今では、よほどの年経た亜竜以外は、問題なく倒せるだけの腕を持っている。

 さらに加えて、この頼もしい仲間たち。10年来を共に戦ってきた仲間に加え、新参の者たちも、実に頼りになる。

 この仲間たちとならどんな魔物であれ、戦って勝利することは可能であろうと思っていた。

 第一近隣で、この数年間に一頭、竜が退治されたという確かな実績がある。


 まして相手は幼い竜である。

 体長10メートルというのは、地竜の成竜よりもよほど小さいぐらいである。

 だから侮っていた。

 殺し合いではなく、戦いであるという前提もあった。


 甘く見ていた。愚かだった。




「いた~い!」

 バルガスの大剣を受けた竜は、その尾で反撃してきた。

 痛みのあまりの反射での反撃だった。よって手加減が上手く出来なかった。

 魔法とスキルで限界まで強化されていたはずのバルガスが、一撃で弾き飛ばされた。

 鎧がきしみ、骨が砕け、内臓がちぎれた。


「痛いよ~! 痛いよ~!」

 どたばたと暴れる竜の動きに巻き込まれて、接近していた戦士たちは全員が弾き飛ばされていた。

 魔法の防御など、ほとんど八つ当たり気味とも思える動きで消滅していた。

 生身の防御力など、スキルで強化されていようと紙切れのようなものだった。

 死人が出なかったのは、単に運の問題であったろう。


 無事だったのは魔法使いたちとシャール、マール、シズナ。そしてルドルフ。

 金属製の硬い鎧を着ていないメンバーであれば、まず死んでいた。


 重傷を負った戦士たちに、魔法の治癒が飛ぶ。

 傷が回復しても立ち上がってこれたのは、バルガスだけであった。


「う~、痛い~」

 ひとしきり暴れて痛みがまぎれたのか、竜はぺたんと腹を地面につける。

 そこでようやく、周囲の状況にも気付いたのか、困ったような声で言った。

「ごめんね。大丈夫?」

 本当に心配しているような口調で、治療にあたっていた魔法使いたちを呆れさせた。

 一人だけわくわくしていたのはリアである。

「やっぱり、私とも戦ってみないか?」

「やだ。痛いもん」

 見ればバルガスが渾身の力で打ち込んだ場所は、鱗が割れていた。だがそれだけだ。肉に達してはいない。

「思わず本気でやっちゃったけど、誰も死んでないよね?」

 きょろ? と首を傾げる竜。全くもって、人間くさい。それにけっこう可愛い。大きいのに小動物みたいだ。

 リアも手伝って戦士たちを治癒している間も、こちらの様子を窺っていた。




 ようやく全員が意識を取り戻し、とりあえず竜の前に整列した。

 戦闘はもう終わりにしておいた。勝てそうになかったからだ。

「なあ、竜さん。竜ってのは皆あんたみたいに強いのか?」

「成竜は僕と同じぐらいだよ。子供の竜は、普通はもっと弱いよ」

 戦った後だからか、口調がフレンドリーになっていた。

 よく見ると、本当に可愛い竜である。鼻先が丸っこいし、目がきょろっとしているし。

「あんたは普通じゃないのか?」

 バルガスの質問に、竜は頷いた。

「僕は父親がクラリスちゃんで、母親がバルスちゃんだから、生まれつき強いんだよ」

 不思議なことを聞いた。

 クラリスとは、黄金竜クラリスのことだろう。バルスとは、暗黒竜バルスで間違いなさそうだ。

 暗黒竜バルスが母親。


 母親?


 その違和感は、全てのメンバーの間を漂い、目の前の竜が血統エリートであるということを忘れさせた。

 カサリア王国の始祖レイテ・アナイアは女である。間違いない。肖像画も彫刻も残っている。

 暗黒竜バルスの妻となり、二代目の王となる子を産んだ。伝説ではなく、歴史書に書いてある。本人の言葉も残っている。

「バルス様は私の唯一の夫でした」

 公式記録にちゃんと残っているのだ。


 口にして尋ねたのはリアだった。

「ちょっといいかな?」

「あ、はい」

 まだ怖いのか、リアに対しては敬語になる竜である。

「バルスという名前の竜は、他にいるのか?」

「竜は普通名前はないよ。人間とかに付き合って、名前を付けて貰う事はあるけど」

 すこし質問と違う答えであった。

「ええと、人間の間で暗黒竜バルスと呼ばれている竜が、お前の母親なんだよな?」

「そうです」

「でもうちのご先祖様の父親は、暗黒竜バルスってなってるんだけど」

「何がおかしいの?」

 またきょとんと首を傾げる竜。狙っているのか、いちいち可愛い。

「だから、暗黒竜バルスが父親にも母親にもなってるのがおかしいんだけど」

「だから父親として君のご先祖様を作って、母親として僕を産んだんだと思うよ」

 当然のような口調で、奇妙なことを言う竜。

 そこでぴんときたのがサージである。

「あのさ、姉ちゃん」

 一番小さい身でありながら、ひらめきは一番優れているだろう。発想が飛躍しているのだ。

「竜ってひょっとして、両性具有の生き物なんじゃないの?」

 おお! と一同から驚嘆の叫びが上がった。

 両性具有。つまり、ペニス(医学用語)もヴァギナ(医学用語)も付いている状態。男でも女でもある状態。

「そうなのか!?」

「ごめん、何を言ってるのかよく分からないよ」

 竜の同意は得られなかった。

「だから君のお父さんかお母さんを作ったときは男で、僕を作るときには黄金竜の血脈を出すために、女になったんだよ」

「クマノミか!」

 今度も叫んだのはサージだったが、その言葉の意味が分かるのはリアだけだった。

 前世で国営放送をよく見ていたリアには、その知識があった。

 クマノミは環境に合わせて性別を変えて子供を作る。確かそうだったはずだ。

「あああああああ!」

 そしてリアも分かってしまった。

 思わず大声で叫んでしまった。

「そうか、そういうことだったのか…」

 がくり、と膝をつく。理解した。なぜ、自分が女として転生したか。

 なぜ、14歳にもなって生理がきていないのかも、分かった。

 この体は女に見えて、実は女ではないのだ。

「くあああ!」

 頭を抱えて立ち上がる。リアの奇矯な行動に慣れているメンバーたちも、この反応は今まで見たことがなかった。

 ばっ、とまた竜に向き直るリア。表情は真剣である。

「なあ、ひょっとして竜は普段、全員女じゃないのか?」

「もちろんそうだけど……あ、人間は違うの? 違うみたいだね」

 ドラゴンさん、全員メスだそうです。

「ど、どうやったら男になるんだ!?」

「え、知らない。僕まだ繁殖出来ないし」

 がくり、とまた膝をつくリア。だが回答はすぐ近くにありそうだ。

 ふふふ、と笑い声が洩れていた。

「いける! もう少しだ! 頑張れ私!」

 勢いよく立ち上がる。このアップダウンの激しさに、周囲はついていけない。

「あとは暗黒竜バルスに聞く! さあ! 扉を開けてくれ!」

「あ、うん」

 気圧されながら、竜は呪文を唱える。


 巨大な扉が、ついにリアの前に開かれた。

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