第44話 門番
迷宮攻略は順調に進んだ。
以前に分かっている進路を進むので、最短の攻略となるのは当然だ。地図を完全に埋めることは考えていない。
順調に進んでいることの原因のもう一つは、以前に苦戦した魔物たちが復活していないという点だ。
この点はラビリンスに管理されていた不死の迷宮とは違う。危険性が徐々に減っていくという点だけは、こちらの方がマシだった。
それでもケルベロスだの、ミスリルゴーレムだのという洒落にならない敵は出てきたのだが。
「ヒャッハー! ミスリル剥ぎ取りだー!」
あらゆる魔法を弾いたゴーレムの残骸に、喜び勇んで駆けていくサージ。
だがミスリルはあくまでも表面だけで、中身は普通に鉄だった。
迷宮に入って、一週間目。
一行は50層に到達していた。
ここは見るからに、今までとは違う階層だった。何より天井が高い。カサリアの王城を思わせる高さだ。
つまり空を飛ぶ敵が出てくるということだ。しかも巨大蝙蝠など及びもつかない。
「ガーゴイルか……。刀が傷みそうな敵は嫌なんだよな……」
空飛ぶ石像に対して、リアは戦鎚で対応する。
だがこのガーゴイル、ワイバーンなどよりもよほど小回りのきく魔物で、戦鎚だと攻撃が当たらない。
しかも空中に浮かび口から火弾を飛ばしてくるので、戦士とは相性が悪いのだ。
「よく見たら、レベル120もある!」
サージは悲鳴を上げていた。当初、ガーゴイルなぞただの空飛ぶゴーレムと思って鑑定をしなかったのが油断である。
おまけにこのガーゴイル、体表に魔法防御の文様が描かれており、並大抵の魔法では効果がない。
ではサージのエクスカリバーならどうかというと、相手の動きが素早くて当たらない。
もはやガーゴイルというより、ガーゴイル様というレベルの敵だった。
「これってやっぱり門番なのかな!?」
自分に加速をかけつつ、必死で火弾を避けるサージ。ヴィルの大盾の陰に隠れる。
「その可能性は高いな!」
リアも火弾の直撃は避ける。正直ちょっと熱いくらいでダメージはないのだが、半裸で戦うのはもう勘弁して欲しい。
「リア! あたしの剣返してよ!」
シズナが叫ぶ。なるほど、炎蛇の剣なら、確かにこの状況では有効だろう。
「ほれ」
バルガスが魔法の袋から取り出した剣を渡す。
どうしてそこから返ってくるのかと、シズナは一瞬きょとんとする。
「元から返す気だったんだ。お前が反省したらな」
実際はその後他の魔剣が手に入って、そのままになっていたのだが。
「よし! これなら!」
使い慣れた剣を手に取り、シズナは叫ぶ。
「撓れ!」
蛇腹剣が伸び、ガーゴイルを絡め取ろうとする。だが、ガーゴイルは翼を畳んで加速する。
鞭の動きでさえ、ガーゴイルを捕らえることはできないのだった。
「おおお!」
気合一閃、バルガスが大剣を振るう。
そこから発せられた衝撃波の轟音。雷鳴の二つ名を与えた剣閃が、ガーゴイルを天井に叩きつける。
だがそれでも、ガーゴイルの体を破壊するには至らなかった。平然とめり込んだ手足を伸ばし、再び宙に舞い上がる。
ガーゴイルの火弾もそれほど強力な威力はないのだが、どうもほとんど魔力を消費せずに撃てるらしい。しかも連射がきく。
「普通ガーゴイルって雑魚だと思うんだけどなー」
「おい魔法使い、隠れてないでなんとかしろ!」
サージが隠れているので、ヴィルは動けない。それでなくとも盾で防ぐのが彼の戦法ではあるのだが。
セルはマールと共に、水の精霊魔法で火弾を防いでいる。ルルーとジェイソンも協力して対魔法障壁を張っているが、おかげで攻撃に回すリソースがない。
「仕方ないなあ。おいらの新必殺技を使うとするか」
「そんなものがあるなら早く使え」
滑り込むようにして、リアもヴィルの盾に隠れこんできた。
「名づけて、アンリミテッド・ショート・ブレード・ワークスっていうんだけど、版権の問題ないよね?」
「知らんがな」
集中して魔法を構成するサージ。少年の周辺に、小さな魔力の塊が無数に浮かぶ。
わずかに途切れたガーゴイルの攻撃の隙を見て、ヴィルの盾から飛び出す。
「ファイエル!」
空間の捩れは百を超える刃となり、ガーゴイルに襲い掛かった。
小さな刃だ。一つ一つが与えるダメージはそれほどでもない。だが何しろ数が多く、かわしきることが出来ない。
石の翼が砕かれ、地面に落ちる石像の悪魔。
それにむけて戦士たちが殺到した。
「これは……見たこともない色だな」
破壊されたガーゴイルの体内から、バルガスが黒い魔結晶を取り出す。
普通魔石は赤黒いものだし、魔結晶もそれに準じた色をしているが、これは赤みが全くなかった。
「暗黒竜の住処に近いから、黒い魔結晶なんですかね。闇の力を強く感じます」
ジェイソンが詳しく分析したがるが、とりあえず金になることは間違いないだろう。
さて門番かと思われたガーゴイルであったが、そこからも魔物の襲来は続いた。
厄介なのは飛行する魔物だが、実体のない魔物は加えて厄介だった。
「あれは魔物ではない。精霊だ」
炎の塊に対して、セルが単独で立ち向かう。
炎と向かい合い、見詰め合う。どちらも動かず、長い時間が過ぎる。
もう横から氷の魔法でも叩きつけようかと他のメンバーが話し始めた頃、ようやくその姿を消した。
「精霊なら、時間をかければどうにかなる。私に任せてくれ」
仲間に精霊使いがいなければ、ここで詰んでいるのかもしれない。
それに加えれば、いくら飛行する魔物と言っても、グリフォンやワイバーンは楽な相手であった。
リアやバルガスの攻撃はほとんど一撃でその命を絶つダメージを与えたし、カルロスやシズナの魔剣もその特性を充分に活かした。
かといって他の戦士が役立たずと言うわけではなく、広い空間であると、後衛の魔法使いを守るのが大きな役目となるのだ。
そして一行はついに、巨大な門の前に辿り着いた。
巨大な空間であった。
そこに入った瞬間から、はるか先の反対側に、巨大な門が見えていた。
サイクロプスでも余裕で入れるようなその巨大な門の前に、その生き物はいた。
薄く黄色い、象牙色の鱗。
短くも鋭い二本の角。
その体躯に対して、あまりにも小さな翼。
竜である。
体長10メートルほどの、おそらくはまだ幼い竜である。
その腹が規則的に膨らみ、鼻がすぴすぴと鳴っている。
一行が相当間近にまで迫っているというのに、竜はのんびりと眠っていた。
「おいこら」
リアは遠慮なく、その横面を殴りつけた。
巨大な頭が横にずれた。
「え? あ、痛いいい!?」
竜が喋った。
甲高い声だった。やはりまだ幼い竜なのだろう。
こちらを見つめる瞳は薄緑で、宝石のように美しい。
「人が必死でここまで来たのに、何をのんびり寝てるんだ。思わず不意打ちで殺そうかと思ったぞ」
竜が後肢で立ち上がり、偉そうに胸を張って腰に手を当てたリアを見下ろす。
素早い動きだった。その巨大な肉体からは信じられない、ルドルフ並の速度だった。
「ご、ごめんなさい」
竜が謝った!
「まあいい。それで、この先に暗黒竜バルスがいるのか?」
「あ、はい。あ、ちょっと待ってください」
竜が腕を組んで考え込んでいる。
「えーと、数々の試練を潜り抜け、よくぞここまで来た、冒険者たちよ?」
疑問形で言われても困る。
「暗黒竜バルスちゃんに会いたければ、その力を示せ!」
バルスちゃん!
ちゃん!?
なんだか力が抜けていく。これは魔法なのだろうか。
「力を示せとは、もう一度殴ればいいのか?」
必死で戦意を沸き立たせ、リアが尋ねる。なんだろう、竜とはもっと……恐ろしいものではなかったのか?
「あ、いえ、あなたはもういいです」
竜が少し後ずさった。殴られた頬を撫でている。
「この先に進みたい人は、僕と戦ってください。ある程度力があると認めたら、通してあげますので」
なんだか変なことになった。
そもそも暗黒竜バルスに会う必要があったのは、リア一人である。
「はい、質問」
この倦怠空間からいち早く立ち直ったサージが手を上げた。
「はい、どうぞ」
「進まずにここで待っていてもいいんですか?」
「構いませんし、魔法で地上まで送ってもいいですよ、バルスちゃんが」
「え? それって結局会わせてもらえるんじゃ……」
竜が首を傾げる。妙に愛嬌がある。
「そうですよね? それにここまで来れるなら、充分力はあると思うんですよ」
サージの鑑定によると、この竜のレベルはわずか77である。
しかしその能力値は、ほぼ全ての魔物を上回っている。先ほどのガーゴイルよりも、全ての数値が上である。
はっきり言って、リア無しでは勝てるとは思えない。
「でもバルスちゃんの言いつけを破ると怒られるので、やっぱり戦いましょう。お互いにちゃんと手加減して」
なんとも戦意の薄い竜である。バルガスが己を奮起させるべく言う。
「まあ、竜と戦えるなんて滅多にあることじゃないしな。手加減ありというなら…いいかな?」
背後に従うメンバーを振り返る。微妙な表情が浮かんでいるが、嫌がってはいない。
「私も入れてもらっていいのかな?」
「やめてください。あんな痛いのは嫌です」
リアの願いは無下に断られた。
「それじゃあ、やるか」
「やりましょうか」
なし崩し的に、竜との戦闘が始まった。
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