第43話 追跡者

 迷宮攻略が始まった。

 すさまじいまでの進撃速度だった。

 これまでの進攻も他の追随を許さぬものだったが、この度の速度はそれをも上回るものだった。

 理由は明白だった。

 リアが自重をやめたのである。


 背中は任せた、とばかりに前の敵を、とにかく斬って斬って斬り倒した。

 罠にだけは気を付けていたが、敵が魔法を使おうが、毒液を吐こうが、酸を飛ばそうが、呪いをかけようが、全て無効化して無力化していった。


 アイアンゴーレムの団体なぞ、一太刀で片足を切断し、もう一太刀で胸を抉って魔石を回収した。

 バジリスクの石化の視線も、全く効果はなく、ただのオオトカゲと同様に切り捨てた。

 ゴーストの群れには魔力をそのままぶち当てて、消滅させた。

 昆虫系の魔物相手には、炎の魔法で焼き尽くした。

 それは巨大スライムを相手にしても同じだった。

 前後左右から巨大蝙蝠に襲われたときも、刀を振るうとそれだけで、頭をとばされた蝙蝠の残骸が残った。

 鋼の体毛を持つ魔物も、その鋼ごと断ち斬った。

「刃こぼれは…してないな、よしよし」

 この日だけで、一行は迷宮の10層まで至っていた。




「姉ちゃん、本当に無理してない?」

 夜営の準備をしていると、サージが囁いてきた。

 他のメンバーは鑑定でその状態が分かるのから、無理をしていたら本人が何と言おうと休ませることが出来る。だがリアには鑑定が通じないので、こっそりと尋ねたのだ。

「ああ、私は大丈夫だ。それよりサージこそ大丈夫か? かなり無茶な速度だったと思うが」

 このメンバーの中で、体力のないのはサージとルルーである。特にサージは年齢的なこともあり、体力も耐久力も数値的には最低なのだ。

「おいらはルドルフに乗ってるから…」

 ヘルハウンドのルドルフは、最初こそ押し付けられたと思ったが、今ではなくてはならない存在である。

 その戦闘力もかなり高いものはあるが、この迷宮ではそれほど突出したものではない。だが移動手段としては素晴らしい能力があった。

 サージとルルーを乗せていても、小揺るぎもしない体躯。馬車を引けるのだから当然だが、それに加えて瞬発力も持続力もある。

 さらに五感に関しては獣人のシャールやマールを上回り、敵の襲来を知らせてくれる。

 彼がいなければ、進攻の速度は半分にまで落ちていたかもしれない。

「でも、ここまで急ぐ必要あるのかな? 能力値的な話じゃなくて、精神衛生的に」

 サージにはバルガスに話したのと同じようなことを既に話してある。

「私は特に急いでいるつもりはないんだが、あせっているように見えるか?」

 もしそう見えているなら、やはり危険だろう。あせりは隙につながる。

「姉ちゃんはあせってるように見えないけど、他の人はやっぱり少しきついんじゃないかな」

「そうか。じゃあ少しペースは落とすか」

 そう言っている間に準備は出来て、皆は食事をしだす。


 リアだけは刀の手入れをしている。

 刃には問題がないのは確かめてある。だが、わずかに手元に違和感がある。

 虎徹は創造されて以来、随分と多くの魔物やそれ以外を斬ってきた。魔法で強化されているとはいえ、驚異的な耐久力である。さすがは、前世でも世界最強と言われていた日本刀の中でも、最上大業物に分類されるだけはある。

 ちなみに刀身は完全に無事なのだが、鍔や柄は改めて創世魔法で作り直したものを使っている。原作は確かに美術的価値のある華麗なものであったのだが、強度に問題があったので、今は無骨な金属製の柄に、ミスリル繊維を巻き付けた物だ。

「目釘穴が傷んだか…」

 これがわずかな違和感となったわけだ。柄の予備を取り出して取り替える。

「ねえ、その曲刀さ」

 乾パンを齧りながらシズナが尋ねる。あまり上品とは言えない。

「魔法の武器でもないのに、よく斬れるよね? 何か秘密でもあるの?」

「秘密……秘密か。まあ、秘密の塊みたいな物なんだがな」

 語り出すと長い。だが、あまり詳細を語るわけにもいかない。このジレンマ。

「その昔、東の果ての島に、ニホンという国があってな」

 今でもあるのだろうが、この世界にはない。

 サージが吹き出した。

「そこで開発されたのが、このカタナという曲刀だ。折れず、曲がらず、よく斬れる。それを究極まで追求したのがニホントウだ」

「へえ、やっぱりドワーフが作ったの?」

 戦士として、それなりに武器には興味がある。シズナは問いを重ねた。

 この世界において良い武器というのはドワーフ製が常識である。それを上回るとなると、それこそ神器ぐらいしかない。

「いや、人間だ。特にこの刀はコテツという名工が作った物でな。迷宮都市で手に入れた物だ」

 嘘は言っていない。

「ふうん、ちょっと見せてくれない?」

 シズナの言葉に、サージとルルーは顔を引きつらせた。

 リアの刀に対する愛着がどれだけの物かを知っているからだ。

 それでなくても、戦士にとって自分の武器はそうそう他人に触らせるものではない。

「直接刀身には触るなよ。あと、出来るだけ息もかからないようにしろ」

 だからリアの行動は意外であった。

 布を取り出すとそれで刀身を包み、茎の部分をシズナに手渡したのだ。

「頑丈な割りに、繊細なんだね」

「魔法がかかっている訳ではないからな。錆びたりもするから、手入れはかかせない」

「へえ…綺麗…」

「美しいだろう? だがあまりにも美しいために、武器ではなく観賞用に飾られている物もあるんだ。もったいないことにな」

 そのあたり、この世界でも事情は同じである。もっとも、この世界ではまだ実戦がある分、実用に作られている物は多いのだが。

「ふうん、あたしもちょっと使ってみようかな」

 長剣が武器のシズナだが、それだけ斬れるとなると興味が湧いてくる。

「もしそうなら、私が教えてやるぞ。それもう、手取り足取り腰取り」

「あ、やっぱやめとく」

 後ずさるシズナだった。




 静かだった。

 焚き火の火の爆ぜる音だけが、洞窟の中に響いている。

 眠りについた皆の呼吸音はそれに紛れて聞こえない。

 見張りに付いていたのはリアとセル、そしてルルーの3人だった。

 これに加えて、ルドルフの獣の五感がある。どのような魔物であろうと、奇襲することは無理であろう。


 その時リアが感じたのも、気配ではなかった。

 視線だった。

 敵意や殺意や気配を隠していても、それだけは隠せないだろう、こちらを見ているという感覚。

 刀を手に、立ち上がる。

 指先に光の魔法を灯し、通路の方へとふよふよと漂わせる。

「どうした? 敵か?」

 セルが問いかけるが、リアにも分からなかった。

 ルドルフはぐっすりと眠りこんでいるので、危険はないはずだ。だが、何かが気になった。

「人がいる……ような気がする」

 滑るようにリアは通路の方へと歩み寄る。はるか先まで、光の球が照らしているが、人影はない。

「他の探索者じゃないの?」

 ルルーの確認にも、リアは答えない。

 迷宮で探索者同士が出会った場合、出来るだけそのまますれ違うというのが、暗黒迷宮での決まりごとだ。

「……消えた」

 元の位置に戻り、リアは座り込んだ。

 気のせいだったとは言い切れない。何かいたとも言い切れない。

 だが迷宮の中では、ふとした違和感の中に死の気配が隠れているのだ。


「何かがいたかもしれないが、今は何も感じない」

「精霊は特に何も警告していないな」

 セルの探知能力は、ある意味ルドルフ以上だった。精霊魔法による探知。それが、何もいないと告げている。

 だがセルの探知には致命的な穴があった。

 相手が自分をはるかに上回る精霊使いであった場合、魔法による探知など効果がないのだ。




(参った)

 姿を消し、匂いを消し、音を消し、熱を消した。

 それでも何かを感じ取り、こちらに向かってきたあの少女。

 ダークエルフの美的感覚からすれば白すぎる肌の少女は、五感以上の感知能力でこちらを感じ取っていた。

(やはり、素直に後をつけるしかないか)

 そもそもそれが、彼女の元の役割である。

 

 大陸最悪の難易度を誇るという、暗黒迷宮。

 ただ一人でそこを踏破しようという、ある意味リア以上に無茶な女がそこにいた。

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