第42話 リアの戦略

 ジェバーグの高級住宅地にあるバルガスの家をリアが訪れたのは、午後になってからだった。

 玄関に出てきた細君に聞いたところでは、なんとか起き上がって食事を摂っていたところだという。

 上がって行けという細君の言葉を固辞して、玄関で待たせてもらう。

 その間に、昼過ぎまで寝ていたシズナと顔を合わせたりもした。寝起きも可愛いものがある。本人は怯えていたが。

 二人の弟が、姉を倒したという女偉丈夫を見にやってきたが、とてもそうは思えない美貌に驚いて見とれていたりもした。

 やがて食事を終え、少し億劫そうなバルガスを連れ出す。




 どこか静かに話が出来る場所を、と選んだのは、この街で唯一の公園だった。

「で?」

 ベンチに座ると、間もなくバルガスが促してきた。

「まさか昨日の今日で、もう迷宮に潜るとかは言わないよな?」

 ありえないはずだが、そのありえないことをするのがリアだと、バルガスももう分かっていた。

 もちろんリアは無茶をするが、無理はしない。と本人は思っている。周りの評価は別である。

「あんたは私を何だと思ってるんだ」

「無茶無理無謀の代名詞かな」

 ひどい言い様である。自業自得であるが。

「まあ、迷宮には潜らない。なんなら少し長めの休みを取ってもいい」

 リアはそう言った。自分が常識を弁えているということのアピールである


「次で暗黒迷宮を踏破するつもりだからな」

 だがこの言葉で台無しである。


 バルガスは呆れた顔で、だが仕方なさそうに頷いてくれた。

「無理はさせないぞ。絶対に誰も死なない所までしか付き合えん」

「もちろんだ。誰も死なせたりはしない」

 仲間は大切だ。若い頃に何度も仲間を失ってきたバルガスはもちろん、リアも自分の大切な人達は守る気がある。

「話というのはそれか?」

「いや、あんたの意見を聞きたいこととかもあってな」

 どういう順番で話すか、リアは少し迷った。しかし事の起こりから話して行くのが適切だろう。

「まず、帝都の消滅の話は聞いたか?」

「ああ、まだ噂だがな。信憑性の高い噂だと思っている」

「帝都が消えたということは、千年紀において、人類側が滅ぶ可能性が出てきたということだ」

 バルガスの体がかすかに震えた。

 ジェバーグは魔族領から近い。千年紀の侵攻が始まれば、すぐ飲み込まれるだろう。

 それでなくとも、千年紀において、人類はその過半数の人口を減らしている。3000年前の戦いでは、南東の島嶼部と帝都以外に、まとまった人類の社会は存在しなくなっていたという。

「家族を避難させんといかんな…」

 バルガスが呟く。南へ行けば、まだしも危険は少ないはずだ。

「カサリアに行くといい。紹介状も書いてやる。王都なら、まだしも防御力は高いしな」

 その程度ならリアにも出来ることである。

「それでだ。人類側の滅亡を防ぐためには、暗黒竜の力が必要となる」

「そこで迷宮を踏破か。暗黒竜バルスは人間の味方だが、積極的に魔族と戦ってくれるわけじゃないはずだが」

 2000年前には武帝リュクレイアーナと友誼を結び、1000年前には始祖レイテ・アナイアの伴侶となり、その縁で絶大な力を行使したという。

「そこで私が話をつける。一応私のご先祖様になるはずだからな」

 こちらを見てきたバルガスと視線を合わせる。

「今まで言わなかったが、私の本名はリュクレイアーナ・クリストール・カサリア。庶子ではあるが、カサリアの王女だ」

「ああ、知ってた」


「……そうか」

 知られていてもおかしくはない。今までそれを口にしなかったのは、知らない振りをしてくれていたのだろう。

 迷宮都市では大々的に王女だと名乗ったのだ。ここまでその情報が流れてきて、リアの実力を考えたら結びつけるのは簡単だ。

 説明されてリアは感心した。やはりバルガスになら、相談に乗ってもらえるだろう。

「迷宮都市の主に、千年紀は10年以内に起こると言われた」

 これも、そうそう明らかに出来ない情報だ。しかも、情報の幅が広すぎる。

「10年と1年だと、話は全く違うぞ」

「ああ、だからもう、時間の余裕はないと思っている」

 帝都を失って、そして恐らく、黄金竜も失われた。

「ちょっと前に、精霊たちが大騒ぎしたことがあったろう?」

「あれか……そうか、あの時のあれが、帝都の消滅だったか」

 帝都からここまで、何千キロも離れているというのに、魔法使いが膨大な魔力を感知した。

 それだけの魔法を使われたなら、世界の守護者たる神竜が消滅してもおかしくはないのかもしれない。

「帝都なしで、どうやって魔族の侵攻を止めるか、それを考えてみた」

 リアは棒で地面に大陸の略図を書いていく。

「東の果てから、大沼沢、イストリア王国、大森林、聖都、聖山キュロスと魔法都市、死の山脈、カサリア、中小都市群、暗黒迷宮、大内海となっている」

 この全てに接しているのが永久凍土で、魔族領はその向こうにある。

「大沼沢は水竜がいるから問題ない。大森林にはエルフの大戦力がある。聖都は魔法都市と連携を取れば、戦力は充分だろう。カサリアは安定している。暗黒迷宮もそれ自体は暗黒竜の領域だ」

 大陸の情勢にそこまで詳しくないバルガスだが、口は挟まない。リアの言うことにそれほど間違いはないのだろう。

「死の山脈はそもそもそれ自体が防壁となっているし、大内海も、魔族が海を越えて侵略した歴史がないことを考えると、無視していいだろう」

 すると残るは二箇所である。

「問題はイストリア王国と、このあたりの中小都市群か」

「そうだ。絶賛内乱中のイストリアは……遠すぎてどうにもならない。いざとなれば大森林のエルフに任せるしかない。今手を付けるべきなのが、まさにこの辺りだ。中小の都市国家と集落が点在し、まとまった戦力がない。個々の戦力はけっこう優れているんだが」

 とんとん、とリアは地図を叩く。

 獣人の集落群、オーガの集落群、ドワーフの集落、迷宮都市、ジェバーグ。他にも領域国家がある。

「マネーシャ王国には竜殺しがいるしな」

「一応、王国はこの大陸で五つだけという建前なんだけど……まあいい。この中小勢力をまとめる必要がある」

「コルドバ王国か」

 そう、リアの大嫌いなコルドバ王国が、このままの勢いだと大陸北西端に大勢力を作るかもしれないのである。

「好き嫌いはともかくとして、コルドバが武力で無理やり人間至上の勢力となっているのが問題なんだ」

 亜人も含めた人類全体で当たらなければ、魔族には勝てないだろう。過去の歴史がそれを証明している。

 だが、とリアは思うのだ。

 コルドバに支配されるぐらいなら、オーガは再び魔族の側に付いてしまうのではないか、と。

 獣人にしたところで、犬獣人であるコボルトなどは、魔族の側にある存在である。基本的に魔族の方が、人間よりも多種族混淆に寛容なのだ。笑えないことだが。

「カサリアが支配領域を広めて、この辺りまでを内包してしまうのがいいんじゃないか?」

 他種族に寛容であるという点では、カサリア王国もなかなか優れた国だと、リアも思う。我が祖国ながら、ご先祖様はいい仕事をしていらっしゃる。

「それも考えたんだが、カサリアの国力でこの辺りまでをまとめようと思うと、コルドバが侵攻してくる気がする。というか、コルドバが今までカサリアと表立って敵対してこなかった理由が消えたしな」

 リアの言葉の意味がバルガスには分からなかった。両国が戦争をしなかった理由は、単純にその間に他に国家が存在していたからだと思っていたのだが。

「帝国がなくなったんだ。いざという時に、カサリアを支援する戦力が無くなった。今コルドバとカサリアが戦えば、かろうじてカサリアが勝つと思うが、どちらにしろ両国が疲弊する」

 そう、帝国は人類全体の秩序を守ってきた重石でもあった。

 大陸西南のルアブラ王国が、おおいに勢力を減じながらもいまだに権威を保っているのは、いざという時には帝国の支援があるという暗黙の了解があったからだ。

 これからがあの国も大変だな、とリアは思いつつ、問題を目の前に戻す。

「つまり私の目論見だと、暗黒竜バルスに後見してもらって、オーガや獣人と都市国家の連合を作り上げ、カサリアと同盟し、コルドバの動きを封じ込め、魔族に対抗する」

 ものすごい話であった。

 理解が追いつかず、しばしバルガスは瞑目した。

「……王女様だから当然なのかもしれんが、お前さんは政治家になれるな」

「いやいや政治というのは、もっと面倒で地味なものでな。私の言っているのは戦略だよ」

 父の仕事を身近で見てきたリアは、そう理解している。だが戦略にしても、これは大戦略であった。

「しかしそんなことが可能なのか? ようするに大きな国を一つ、新しく作るということだろう? どこが音頭を取るにしろ、反発があると思うが」

「それなんだよな……」

 さすがにリアも、考えこまざるをえないのだ。

「まず、オーガをまとめてもらうのは、心当たりがある。オーガキングとは殴り合った仲だしな」

 バルガスをまたも驚かせているリアだが、それに気付かず考え込んでいる。

「迷宮都市の市長にも面識があるし、連合を組むという意味は分かってくれると思う。この都市は、バルガス、あんたに任せたい」


「俺かよ!?」

 思わず叫ぶバルガスである。ジェバーグは寡頭制の都市国家である。一部の名家が持ち回りで市長職をこなしている。

「別に、政治家になれとか言うわけじゃない。雷鳴の牙の名声でもって、市長に連合の利を説いてほしいんだ。あんたなら面識もあるだろ?」

 うむむ、とバルガスが腕を組むが、言っていることが分からないわけではない。

 市長とは確かに面識があるし、酒場で飲んだこともある。お人よしではないが、利には聡い。

「暗黒迷宮を踏破すれば、あんたの名声はより上がる。そのあんたの意見なら、市長も無下には出来ないだろう」

「それもあって、暗黒竜と会う必要があるのか。まあ話を通すぐらいなら出来るな」

 その話を飲ませるには、実際にリアが会って話す必要があるだろう。カサリアの王女という立場なら、面会ぐらいは普通に可能だ。

「しかしそれでも、他にいろいろ問題はあると思うがな…」

「問題があっても、前に進まないとどうにもならないからなあ」

 強い決意を持った瞳ではなく、どうしようもないという溜め息と共に、リアは呟いた。

「まあドワーフの里には行ってみたいと思ってたし、獣人の里にも行く用事はあるし、むしろ人間の国家の方が問題なんだよな……」

「お前さんも大変だな」

 それに比べれば、自分はまだ気楽であるとバルガスは思った。

 千年紀において魔族が侵攻してくれば、探索者はどうするか。国家に所属する存在ではないため、逃げるという選択肢もある。だがギルドの規定により、都市全体を襲う非常事態には、有無を言わさず動員されるのだ。

 魔族の侵攻は、非常事態以外のなんでもないだろう。

 それにもし逃げられるとしても、バルガスには逃げる気はなかった。

 家族だけは逃がしたい。だが、自分自身は留まるだろう。生まれ、育ったこの街を守るために。そして戦って、死ぬ。

 探索においてはともかく、戦争において生き残れるとは、バルガスは考えていない。


「そういえば、関係ない話だが、俺も聞きたいことがあった」

 前から疑問には思っていたのだが、遠慮していたのだ。しかしここまでリアが腹を割って話してくれたのなら、こちらも聞いていいだろう。

「お前さんは、どうしてそんなに強いんだ? てっきり前世で相当の修行をした転生者かと思ったんだが」

 リアに負けて以来、シズナは落ち込んでいるのだ。いい薬にもなったとも言えるが、理由を求めてもいいだろう。

「ああ、それか。まあ、もうあんたになら話してもいいか」

 それはバルガスを信用しているということだ。

「私が強い理由は二つあって、一つは今言った転生者ということだ。数百年伝わってきた戦闘の技術を、30年ぐらい学んでいたからな」

 なるほど、とバルガスは頷く。それならシズナが太刀打ちできないのも無理はないのだろう。転生してからも、相当の修行は積んだのだろうし。

「そしてもう一つが、ギフトだよ。私が睡眠や休息をあまり必要としなかったり、毒や呪いに耐性があるのは、そのギフトのおかげだ」

「力が強かったり頑丈なのもそれか?」

「ああ。ギフトの名前は『竜の血脈』と言ってな。竜の力を持ってるんだ。もっとも、まだ完全に使いこなしているとは言えないんだが」

 あっさりとリアは答えた。竜の力と聞いてバルガスは驚いたが、確かに竜なら人間の敵う相手ではない。勝てるとしたら勇者ぐらいだろう。

「お前さんが暗黒竜にこだわるのも、そのギフトが関連しているのか」

「うん、まあ親近感を抱いているというのは、確かにそうかな」

 単にご先祖様だから力になってもらおうというつもりでもあるのだが。

「このギフトを知っているのは、仲間内でもサージだけだ。しばらくは内緒にしておいてくれ」

「あの小僧か。あいつも何かギフトを持ってるらしいな」

 鑑定の魔法が使えれば、それを知るのは難しくない。だがサージは旅の間に、看破無効の魔法を習得していた。

 バルガスが不思議なのは、リアが一行の中で一番、サージのことを頼りに思っているように見えることだ。

 普段の相談はカルロスやルルーに諮っているし、一番可愛がっているのはマールだ。だが何か重要な決断を下すときは、必ずサージに意見を聞いている。

 そして実際、サージの助言は有益なものが多いのだ。特に強敵と会敵した時など、驚くほどの速さで鑑定の魔法で意見してくる。判断力も見た目通りの年とは思えない。

「う~ん、サージのことは本人に聞いてくれ。さすがに私が言うべきことじゃない」

 なるほど道理である。


 それから二人はしばし、迷宮踏破についてのことを話し合った。

 再開は五日後と決めた。それから一気に迷宮を踏破する。


 誘われたので、リアは夕食をバルガスの家で摂ることとなった。

 それまで庭で、彼の息子たちに剣を教えてやったりもした。

 細君の料理はとても美味で、リアは久しぶりにお袋の味というものを思い出した。

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