第41話 崩壊の序曲
だらだらとした集団が、山道を下ってくる。
珍しくはない。都市の住人にとって、それは見慣れた風景だ。
探索者が命からがら迷宮から帰還する。それは毎日の日常だ。
あえて他と異なる点を探すとすれば、それが普段は余裕を持って探索をこなす、ベテランパーティーだということだろうか。
「つ、着いた~」
門をくぐって早々に、杖をついたルルーが倒れる。
通行人の迷惑なぞ考えない。そんな余裕はどこにもない。
つられるように、他のメンバーも腰を下ろしたり、せめて道端の建物の壁に体を寄りかからせる。
「いや、確かに今回は死ぬかと思った」
一人平然とした態度のリアだったが、その装備はボロボロだった。
鎧はなくなり、服だけとなっている。それもあちこち穴が空いて、男性には目の毒だ。
これは予備の服である。予備でさえ、もうこれ一着しかなかったのだ。
創世魔法で作ろうにも、それに回す魔力が惜しいほど、他のメンバーは消耗している。
いざという時の魔力を残しておいたら、結局こんな格好になった。
まさに、死人が出なかったのが奇跡である。
ルドルフの背に寝転がったサージなどは、死んだように眠っている。
戦士の防具は皆、酸や熱で変形している。魔法使いは魔力を限界まで使い、さらに生命力まで燃やし尽くした。
新生雷鳴の牙の結成から、既に一ヶ月以上が過ぎていた。
当初の約束のお試し期間は過ぎ、役割分担もしっかりと出来ていて、このまま続けてもいいと皆が判断していた。
そこで、どれだけの戦闘力があるのかを計ろうと、それまでよりほんの少し無茶をしたのがこの結果だ。
これまでに雷鳴の牙単独で踏破した階層は36層。今回の最終到達点は、49層だった。
キングヒュドラ、とサージが鑑定した魔物がひどかった。
悪霊騎士の集団もひどかった。
魔法生物の軍団は地獄だった。
炎の巨人など、悪夢としか思えなかった。
それを全て倒してきた。逃げなかった。逃げられなかった。
キングヒュドラを倒して、帰還しようとしたルートに、それらは襲ってきたのである。
「考えてみたら、あの先に暗黒竜が待っていたのかもしれないな」
ルルーを肩に担いで、リアがバルガスに言葉をかける。
「確かに、あの強さは門番なのかもしれない」
ぐったりと壁に背をもたれかけさせ、バルガスが応じる。
キングヒュドラは強かった。サイクロプス並みか、あるいはそれ以上に強かった。
あれ以上に強い魔物がいるとしたら、それこそ竜ぐらいであろう。むしろ、竜はあれより強いというのか。
「セルは竜と戦ったことはあるのか?」
肩を貸して移動させながら、リアは問う。長命のエルフならば、経験も多いだろう。
「亜竜ならな。本物の竜はない」
亜竜ならばリアにでも虐殺の経験がある。踏み潰されかけたが。
それにしても、とリアは思う。
街の雰囲気がおかしい。まず都市でも屈指のパーティーがズタボロで帰ってきたのだ。声をかけてくる人間がいてもいいだろう。
人通りが少ない。普段ならむさ苦しい男共が歩いている通りが、明らかに閑散としている。
それでもとりあえずは休息だ。何が起こったにしろ、今の状態では戦えない。自分はともかくとして、他の人間は回復するのに何日かかかるだろう。
「はい皆~、起きて~。家に帰るよ~」
体力や魔力はともかく、とりあえず風呂には入りたい。
ゾンビのようなノロノロとした動きで、リアたちは宿に戻る。
「うえ?」
変な声が出てしまった。宿の中の人口が、異常に多かったからだ。
一階の食堂は完全に埋まっている。時刻はまだ夕方前。食事もせずに何やら話し合っている客が多い。
そもそも客と言えるのだろうか?
いったい何が起こったのか、尋ねてみるべきだろう。
まさか近場で竜でも出たというのだろうか。それなら頷ける。
確かに、それなら頷ける。
宿のカウンターに向かいながら、リアは己の予想が当たりそうな気がしてならなかった。
予想は外れた。
悪い方向に外れた。
カウンターで尋ねると、口ごもりながらも、受付の少女が教えてくれた。
「帝都が消えたらしいです」
「は? はあ?」
思わず変な声を出すリア。
意味が分からない。
帝都と言えば、帝都である。帝国の首都である。
竜骨大陸に帝国は一つしかない。聖帝リュクシファーカが建国した、大陸中央の帝国である。
帝国に名はない。名がないことこそ、帝国が唯一無二の存在であることを示しているのだ。
帝都の人口はおよそ300万人。全ての街道の中心であり、文化と軍事と魔法の中心。
それが消えた。
意味が分からない。
リアは背後を見やる。こちらを不安そうに眺めている仲間たち。その向こうには、同じように不安そうな客たち。
外に出たくないのだろう。人の集まるところにいたいのだろう。
意味が分からない。
「とりあえず…」
リアは振り返る。仲間たちに向かって宣言する。
「風呂に入って、食事をして、寝よう。まず風呂だ!」
ドヤ顔で宣言した。
風呂に入りながらも、リアは考える。
ここの宿の風呂は一人用だ。無理をすればマールと一緒に入れなくもないが、さすがに今は、二人ではしゃぐ元気もない。
帝都が消えたという。物理的に消えたということだろう。
物理的に。たとえば、核兵器などを使えば。
それでも無理ではないかと思う。帝都には当然、鉄壁の魔法防御が施されている。カサリアの王城の魔法防御を参考にしてみると、核兵器程度では消滅しないだろう。
神竜に襲われた。これも考えにくい。そもそも帝都の地下には、暗黒竜バルスと並んで最強の竜と呼ばれる、黄金竜が眠っているはずだ。
するとその黄金竜が内側から帝都を破壊したか。
理由を別にすれば、それならば帝都を消滅させることも出来るのか?
そもそも神竜の攻撃力がどの程度のものかも分からない。だいたい黄金竜は聖帝と契約をして、帝都を守護しているはずだ。だからこそ、千年紀においても帝都は蹂躙されることなく、人間側の拠点となってきたのだ。
その帝都が消えた。
黄金竜はどこへ行った?
この千年紀において、帝都が消えた?
情報が足りない。全く足りない。
皆は休ませるとしても、魔力も体力も回復している自分が、情報を収集するべきだろう。
消えたと言っても、300万の人間が住んでいたのだ。その中にはルーファス級の魔法使いもいただろう。皇族ならばありえないほどの護符で守られていたはずだ。生存者がいるに違いない。
そもそも誰が、どうやってその知らせを持ってきたのかも聞いていない。
リアは浴槽から上がると、一気に水分を乾燥させた。
創世魔法で服を作り出すと、素早く着替えて浴室を出る。
マールとルルーは、それぞれのベッドに倒れて既に眠っている。風呂よりもまずは睡眠だろう。
こんな時でも虎徹だけは腰帯に差して、リアは部屋を出た。
階段を降りて、顔見知りになった人間のいるテーブルに入っていく。
頼んだミルクを飲みながら、話を聞く。だが、リアの期待していた情報はほとんど得られなかった。
それでも分かったのは、情報は三日前にカサリア方面から来た隊商がもたらしたこと。
隊商はカサリアのアナイアスで帝都が消えたという情報を手に入れ、ここまでやってきたということ。
そして同じような隊商がその後もいくつも訪れ、詳しい情報も分からず、帝都が消えたということだけが事実として受け止められている。
そもそも事実なのだろうか、これは。
アナイアスが発信源というのなら、情報元の間違いはないだろう。王都と帝都の間には、魔法の通信手段がある。
帝都との連絡がつかなくなって、何が起こったのか確認しに竜騎士を飛ばす。飛竜の速度なら、往復で……いや、魔法使いも乗せて回復すれば、遅くとも三日で現場には到着する。そこから魔法で連絡を飛ばす。
王宮で現状を確認して、その情報が噂にしろ、耳聡い商人の耳に入るには、それほどの時間はかからない。
そして商人のネットワークを考えれば、詳細はともかく、一番重大な部分はすぐさま広がるだろう。
……詳細を知るためには、アナイアスに戻るのが一番だろう。
だが、戻ったところで自分に何が出来るのか。
リアは考える。
自分に何が出来るのか、何をすべきなのか考える。
ベッドの上で考えている内に、眠りに就いていた。
目覚めると、朝日が昇る直前だった。
普段よりも随分と遅い起床だった。疲れているはずはないのだが、精神的に睡眠を必要としていたのか。
虎徹を手に、宿の庭に出る。すらりと鞘から抜き放てば、暁の曙光に刃が冴える。
刀を振りかぶる。その姿勢のまま、ただ動かずにいる。
動かない。
まだ動かない。
心臓が動く。血が動く。肺が動く。
周りの空気が動く。
刀に触れた空気が斬れていく。
それでも動かない。
動く。
地面の手前で、刃先が止まっていた。
「よし!」
迷いも斬れた。
今、自分が出来ることの中で、自分にしか出来ないこと。
暗黒竜バルスに会う。結局そこに落ち着く。
朝日の中でリアは、丁寧に型をなぞり始めた。
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