第37話 雷鳴の牙
ギルドに登録を済ませると、必要な物資を手分けして買いに行く。
物騒な街なので、女子供は一人にならないようにする。と言っても、あえてリアは一人で行動するのだが。
向こうからトラブルがやってきたら、それは仕方がないことだろう。果し合いで相手を殺しても罪にならないとは、本当にいい街だと思う。
まず目が行くのは、やはり武器屋だった。
暗黒迷宮という難攻不落の魔境を相手取るだけあって、武器も防具も良質の物が揃っている。
だがやはり、残念なことに刀の業物は少ない。それなりの品はあるのだが、リアの魔法で生み出した物の方が、おそらくは優れているだろう。
だがそれ以外には、魔法の武器が普通に売っていた。
剣、槍、斧、槌などの他に、変り種の武器もたくさんある。店主に聞いてみると、ドワーフの里から持ち込まれているものらしい。
ドワーフの刀鍛冶がいないか聞いてみたが、残念ながら心当たりはないそうだ。
店ではマールが使うような短剣を買った。他に魔法の盾の出物があったので、それも買う。
道中で、練習のために作成していた剣や槍を下取りしてもらうことも行った。鉄パイプに穂先を合わせた槍が高く売れた。剣はそれほど評価が高くなく、打撃武器はそれなりの値が付いた。
店を出ると、屋台を冷やかしながらギルドに戻る。
厩舎で寝転がっていたルドルフに肉串をやっていると、背後に立つ気配があった。
「ちょっといいかな」
隠しようもない巨体だが、驚くほど静かに動く。
バルガスの誘いに、リアは乗った。
夕方には宿に戻る予定だと言うと、バルガスは酒場へとリアを誘った。
「私は酒は飲まないぞ。好きな飲み物はミルクだ」
「お前さん、そういえば年はいくつだ?」
「この間14歳になった」
さすがにバルガスは眉をひそめた。リアの強さは、そんな年齢で身に付くものではない。
「ひょっとして、転生者か?」
よくも見抜いたものである。それに対してリアは答えず、カウンターにミルクを頼んだ。幸いこの店では山羊のミルクを用意していた。
バルガスは麦酒を頼んだ。大きな木のジョッキに、生ぬるい麦酒が注がれて出てくる
「お前さんと、あの仲間の小さな魔法使いな。いくらなんでも年齢に対して……その、強すぎる」
リアだけでなくサージの力も見抜いたとは。鑑定の魔法でも使うのかとも思ったが、魔力を感知するだけならそれほど難しくはない。
サージは自分の魔力を駄々漏れにしているので、それは前から気になっていたことだ。制御の仕方をルルーに教えてもらわないと、そろそろいらないトラブルに遭うかもしれない。
「まあ、話したくないなら、それはいいんだ。訊きたいことは他にいくつかあってだな」
ぽりぽりとバルガスは頭を掻く。誘っておいてなんだが、質問がまとまっていないようだった。
「そうだな。まずは、何をしにこの街へ来たんだ?」
「探索者のする事といえば、一つだけだと思うが」
「そうでもないだろう。力、金、名誉。求めるものはそれなりに違うさ」
言われてみればそうだろう。迷宮を踏破するのが目的の探索者というのは、考えてみれば少ないのかもしれない。いや、むしろほとんどいないのか。
「あんたはどうなんだ? 見たところ、力は充分に備わっているみたいだが」
力があれば、金と名誉は後からついてくる。そういうものだとリアは思っている。
「俺はなあ、生活のためだ。女房と、シズナの下に二人子供がいるからな」
隠すでもなく、バルガスは打ち明けた。なんとも普通の理由である。
「本当なら、シズナには普通に嫁に行って欲しかったんだがなあ。探索者なんかになっちまって。もうすぐ18歳だぞ」
この世界では、結婚が早い。庶民の適齢期は20歳ぐらいまでだろう。
「それが年がら年中剣を振って、男の影も見えやしない」
なんだか愚痴のようになってきたので、リアも話題を変えることにした。
「私の迷宮に潜る理由は一つ。知識だよ。暗黒竜バルスに聞きたいことがある」
バルガスは驚かなかった。笑いもしなかった。
真剣な顔で、ただ頷いた。
「貴族のお嬢さんがわざわざ来るんだ。さぞかし大層なことなんだろうな」
「いや、個人的には確かに重大なことなんだがな……」
貴族と思われていることは訂正しない。実は王族であると言っても、おそらくこの男の態度は変わらないだろう。
前世ではよく、こういった男を友人に選んでいた。
それから二人は、飲み物だけで少し話をした。
シズナの剣をこっそりとバルガスに返しておくということも決めた。
旅の道中でどういった魔物と戦ったかという話もした。
だが、迷宮都市の踏破の話は黙っていた。噂の足は速いから、いずれリアの正体も明らかになるかもしれないが、それを促すような情報は出したくない。
第一、一国の王女が同性愛者というのは、結構なスキャンダルだろう。
そしてそろそろリアが帰らなければいけないという時になって、バルガスはそっと言った。
「お前さんたち、うちのパーティーと組まないか?」
宿に戻ったリアは夕食を摂りながら、バルガスの申し出について話をしていた。
「こちらのメリットは、慣れていない迷宮を先導してもらえるということだな。正直、状態異常の攻撃をしてくる敵相手だと、初見で殺されかねない」
迷宮都市の迷宮とは違い、暗黒迷宮では当然、死んだらそこまでである。そして死霊騎士やドゲイザーのような特異な敵も多いのだという。
「俺は反対ですね。昼間の件で、向こうとはしこりがあるはずです」
カルロスは反対。確かに迷宮でいきなり背後から襲われるとかは考えたくない。
「俺も、どちらかというと危ないと思う」
一緒に暴れたギグも反対だった。
「そもそも、向こうのメリットは何でしょう?」
ルルーが疑問を出す。それに関しては、リアも返答を貰っていた。
「一つは、戦力の強化。より深い階層に潜りたいらしいな」
浅い階層では、かつて倒れた探索者たちの装備が落ちていることはもう少ない。しかし深く潜れば、深く潜れたほどの実力者たちの遺品が手に入るかもしれない。
「もう一つは、あのシズナって子に刺激を与えたいんだとさ」
シズナは17歳という年齢にして、ジェバーグ屈指の探索者パーティー『雷鳴の牙』の一員であり、本人の戦闘力も高い。リアが規格外なだけで、同年代で敵う者は今までいなかった。
それが今回、あっさりと勝負に敗れたのみならず、しばらく表を歩きたくなくなるような目に遭わされた。高くなった鼻をぽっきり折られたわけである。
自分よりも若く、自分よりも強い。そんな人物の傍にいて、何らかのものを得て欲しいという親心なのだという。
「でもさあ、正直あの子、姉ちゃんのこと後ろから刺したりしないかなあ」
サージがにやにや笑いながら言う。確かに公衆の面前で同性に唇を奪われれば、それは凄まじいまでの憎しみを覚えるだろう。
「あたしも反対……と言いたいけど……保留しておくわ」
ルルーが意外なことに中立の立場を取る。なぜなら彼女は知っているからだ。
リアが王宮にいたころ、どれだけ同性にもてていたか。
特にああいった気の強い女官や女騎士を落とすことにかけては、驚くほどの成功率を誇っていた。
ちなみに最初はルルーもその対象だったそうだが、中身が外見と違っていたので手を出すのを止めたのだと、本人の口から聞いた。
「あたしは……反対したいですけど、正直強い人達と一緒に探索したいです」
マールは自信なさげにそう言った。今日一日かけて迷宮の地図を買い集めていたのだが、どうも満足の行く結果は得られなかったらしい。
「ちなみにおいらは賛成だよ。後ろから刺されるよりも、戦ったことのない敵の方が怖い」
サージだけが明確に賛成した。鑑定の結果からして、バルガスとシズナの二人がかりでも、オーガキングには勝てないだろうと分かっているからだ。
「とりあえず明日、向こうのメンバーと会うから、それから決めるということでいいかな?」
リアは積極的に賛成するのだった。あの親子が気に入ったということもあるが、出来るだけ迷宮攻略に時間をかけたくない。暗黒竜バルスがリアの願いを叶えてくれるとは限らないからだ。
それに道中であったコルドバとの戦い。あれは出来るだけ早く父に知らせた方がいいだろう。
ただ身の安全を考えるだけでなく、この大陸全体の動きを見なければいけない。旅の中で、リアの視点は大きく広がっていた。
翌日、宿屋を訪れたのは8人のパーティーであった。
カルロスとギグがのした相手は、この更に下っ端のパーティーのメンバーだということで、それに関しては特に遺恨はないという。
前衛の戦士が4人、斥候が一人、後衛が三人で、うち二人が魔法使いだった。
14人も人が集まっていると、それだけで暑苦しい。早速バルガスは口を開いた。
「で、どうだい?」
「基本的に組むのはいいんだけど条件を決めないといけないと思う」
リアの返答に、ふむとバルガスは頷いた。
「それとそちらの、殺しそうな目でこちらを睨んでいる女の子は、納得しているのかな?」
さっきから一言も口を利かないシズナに向かって、リアが声をかける。
彼女が何かを言う前に、バルガスは手を上げてそれを制した。
「納得出来ないなら、パーティーを抜ければいい」
非情とさえ言える冷静な声に、シズナが慄く。実の父が本気で言っている事は、それだけで分かった。
リアは自分が苛めるのは好きだが、他人が苛めているのを見るのは嫌いなので、それ以上は何も言わない。
「魔石と魔物の素材の取り分だけど、そちらが2でこちらが1でどうかな?」
具体的な話に入る。
「ほう、頭割りでなくていいのか?」
「しばらくの間は、こちらが足を引っ張る可能性が高いしね。迷宮で見つけたお宝も、基本はそちらの物でいい。ただし替えの効かない物があれば、対価を払うので譲って欲しい」
「魔剣や魔法の袋の類がたくさんあると思うが…」
「それは必要ない。必要とするなら、戦鎚のいいのと杖ぐらいかな」
普通の武器は全く必要でないし、魔剣も既に持っている。魔法の袋は高価だが、普通に売っているものだ。何よりこちらはサージの時空魔法がある。
「姉ちゃん、でも耐性系のスキルオーブがあったら欲しいなあ……」
控えめにサージが呟いたが、それは交渉次第だろう。
スキルオーブとは、そのままスキルを個人に永続的に付与してくれるものである。超難度の付与魔法と、関係した属性魔法の使い手がいなければ作れない。
リア自身は竜の血脈のおかげでほとんどの状態異常に耐性があるが、普通は毒耐性でも非常に貴重なものだ。
それにたとえオーブがあっても魔力が足りなければ付与されないのだが、サージならば大抵は大丈夫だろう。
「それはなんとかしてやるから、今は我慢しろ」
カサリアに帰れば、大概のオーブは作成が可能だ。王族の特権を行使して、仲間を強化するつもりである。
それからも細かいところで条件の調整はあったが、ほとんどは鷹揚にリアが譲歩し、バルガスも無茶な要求はしなかった。
「では、まず一ヶ月だな」
一ヶ月。それがこの大人数のパーティーを組む期間である。
差し出されたバルガスの手を、リアが握る。
硬く分厚く、そのくせ弾力のある、鋼のような掌だった。
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