第36話 女殺し

 リアが考えたのはどうやったら勝てるか、ではない。

 勝てるのは分かっている。目的は、どれだけ屈辱的な敗北を与えられるかだ。

 そう、この世界に来て、王族になどなってしまったので、逆にあえて抑えていたのだが。

 リアはサドだった。




 剣閃を、あるいはかわし、あるいは受け流す。

 そんなやり取りが、数分も続いた。

 既にシズナは、目の前の少女が見た目通りの、か弱いお嬢さんだとは思っていない。

 今まで自分がそう思われ続けてきたのに、なぜそういった人間が他にもいると思わなかったのか。

 周囲の観衆も、シズナが一方的に攻め続けてはいるが、リアもまたかすり傷一つ負っていないことに気付いている。


 人の目が多すぎた。

 これが荒野の一対一の決闘であるなら、引き分けて落としどころとしても良かった。

 だがこの多人数の目がある中で、二つ名を名乗る自分が、無様な様を見せるわけにはいかない。


 そんな意地と見栄が一つ。


 もう一つは、魔剣の切り札だった。


「撓れ」

 その言葉と共に、剣が分裂した。




「あ、あれはガ○アンソード!」

 見物していたサージがわざとらしく叫ぶ。

「知っているのか! サージ!」

 本当に感心した声でカルロスが尋ねる。

「あるいは剣、あるいは刃の付いた鞭となる、取り扱いの難しい武器だよ。でも魔法の武器ということは、扱い者の魔力で上手く動くんじゃないかな」

「蛇腹剣ですね。確かに魔力で操らないと、とても扱えないものですが」

 ルルーのツッコミはひどく冷静だった。




 シズナは刀の間合いから外れ、刃の付いた鞭が四方からリアに襲い掛かる。

 だがリアの感想は一言だった。

「あほらしい」

 元に近い刃を強く打つ。魔力をしこたま込めた刃でだ。

 すると鞭を操っていた魔力に干渉し、リアを襲う刃の間に隙間が出来る。

 回避、体術、歩法のスキルに肉体の柔軟性を合わせると、簡単に回避が可能だった。


 刃の鞭が元の長剣に戻る。リアはわざとらしく、その場で肩を竦めた。

 普段はこんなことはしない。殺すときはすぐ殺す。無駄にいたぶりはしない。それがリアという人間だった。

 だが相手が美女や美少女であると、話は別である。

 勝気な美少女やツンンツンした美女というのは、つまるところ、リアの好みであったのだ。

 そして、好きな子ほど苛めてしまうという悪癖が、リアにはあった。


「どうした? もう終わりか?」

 安い挑発をしたのは、まだ奥の手を隠していそうだったからだ。サージの忠告もある。

 その予想通り、シズナは顔を歪めながらも、口唇に笑みを浮かべた。

「まさか、こんなに簡単に奥の手を使わされるとはね」

 剣を構える。魔力を練っているのが分かる。

 そして力ある言葉を発する。

「炎よ」

 剣の赤い光が強くなり、炎を生み出した。

 サージの鑑定により判明したその魔剣の名前は『炎蛇の剣』という。

 炎を発し、斬りつけた相手に熱の追加ダメージを与えると共に治癒を難しくし、また蛇のように動くという、高性能の魔剣であった。

 

 しかし、である。

 リアには熱耐性というギフトがある。しかもこれは、旅の道中で火魔法を頻繁に使うことにより、レベルが上がっている。スキルで言うならレベル9といったところか。

 ルルーの最高の火魔法であっても、火傷一つ負わない。それほどの能力である。魔剣の炎だとて、リアには効果はないはずである。

 もっとも、リアの着ている革鎧や服に関してはギフトの恩恵もないのだが。


「撓れ」

 炎の鞭が、まさに蛇のようにリアを襲った。それに対してリアは、とりあえず刀を納めた。

 炎の熱で、万一にも刀が傷んだら嫌だったからである。

 身に迫る鞭の先端を、リアは素手で掴んだ。

 熱耐性に加え、剛身のスキル。さらにステータス的に言えば、極端に高い耐久力があってのことだった。

 手甲の部分が熱せられるが、これはシャシミールで加工してもらった、ヒュドラの皮から生み出されたものである。火球程度の熱量ならば何も問題はない。

 掴んだ鞭を、刃ごとに手繰っていく。その距離が狭まるごとに、シズナの顔に驚愕と恐怖の色が浮かぶ。


 いいね、その表情。


 リアはまた笑っていた。

 手を伸ばせば届く距離に、二人はいる。シズナは何とか剣を戻そうとするのだが、リアの膂力の前にはそれは不可能だった。

「さあ、これからどうする?」

 鼻歌でも歌いたい気分でリアは尋ねる。シズナは掠れる声で「化け物…」と呟いた。

「失礼な。お前が弱すぎるだけだ」

 その言葉が、消えかけたシズナの闘争心をまた燃え上がらせた。

 しなやかな足の蹴りがリアの胴に直撃する。

 リアはあえて、回避も防御もしなかった。

 何をしても無駄だと、完全に自信を折る。跡が残らない程度に痛い目に合わせてもいい。

 その後に厳しさと、ほんの少しの優しさを見せれば、この手の女は落ちる。リアの前世での経験則だった。

「それで終わりなら、今度はこちらから行くぞ」

 さらに二度蹴らせた上で、初めてリアは攻撃に移った。


 たったの一撃だった。

 懐に潜り込み、肩を相手のみぞおち付近に当てる。そしてそこから震脚。

 大地を叩く音と共に、ポーンとシズナの体が飛んで行った。そして観衆の中に落下する。

 充分に手加減したが、ほどほどにダメージを与える必要もあり、その調整が難しかった。

 鎧通しとはまた違う、古武術の技の一つである。


 リアが近づいていくと、観衆がさっと割れていく。その先では仰向けに倒れたシズナが必死に起き上がろうとしているが、与えたダメージがちょうど良かったらしく、上半身を起こすのがやっとというところだ。

 さて、どう料理するかとリアが笑みを浮かべて近づいていくと、今度は明らかな恐怖の表情を浮かべてくれる。


 だが、そこで邪魔が入った。

「そこまでで勘弁してくれないか」

 人ごみを割って、巨大な男が現れた。

 長身の男だった。そして、横にも前後にも分厚い男だった。体格としてはギグに似ている。

 だがオーガのように牙も角も生えていない。あくまでも人間だ。

「お、親父…」

 シズナが呻く。なんとも似ていないが、この男がシズナの父親のようだった。確かに赤毛であることは共通している。

「バルガスだ…」「『雷鳴』のバルガスだぜ…」

 周囲の観衆が騒いでいる。相当の有名人ではあるらしい。

 リアもその喧騒に気を取られることなく、バルガスを観察する。

 その巨体にも関わらず、足運びに鈍いところはない。

「姉ちゃーん。その人、相当強いから気を付けて~」

 のんびりしたサージの警告が届いた。つまり、これでもまだリアよりは弱いということだろう。

「さて、娘の次は父親が相手をしてくれるのかな?」

 安い挑発をしてみる。正直、ちょっと戦ってみたいことは確かだ。

 だがバルガスは首を横に振った。

「負けると分かっている戦いをするつもりはない」

 この言葉に、周囲の観衆がざわついた。

「おい、バルガスが…」「雷鳴が負けを認めたぞ…」「どんだけだよ、あの女……」

 リアは拍子抜けしたが、実力差を明確に計れるほどの、戦闘勘があるということだ。

 殺し合いに発展するかはともかく、一度はお相手したいものだ。

「すると、果し合いはここで終わりか。さて、どう落としどころを持っていくか」

 リアは手の中の魔剣を見る。なかなかの性能だった。リアでなければ、相当苦戦するだろう。カルロスやギグなら負けていた。

「とりあえず、この剣はしばらく預かっておく。剣に頼りすぎて、肝心の腕の方が上達しないだろうしな」

「ええ!」

 シズナが叫び声を上げるが、剣の価値から言えば当然の反応だろう。バルガスも無反応だったのは、その言葉に同意だったからか。

「剣術スキルをもう一つ上げたら返してやろう。あとは…」

 歩み寄ったリアは、シズナの肩を掴み、立ち上がらせる。生まれたての小鹿のように、足が震えている。

「な、何を…」

 怯えるシズナの唇を、唇で塞いだ。

 舌先で、唇を舐める。ほんの一瞬の接触だった。

 

 手を離すと、またぺたんと地面に座り込む。周囲からはそれまでとは違った歓声が上がっていた。

「百合キター!」

 サージが鼻血を出しそうな勢いで叫んでいた。

「な、な、な」

 パクパクと金魚のように口を開閉させるシズナ。予想通りの反応で、リアはかなり欲情した。

「命を取られることに比べれば、どうということもあるまい」

 バルガスは激しく微妙な顔をしていたが、何も言わなかった。

「お前、そっちの気があるのか!」

 涙目でシズナは叫ぶ。気持ちは分かる。リアにしたところで、もし男に唇を奪われたら泣きたくもなるだろう。

 だがその泣き顔が可愛いと思ってしまうところが、サドのサドたる所以である。

「私は男に興味がなくてな。お前のような気の強い女の子は好みだよ。もし仕返しがしたければいつでも来ていいが、返り討ちになったら、もっと凄いことをさせてもらうからな」

 意地悪くリアは笑った。バルガスがさらに激しく微妙な顔をしていた。

「こ、このアホー! バカー! 死ねー!」

 幼児退行したかのようなシズナの台詞を背に浴びつつ、リアはギルドの扉をくぐるのだった。


「かっこいい……」「素敵……」

 そんな声が、見物人の女の子たちの間から、少数ではあるが確かに上がっていた。

「あのシズナをあんな簡単に……」「女殺しだな……」「……ああ、女殺しだ」


 『女殺し』のリア。

 ジェバーグにおいて、リアに二つ名のついた瞬間であった。

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