第26話 巨人の進撃

 圧倒的だった。


 圧倒的な力だった。


 それは暴力ではない。暴力とはもっと、攻撃的な物だ。


 攻撃ではなく、単に邪魔な物をどけるような。


 そんな単純で、純粋な力だった。




 サイクロプスの動作は、その巨体からは想像もできないほど早い。サージに加速の魔法をかけてもらっていなかったら、即座に詰んでいただろう。

 しかし攻撃を避けることが出来たとして、それがどうと言うのだろう。

 懸命に攻撃をしかけても、こちらは巨人の膝までも届かない。そして巨人の肌は、ギグの戦鎚の一撃を加えられても、それを跳ね返すほどの弾力があった。


「エクスカリバー!」

 サージの魔法は空間を断つ。だが巨人の薄皮一枚を傷つける程度の効果しかなかった。

「火球!」

 魔力を高めたリアの魔法は、巨人の肌の表面で弾けて消えた。


 さんざん魔法で強化したリアの太刀の一撃も、うっすらと巨人の血を流させるに留まった。

 だがそれでも痛みを感じたのか、巨人は再び咆哮し、力任せに暴れ出した。


 戦棍の一撃で地面が砕け、破片が飛び散った。リアが風呂を作ろうとしても傷つかなかった素材がである。

 小さいことが幸いしてか、巨人の武器や手足が直接リアたちを捕らえることはない。もちろん加速の魔法の力もある。

 

 巨人は怒った。


 そこに神々の知恵はなかったが、力だけはあった。

 振り回される戦棍が暴風を呼び、砕かれた地面は石弾となった。とても全てかわせるものではない。


「ああああああっ!」

 リアは吠えた。身体強化で、体を打つ石礫にも耐えた。

 回りこみ、腱を絶つべく巨人の足首に刃を放つ。


 無駄だった。


 鋼のような肌は、ほとんど斬撃の威力を吸収し、わずかに血を流させるのみである。


 それでもリアは諦めない。こんなこともあろうかと採っておいたヒュドラの毒をためらいなく刃に塗り、何度も同じ箇所に斬撃を加える。

 だが効果は分からない。鑑定の魔法が弾かれていた。


「サージ鑑定してくれ!」

「ごめん! 分からない!」


 サージの鑑定でも看破できない。堕ちた神々の末裔は、その名にふさわしい異能を持っていた。


 その間にも巨人の攻撃は続いていた。

 そしてある一撃が、無数の礫を、回避できない範囲でルルーに飛ばす。


 そこへカルロスが割り込んだ。盾が歪むほどの衝撃だった。

 だがルルーが無事だ。カルロスも腕が痺れただけだ。

「大丈夫ですか!?」

 問うカルロスに、ルルーは答えようとした。

 答えようとしたのだ。


 巨人の腕が振られ、カルロスが吹き飛ばされた。


 虫を叩き飛ばすかのような、無造作で苛立った動きだった。

 それでも盾は吹き飛び、鎧は歪む一撃だった。


 騎士は壁に打ち付けられ、血を吐いた。

 ルルーの治癒魔法が飛ぶ。だが歪んだ鎧が肉体の復元を阻んだ。


 そこへ巨人の追撃がきた。

 ぐしゃり、とカルロスが潰れた。


 即死だった。むしろそれが幸いだったろう。

 光の粒となりカルロスの体は消え、後には圧縮された鎧が残された。血まみれの鎧だった。


 彼の剣はどこに行ったのだろう。

 そんなどうでもいいことを、ルルーは考えていた。考えながら、叫んでいた。


 よくも。

 よくもカルロスを。


 完全に頭に血が上っていた。あまり指摘されないが、ルルーは短絡的で、血の気が多い。そうでなければ田舎を出てこなかったし、リアの旅に付いて来なかっただろう。

 普段は理性で抑えられている攻撃性が露になる。とにかく目の前のこいつを殺したくてたまらない。それだけを考える。

 練り上げられる魔力。構成される術式。

 杖を振り上げる。

「白色獄炎!」

 この世ならざるほどの威力を持つという上級火魔法。白い炎の蛇が、サイクロプスの胸を打つ。


 巨人は吠えた。苦悶の叫びだった。

 胸が赤熱された鉱物のように赤くなっていた。

 だがそれだけだった。


 巨人は己に苦痛を与えた魔法使いを睥睨し、その戦棍を振りかぶった。

「ルルー!」

 リアの叫びが届くのと、戦棍が振り下ろされるのが同時だった。

 

 ぐしゃりと肉体が潰れて、杖だけが残った。

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