第27話 刀は折れず

 カルロスとルルーが脱落した時、正直サージはもう駄目だと思った。

 ここまで苦戦はしても、これほど絶望的な戦いはなかった。サージの奥の手は敵に大きなダメージを与えてきたし、リアの刀で斬れないものはなかった。

 だが今はどちらも通用しない。

 ロンギヌスも試したが、せいぜい針を一刺しする程度の傷であった。

 一応、最後の奥の手はある。だがそれを使うと、ほぼ魔力が尽きる。そうすれば加速が使えなくなる。

 リアならばともかく、加速が使えなければギグが巨人の攻撃をかわすのは難しいだろう。そして一撃でも受ければ、ギグの強靭なはずの肉体も、あえなく挽肉となるだろう。

 死んでも大丈夫。カルロスとルルーの姿が消えるのを見て、マールから聞いた通りであったので、それは疑っていない。


 だが、死ぬのは嫌だ。

 死んだ記憶があるサージは、特にそう思った。

 即死であるならまだしも、もし四肢が千切れるようなことにでもなれば、どれだけの苦痛を覚えるか。

「姉ちゃん!」

 退却しよう。今なら大丈夫。

 カルロスとルルーには気の毒だが、鎧と杖は諦めてもらおう。これまでの収入を考えれば、後で笑い話にも出来る。


 そう思ったのは、戦士の血を持たない者だけであった。


 マールはサージと同じ意見だ。今すぐ逃げたい。生き返ると言っても、死んだ瞬間の苦しみは二度と体験したいものではない。

 だが逃げない。リアが戦っている限りは逃げない。


 戦士二人は逃げることなど考えもしない。

 自分が死んでもマールはサージを連れて逃げてくれるだろう。そう思うと、ただひたすら戦いに専念出来る。

 目の前の敵を殺したい。殺しつくしたい。ただそれだけを思う。

 戦士の本能と言うよりは、獣の本能であろうか。それとももっと原初の本能であろうか。


 リアは思った。これが本当の殺し合いだと。


 前世の果し合い。オーガキングとの戦い。これらも命の危険はあったが、落としどころのある戦いだった。

 もちろん血がふつふつと煮立つような、心躍る戦いではあった。


 しかしこれは違う。


 今までの階層の戦いも、苦戦はあったがどれも勝算があった。


 だがこれは違う。


 計算が立たない。作戦は立てたが、それも破綻した。

 それでもひたすらに、殺したい。自分の生き死にを考えず、殺意だけが高まっていく。

「いえああああっ!」

 ありとあらゆる技術、力、全てを込めて刀を振り下ろす。


 巨人の足の指が、半ば断てた。


 そして耐えられず、刀が砕け散った。


 折れたのではない。リアの魔力と、斬撃の衝撃に耐えられず、鋼が中から爆発したのだ。

 だがそれで巨人の指が一本千切れた。




 巨人が吠えた。無茶苦茶に暴れた。

 おそらくそのために堅牢に作られた迷宮が、あちらこちらで砕けた。

 破片の衝撃で、ギグの動きが鈍くなる。そこへ巨人の拳が落ちる。


 ギグは不運だった。即死出来なかった。

 もう一撃拳を見舞われるまでの数秒、苦痛が続いた。


 サージは機転を利かした。先ほど回収していたミスリルの扉を、盾代わりに使ったのだ。

 マールと肩を寄せ合い、ギグが光となって消えるのを見ていた。

 もう一度扉を回収すると、もう脱出することを第一に考えた。幸い出口は塞がれていない。


 そしてサージは最後の切り札を切る。

 転がっていた迷宮の石材を手に取る。巨人の巨体を見る。

 弱点らしいのは目だ。一つしかないそれは、確かに弱点だろう。だが致命傷にはならない。

 脳か心臓か。心臓だろう。脳がなくても暴れる巨人の姿が想像できた。


「姉ちゃん! 最後の切り札を使う! これ使ったら、もう魔力切れるから!」

 頭の中で術式を構成する。魔力を高める。精神集中。暴発したら自分が死ぬ。

 手の中の岩に集中。目指すは巨人の心臓。

「爆裂転移」

 手の中の岩が消えた。


 固体の中に固体を転移させる。ただの獣を実験台にした時、頭の中に石を送り込んだ。単純にそれで死ぬと思っていた。

 だが実際は爆発を起こした。物質と物質が重なり合うというのは、それだけの衝撃を与えるものだったのだ。

 爆風で全身を打ち、数日寝込んだ。魔力もしばらくは回復しなかった。


 今、それをまた使った。


 巨人の胸部で爆発が起こった。

 それは巨人に腰を落とさせるほどのものだった。鮮血が飛び散った。

「駄目か…」


 巨人は胸に手をやっていた。たしかにダメージを与え、今までにない傷をつけた。だがそこまでだった。

 サージの最高の魔法も、巨人には届かなかった。胸の傷口に手をやるが、動きを鈍らせるほどのものでもない。


 だがわずかに注意を引けた。

 切断された巨人の指の傷に、リアは取り出した戦斧を叩きつける。

 痛みを与える。ダメージにもならないほどではあるが、痛いものは痛い。

 たとえ指一本失っても死ぬことはないが、だからと言って無視できるものではない。


 巨人が屈んだ。傷をかばう動きだった。弱点となる目が近くにある。

 リアは槍を投げた。数打ちの槍ではない。王城で厳選した槍だ。

 だがそれも眼球をわずかにそれると、かすかな傷を与えただけで地面に落ちた。


「くそっ」

 リアは悪態をつく。急所がわずかに近づいた。だが最も信頼していた太刀はもうない。

 袋から剣を取り出す。ミスリル製の剣だ。硬さや切れ味では劣るが、魔力を込めるならこちらの方が適している。

 存分に魔力を込めて巨人の足を打つが、切れ味が鈍い。総合的には刀と同じぐらいだ。せいぜい爆発しないのが長所か。


 身の軽さを存分に使い、巨人を翻弄する。だが攻撃が効かなければ、いずれは力尽きて潰されるだろう。


 限界まで魔力を込めた剣を、掴みかかってきた巨人の指に振り下ろす。

 また一本、指が落ちた。そして剣も砕けた。


 この戦いが終わったら、真剣に刀を選ぼう。そうリアは心に決めた。


 戦斧を振るって巨人の手に傷を付ける。

 痛みは与えているだろう。だがこれをいくら積み重ねても、巨人を倒すことは出来ない。

 それでも戦い続ける。戦うためだけに生きているかのように。


 加速の魔法が切れ、巨人の手にはたかれる。石壁に強く体を打ち付ける。

 だがそこから一息に飛び出し、また斧を叩きつける。柄が曲がって使えなくなる。また攻撃を受ける。受け流す。


 叩き潰されるのだけはまずい。あとは耐えられる。

 肉が、骨が、軋みを上げていても、まだ耐えられる。痛覚耐性さん、いい仕事していらっしゃる。


 がくり、と体が傾いだ。加速が切れたのだ。

 全身に痛みはあるが、動ける。まだ戦える。

 雄たけびをあげて、替えの斧を振り下ろす。


 まだ駄目だ。武器が弱い。肌と肉に弾かれて、鋼が曲がる。


 叩き潰された。


 掌で、叩き潰された。知らず、動きが鈍っていた。

 だがまだ動ける。肉体強化さん、骨格強化さん、内臓強化さん、お仕事ご苦労様です。


 床を破壊してもまだ動くリアを、さすがに巨人も本気で叩き潰そうとする。

 拳が床面を破壊していく。飛び散る破片にが、リアの鎧に食い込み、服をずたずたに裂いていく。

 

 また壁に叩きつけられる。筋肉がみしみしと歪む。出血がひどい。普通なら内臓破裂で死亡している。

 だがまだ動く。


 刀を杖に立ち上がる。瞳には消えぬ戦闘意欲。

 死ぬか。さほどそれはもう、重要ではない。


 巨人の手が振られ、二度三度と壁に叩きつけられる。強化した骨格もみしみしと音を立て、おそらくは細かにひびが入っていく。


 再生していく。治癒していく。ギフトが開放されていく。だがまだ足りない。

 まだこの巨人を倒すには足りない。


 ふらふらと歩み寄る小さな存在を、巨人はつまみ上げた。

「姉ちゃん!」

「リアちゃん!」

 血まみれでずたぼろの、おそらくはほどよく潰れたように見える小さな生き物を、巨人は食おうとした。

 巨大な乱杭歯を目の前にして、リアは笑った。


「かかったな、阿呆が」


 巨人につままれた左足を、自らの刀で断ち切った。

 自由落下により、すぽりと巨人の口の中に入る。噛み砕かれる前に、その奥へと侵入する。

 巨人の喉が動き、リアを飲み込む。否、飲み込まされた。


 リアの片足が地に落ちる。綺麗に切れた断面だった。


 巨人が自分の胸を押さえる。苦悶の呻きを漏らす。




 巨人の腹の中で、リアは存分に暴れていた。

 火球の魔法を使い、ぬめぬめと動く内臓を照らし出し、刃の厚い武器でそこらじゅうを滅多ざしにする。

 片足がないので、もう片方の足と、突き立てた武器とで自分を固定する。

 吐き出されたら終わりだ。もう二度とチャンスはない。体力も残っていないだろう。

 粘液と酸で、鎧と服が溶けていく。だがリアは動きを止めない。


 持ってて良かった酸耐性。


 


 巨人は苦しんでいた。

 暴れるほどの余裕もなく、苦しんでいた。自らの胸を腹を掻き毟る。やがて倒れこみながら、足をばたばたと見苦しく動かし、鋭い爪で自らの胸を切り裂いていく。


 それをサージとマールは恐々と見ていた。


 巨人の動きは徐々に緩慢になり、やがて痙攣し、そして全く動かなくなった。


 やった。


「内側からやったんだ。それなら巨人でも倒せる」

 呆然とサージが呟いた。信じられなかった。一寸法師か。まさか本当にそんな、自分の足を斬ってまで、そこまでするのか。


 仰向けに倒れた巨人の腹から、ずぶりと刀が突き出された。

 死によって硬度を失ったのか、やすやすと肉が切り裂かれていった。

 臓物の匂いと共に、肉塊が現れる。長い黒髪をまとわせ、血と酸に塗れたリアだった。


 杖代わりにしていた刀が、酷使と酸に耐えかねて折れた。

 片足のリアは倒れ、巨人の腹から滑り落ちる。

「リアちゃん!」

 マールが駆け寄る。サージは足に力が入らず、よろよろとそれに続いた。




 荒い呼吸。片目は酸で見えなくなっていた。それでも二つの人影に向かって、彼女は言った。


「私の、勝ちだ」


 そして意識を失った。

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