第20話 職業探索者
探索者というのは職業である。
迷宮に潜り、宝物を手に入れ、魔物を倒し、魔石を得る。
何も迷宮を踏破しようなどと思わなくてもいい。それは英雄志願者の見る夢だ。あるいは他にすがる術を持たない者に、残された最後の希望。
ましてここは、不死の迷宮。たとえ死の顎にとらわれても、甦ることが出来る。自らの財産を失って。
だから言い訳が立つのだ。死ぬのは馬鹿だと。
自分の限界のはるか手前で線を引き、自分がどれだけ賢明であるかを語るのだ。
そこには誇りも、意地もない。覚悟もない。
迷宮都市の探索者というのはそういうものであるのだ。
だが、時折現れるのだ。
自分たちの及ばぬ階層、及ばぬ世界へ、平然と歩んでいく強者。
それらが迷宮を踏破するかどうかは問題ではない。自分たちがいかに狭い世界で満足しているか、それを思い知らされるのが、苦痛なのだ。
だから吠える。弱い犬ほど。
まして相手が、自分よりもよほど若く、小さく、弱く見えるほど。
扉を開けて入ってきたのは、猫獣人の少女だった。
既にギルドでは顔見知りだ。中堅どころのパーティーの斥候奴隷だったが、ヘマこいて全滅したというのは、もう知られていた。
ここに来たということは、改めて買われたのだろう。装備も新しくなっているから、待遇は良くなったに違いない。
「マール、心配したわよ。復帰初日だから一日で戻ると思ってたのに」
「うん、あたしもそう思ってたんだけど、リアちゃんが…」
続いて入ってきた人物を見て、全ての探索者が目を奪われた。
まだ若干の幼さを残してはいるが、輝くばかりの美貌。波打つ黒髪は、かすかな光を帯びている。
黒に統一された衣装に、ごく簡素な革鎧。腰には二本の曲刀を差していた。
「どう? 収穫はあったの?」
猫獣人と顔見知りの受付の話は続く。
「うん、すごかったよ。リアちゃんが迷宮の壁を壊して」
それは初心者がやるミスだ。しかし生き延びたとは、運がいい。
「ヘルハウンドを素手で殴ってペットみたいにして」
それは信じられない。
「悪魔を倒したところで、一度戻ってきたんだ~」
そんなことがあるわけない。
「おいおい、話を盛るにしても、いいかげんにしろよ」
楽しそうに話していたマールに、探索者の男から声がかけられる。
以前なら、ここで黙ってしまっていただろう。
「本当だもの! ちゃんと魔結晶を取ってきたもの!」
ちょうどその時、査定カウンターにカルロスが悪魔の魔結晶を置いたところだった。
「ええと、これがミノタウロスで、ゴーレムで、骸骨剣士で、ヘルハウンドで…」
ざらざらと魔石が置かれていく。その魔石の純度もそうだが、数量がとんでもなかった。
「あ、あの、何をしたらこんなに魔石が取れるんですか?」
鑑定係が引きつった顔をしている。
普通の中堅パーティーが数日迷宮に潜っても、この十分の一の量だろう。
「うちのお嬢が迷宮の壁を壊してね。集まってきた魔物を順番に狩っていったらこうなったんです」
疲れた声でカルロスが説明する。また迷宮に潜ったら、同じことをされるのだろうと思うと、げんなりするのも無理はない。
「…分かりました。他に迷宮で得た物はありますが?」
「主に毛皮と牙と…とりあえず全部出しましょうか」
魔物の使っていた武器防具は、あまり質の良いものではなかったので全て出す。他には昆虫の攻殻や、刃となった部分。ゴーレムコアも数個を除いて必要ない。魔法薬の類は、薬に立ちそうなので全て取っておいた。
「これは…すぐには査定が出来ませんので…明日までお時間をいただけますか?」
当然のことだろう。カルロスは頷いた。
その頃にはギルドの目は全てカウンターに集まっており、探索者たちも小さな声で囁くようになっている。
噂のように伝わっているのだ。時折現れては、たやすく壁を越えていく者たち。否、それを壁とも思わない者たち。伝説となるべき者たち。
だがそれを素直に認めようとしない者も、もちろんいる。
「おいおい。いったいどんな手品を使ったんだ? 俺たちにも教えてくれよ」
鎧を身に着けた、いかにも粗野な雰囲気の戦士だった。お決まりのように下卑た笑いを浮かべ、マールを見下ろしてくる。
マールがさらに何かを言う前に、その肩をリアが優しく抑えた。
「手品ではない。単に正面から叩き潰しただけだ」
おそらく目の前の男でも、マールの敵ではないだろう。何しろ今のマールのレベルは40に達しているのだ。
わずか三日で、レベルが倍になっていることになる。
「お嬢ちゃんは引っ込んでな」
そう言って突き出された腕を、リアは握り締めた。
「何を、うわああ!」
握力だけでゴブリンの頭を握り潰すリアである。ほどほどのところで放してやると、化け物を見るような目でこちらを見てきた。
「やめておけ。そいつらのレベルは、一番小さなガキでも40以上あるぞ」
奥の方から魔法使いらしき男が喋りかける。鑑定の魔法を使っていたのだろう。
「オーガは55もある。その娘は分からんが…」
「分からん? 看破耐性か?」
「あるいは魔法かだが。どちらにしろ、歯が立つ相手ではないだろう」
畏怖の感情が広まっていく。満足げにリアは腕組みをして胸を張った。
「ほらリア、行きますよ」
これ以上の面倒は御免、とルルーが促して、一行はギルドを出た。
市長の邸宅に戻ると、クラウスは出かけていたが、執事が一行の世話をしてくれた。
探索に必要な物を話し合い、夕食の席ではクラウスを驚かせ、風呂に入ると久しぶりに安らかな眠りを貪った。
マールを抱き枕にしながら、リアは考える。
迷宮の中で感じた、あの気配。
迷宮の主は魔族ではないかと言われている。
だが、人間を殺さない。人間に敵対しない魔族がいるのか。
そもそも魔族とは、絶対凍土の向こうにある魔族領域に住む亜人の総称で、かつてはオーガも魔族であったという。今も魔族に属するオーガはいるのだとか。
それなら、魔族であるにも関わらず、人間に友好的な存在もいるのではないか。むしろそれは既に、魔族と呼べるのか?
迷宮は何度か踏破されたと言われているが、迷宮の主は滅ぼされていない。だからまだ、迷宮はここにある。なぜ滅ぼされていないのか、それは滅ぼす必要がなかったからなのか。
結論の出ないことを考えながら、リアは眠りに落ちていった。
次の一日は丸々、休養と準備に費やされた。
まずカルロスの剣と盾を探して武器・防具屋を巡り、その合間にルルーとサージは魔法薬を揃える。
ついにサージは杖を買った。水魔法や土魔法の起動を速めるためのものである。攻撃力はともかく、防御に不安が残っていたのを解消する考えがあった。
「もし10層のボスがドラゴンだったら、魔法の防御は絶対に必要だしね」
カルロスも魔法に抵抗力のあるミスリルの盾を買った。素材自体もそうだが、魔法も付与されていて、単純な質量の攻撃意外には役に立つという。
さすがに鎧までは都合がつかなかった。なのでサージが魔道書を見ながら、硬度強化、靱性強化、軽量化などの魔法を付与していく。
「よくもまあ、そんな本を見ながら魔法が使えるわね」
ルルーが感心するが、それこそギフトの効果である。
「ルルーはハーフエルフなのに、精霊魔法使えないの?」
「う…あれは魔法と言ってもちょっと違う特殊技能だから…」
いじけてのの字を書くルルーである。ひそかなコンプレックスなのだ。
夕食後には一室に集まって、その日に調べた情報を検討する。
各階層の主に関しては、既にオーガキングから聞いていた。
問題はそこまでの道のりである。現役の探索者には8層より下に行った者はなく、引退した探索者からも、それほど詳しい話は聞けなかった。だが、階層が下になるにつれ、敵は強く、迷宮は狭くなるというのは確からしかった。
「6層がアイアンゴーレム、7層が死霊騎士、8層がドゲイザー、9層がヒュドラだからな。今までの階層の傾向からして、ボスに関連した魔物が出てくるだろう」
そこでマールが手を上げる。
「あの、他のモンスターは分かるんですけど、ドゲイザーというのは聞いたことないです」
確かにマールが仲間になった経緯から、説明をしていなかった。ドゲイザーは魔法によって作られた擬似生物で、かなりマイナーな魔物だ。
おおまかな説明を聞いたとき、サージは見当がついたのだが、その詳細が微妙に分からなかった。
「世の中から幼児性愛者を抹殺するために、古代帝国時代に作られたとか聞いたような…」
「初耳ですよ」
ルーファスの助手をしていたルルーが偶然にその詳細を知っていたので、それを説明する。
そして翌日の攻略のため、早めに一行は眠りについた。
もちろんリアはマールを抱きしめて寝た。
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