第21話 職業冒険者
朝焼けに染まる市長の屋敷の庭で、二つの影が対峙していた。
二本の刀を差しながらも無手の少女と、ナイフを両手に構えた獣人の少女。
「本気で来い。ナイフぐらいの刃物なら、ギフトで弾けるから」
平然と構えるリアを見つめるのは、4人の仲間たち。
「大丈夫だよ、マール。お嬢には絶対に当たらないから」
ナイフを構えるマールに、カルロスが適当に促す。
マールはリアを見つめ、しっかりと頷いてもらったのを見ると、一気に踏み込んだ。
「あ~~~、勝てない」
10回ほど投げられて、マールは芝生に倒れこんだ。
リアにはもちろん傷はない。汗もかいてない。
それどころか、マールにさえ汗をかかせていない。
これから迷宮に潜るというのに、体力を使わせる訳にはいかなかったからだ。
完全に相手に踊らせてもらったような、圧倒的な敗北感があった。
「身体能力にだけ頼っているから、こうなるんだな。この探索が終わったら、色々と教えてやる」
「一つしか違わないのに、どうしてこうなるかな…」
前世の記憶があるとはいえ、リアの戦闘力が常識外であるのは間違いない。既にこの年齢で、前世の最盛期をはるかに上回る力量となっている。
むしろ前世の独自に発達した武術の心得があるため、対人戦闘では大きな有利となっているのだ。
「姉御、次俺も」
「そろそろ朝食だから、迷宮から帰ってからだな。ちゃんと教えてやるから」
ギグもまた、生来の能力に頼りすぎている。力だけでなくスピードもあるのだが、技がない。
「今日の目標は3層、そして一気に9層まで到達。誰かが死んだ時点で撤退、了解?」
頷く一同。思えばたくましくなったものである。
ギルドの建物に入ったとき、マールは違和感を覚えた。
人の数が、いつもより少ない。そして何か、雰囲気が違う。殺気立っているというのか、熱気の密度が違うのか。
「あ、マール」
いつもの受付に行くと、早速情報収集する。
「何かあったんですか?」
「あなたたちが何かしたんでしょ」
つまり、こういうことだった。
探索者なんてものは、こんな商売に付く以上、最初は胸に大きな目標を持っている。
しかしそれも、年月が過ぎて現実を知れば、目の前の生活を無難に過ごすことになっていく。ましてここは、不死の迷宮だ。
そこに突然、嵐のようなパーティーが現れた。
若いというよりも、幼いとさえ言えるその構成。
それが初めて迷宮に潜って、誰一人欠けることなく、5階層の悪魔を倒し魔結晶を持ち出したのだ。
その衝撃は大きかった。くすぶっていた者たちに火をつけるほどに。
「なるほどな。それで息巻いて迷宮に入っていったわけか」
それを聞いてもリアは、特に感慨を持たなかった。
「こちらには関係ないからな。それじゃあ行くとするか」
1層では、もう一行の敵となる魔物はいなかった。
時折遠くから先頭音が聞こえてくるのは、他の探索者たちのものだろう。わざわざそれを見に行くこともない。
迷宮の壁を破壊しながら、階層の主の間へと到達する。今度は有無を言わせず、一刀の元にリアが斬って捨てた。
2層にもまた、探索者たちがいた。その姿をお互い見かけもしたが、この場合の暗黙の了解としてすれ違う。
階層の主は、どうやら先日とは違う個体のようだった。リアたちを見ても恐れることなく攻撃してくる。
カルロスが動きを止め、サージが止めを刺す。
3層のゴーレムを瞬殺し、4層へ到達。ここで野営する。石造りの迷宮だというのに、わざわざその石を破壊して風呂を作るリアは、もういっそのこと立派である。
ここで次の日のことを話し合うが、珍しくカルロスが我を通してきた。
「本当に危なくなるまでは、ミノタウロスとは一騎打ちさせてほしいんです」
なるほど、騎士の意地というものか。
鷹揚にリアは了承し、その次の日、予定通りにカルロスはミノタウロスと戦った。
レベル65は、まだカルロス一人では厳しいはずの相手である。
しかし彼は新しい盾の力を上手く活用し、重量のある戦斧を受け流し、剣をその肉体に突き立てた。
おおお、と吠える彼に向かって、皆は拍手をしながら「おめでとう」と言った。
5層は、また隊列を組んで進む。
回を重ねてみんなのレベルも上がり、戦闘は余裕が生まれてくる。
「ここに慣れると、外に出た時、危険だよね」
ふと呟いたサージの言葉は、一行を強く頷かせるものだった。
階層の主は、依然とは形態の違う悪魔だった。
巨大なカラスで、頭からは角が生えている。
それが宙を飛びながら、刃となった羽を飛ばしてくるのだ。
時折けたたましく鳴くと、それがこちらの耳を痛めつける。
動きも素早く、魔法が当たらない。
「そんな風に考えていた頃が、僕にもありました」
サージの放った雷撃が、回避の間もなく悪魔を直撃する。
それで一撃死するわけではないが、動きが鈍くなり、高度が落ちる。
普通ならば届かない高さでも、リアならば別だった。
持ち替えた槍で、急所を一突き。魔結晶を残して、悪魔は消え去った。
そして未知の6層へとやってきた。
迷宮の通路は、金属で出来ている。淡く発光しているのは、他の階層と同じだ。
敵は、ゴーレムだった。木製、石製、他にもゴムのような体のゴーレムも存在した。
ゴムゴーレムにはカルロスの剣は通じなかったが、リアの刀は見事に切り裂いた。
さすがに金属製の通路を破壊していくのは難しいので、ようやくここで、一行は普通の迷宮探索を行うことになった。
壁の窪みや、通路の祭壇に置かれた宝箱。マールの手がわきわきと動く。
罠の種類を確認しては、リアが力技で開けたり、マールが鍵開けの特技を披露したりした。
そして守護者の間へと踏み込む。
それは巨大な鉄の塊だった。
ミノタウロスよりもさらに大きな肉体に、甲冑をまとわせたような。
第6の階層の守護者、アイアンゴーレム。手に握るのは巨大な戦棍。
「ルルーは魔法でカルロスを強化! カルロスはギグと組んで防御に専念! ギグは左から攻撃! サージは足を狙って空間魔法!」
そして指示を出したリア自身は、右側からゴーレムに斬りかかる。
鉄のゴーレムを、鉄で斬ることが出来るのか。
出来る。出来るのだ。
少なくとも、鉄の鎧なら紙のように切り裂くことが出来る。
「おおおおおっ!」
リアは叫び、八双の構えから斬撃を放った。
ゴーレムの左手首が、間接の所で真っ二つになった。
「よし、いける!」
同じ鉄でも、鍛えられた鋼とは全く硬度が違う。
リアが刀を振るうたび、その巨体は傷ついていく。だが生物ではないため、直接的なダメージとはならない。
一撃でダメージを叩きつけるには、刀は扱いの難しい武器である。
リアも刀を腰に戻すと、袋から予備の武器を取り出した。
「たららら~ん、ミノタウロスの斧~」
青猫のような口調で、戦利品の戦斧に持ち替える。なんといっても質量が違う。
体重が軽いのでバランスが取りづらいが、それでも回転しながら振り回し、ゴーレムの足に叩きつける。
反対側ではゴーレムの武器をギブとカルロスがいなしている。
「ろ・ん・ぎ・ぬ・す!」
空間を貫いて、サージの魔法がゴーレムの足に直撃した。
それは装甲を完全に破壊するほどではなかったが、間接部分には大きなダメージを与えたようで、巨体が膝を付く。
そこにリアが飛び上がり、全力で斧を振り下ろす。首の部分に刃を突き立てた巨大な斧は、圧力に負けて砕ける。
だがそれで、ゴーレムも動きを止めた。
「ふい~、疲れた」
防御に専念していたカルロスは、一番精神的に疲労していた。
「お疲れ様」
疲労回復の魔法をルルーにかけてもらって、崩れ落ちた巨体を見る。
「けどこれ、どうやって魔石とかコアを採り出すんですか?」
「ん? まあ難しくないだろ」
リアはまた刀を取り出すと、ゴーレムの胸部に切れ目を入れた。
そしてゴーレム自身の使っていた巨大戦棍でその部分を叩くと、装甲が割れて内部が露出する。
そこにあったのは、巨大なゴーレムコアと、魔結晶だった。
「これも魔石じゃなく魔結晶だな。ある程度の強い魔物は、魔結晶を持ってるのか?」
考察するリアだが、迷宮と自然とでは魔石の有無も違うので、すぐさま判断出来ることでないだろう。
「姉ちゃん、一応ゴーレム回収しとくよ。鉄の塊だから、使いようはあるだろうし」
この大きさでもそのままに、サージは収納した。
その日は結局、この階層の主の間で野営をすることになった。
次の階層が今までと勝手の違う、油断のならない魔界であると、オーガキングが言っていたからだ。
金属の床であるにも関わらず、リアはサージに魔法を使わせ、巨大戦棍を叩き込み、浴槽になる窪みを作った。
「風呂は命の洗濯よ」
その夜、階層の守護者は復活しなかった。
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