第19話 悪魔の階層

 その階層は、最初からして異質だった。


 まず、迷宮と言うイメージがない。

 上方の空間は広く、20メートルはあるだろう。白く淡く発光する天井を支えるのは、同じような色の岩の柱。それがぽつぽつと存在し、床面は岩のような荒野となっていた。

 広大な空間である。それが目視できる範囲にあり、壁面もまた白く鈍く光っている。


 柱の隙間には巣のようなものがあり、そこには魔物の姿見えた。また壁際にも魔物が徘徊している。

「ヘルハウンドがいますね…」

 カルロスが忌々しそうに呟く。リアが犬扱いしたとはいえ、2階層のボスが雑魚として存在するのだ。

 勢い良くこちらに襲い掛かってくるが、リアが一睨みしたら急制止して、腹を見せて降参のポーズを取る。

「どれだけ恐れられてるんだよ、姉ちゃん…」

「犬は好きなんだけどな~。動物は飼うのも食べるのも、だいたい好きなんだけど」

「契約魔法で使い魔にすることも出来ますが、ここから出す方法がありませんね」

「残念」


 次に向かってきたのは全身が真っ黒の、額に二本の角がある馬であった。

「バイコーンだね。馬と違って凶暴だよ」

 二頭が向かってきたので、片方をカルロスとギグに任せると、もう一頭とリアは対峙した。

「ふむ、可愛くないな」

 どういう基準なのか、振りぬき様に斬って捨てる。

 もう一頭も危なげなく倒すと。リアはバイコーンの解体を始めた。

「馬肉♪ 馬肉♪」

「ね、姉ちゃん、馬好きなんじゃないの?」

 さすがにドン引きのサージに、リアは朗らかな笑顔を向けた。

「もちろん好きさ。でもこいつは可愛くないから」

 そもそもユニコーンと違い、バイコーンの角には毒がある。明らかに魔物に分類されているものだ。


 結論、バイコーンは美味かった。




 3つ目の部屋の出口で、その日は野営となった。

 リアはまた地面を掘って、即席の風呂を作る。

「それにしても姉ちゃん、土の魔法得意だね」

「サージ、それは違うの。リアはお風呂を作るためだけの魔法を覚えてるの」

「……まあ、人それぞれだよね」


 基本、リアは付与魔法や強化魔法に長けている。あとは、遠距離の敵を倒すための攻撃魔法か。

 刀に任せた脳筋と思われがちだが、色々と身に着けてはいるのである。


 その日も精神的に疲れた魔法使いはたっぷり休ませ、感覚の鋭敏なリアとマールの二人を分けて、警戒をしていた。

 マールの頭を膝に乗せて、その頭の毛並みをなでなでしながらも、リアの感覚は研ぎ澄まされている。

 

(ふむ……)


 何かがこちらを見ている。いや、探っている。

 気配がする。それは、一つではない。

 一つは、明らかな敵意。殺意にまで届いていないのは、まだ距離があるからだろう。

 そしてもう一つは、好奇心。ひたすらこちらに向けられる興味の気配。

 これは1層の終わりごろから感じていたものだ。

(片方は……油断ならんな……)

 敵意には、圧力と言うものが含まれるものだ。このそれは、たいしたことがない。

 しかしもう一つの興味本位の気配は、その底を感じさせない。

 おそらくずっとリアを見ていた。そして、接触はしてこない。

(さてはて、どうしたものか)

 とりあえずは、様子を見るしかないだろう。




 翌日、5層の中心に到達して、リアは片方の気配の主を知った。


「探索者よ、よくぞここまで来た…」


 そいつは、人間の言葉を喋った。


 それは一見獣人にも見えた。だがよく見ると、それを構成するのが、一つの生物ではないと知れる。

 鷲の足、熊の胴体、狼の頭、羊の角、そして蝙蝠の翼。


「姉ちゃん、悪魔だよ。レベル75で魔法も使うから注意して。あと火を吹くよ」

 小声でサージが注意してくる。もちろんリアも、今までとは勝手の違う相手だと気付いている。


 悪魔とは魔族とはまた違った存在だ。

 異世界からなんらかの手段で召喚された、高い知能を持つ者たちを一般に言う。


「昨日からずっとこちらを見ていたな」

「ふむ、我が主が興味を示しておられたのでな。最近の探索者は、なかなか歯ごたえのある者が少ない。我に挑もうというの者は、なかなかいないのだよ」

 それでも探索者の一割近くは5層までは来ているはずなのだが。

「さて、それでは始めようか。期待を裏切らないでくれよ」

 悪魔が体の回りに何本もの火の矢を作り出した。

「ルルー! 防御の魔法を! カルロスは3人を守れ! ギグと私で突っ込む!」

 

 駆け出す。己に向かってきた火の矢を、リアは掌で受け止めた。

 熱耐性。この程度の炎ならば、ちょっと熱い程度で済む。


 ギグに向けた火の矢は、その途中で消失していた。魔力の動きを見るに、おそらくサージの魔法で空間に働きかけたのだろう。

 そして期待通り、防御の薄い三人を、カルロスが鎧と盾で守っている。

 

 もう一度魔法を使う余裕は、悪魔にはなかった。

 急速に接近したリアに、その爪で攻撃をしてくる。だがそれは、全くの無意味であった。

「しゃあっ!」

 リアの革鎧程度なら切り裂く爪だったのだろうが、それを受けることはない。

 居合いで抜き放たれた刀は、悪魔の爪ごとその腕の半ばまでを切り裂いていた。


「おおおおっ!」

 痛みはあるのだろう。そこへギグの戦鎚が振りかぶられる。

 悪魔は後退し、体勢を整えるべく飛び上がった。だがそこへ、またリアの刀が一閃した。


 片足が切断された。悪魔の獣の表情が歪んでいく。


「おのれ貴様ら…」

 台詞の途中で、リアの放った火球が爆発した。

 煙の中から現れる悪魔には、それほどのダメージが通ったようには見えない。やはり物理的な攻撃の方が効果的なのだろう。


 そう思った瞬間だった。


 今までにない魔力の高まりを感じて、思わずリアは振り返った。

 そこには、まるで手を剣のようにして天に向かって構えるサージの姿があった。


「え・く・す・カリバーーーーーっ!」


 そして、振り抜く。


 ほとんど間隙なく、空間が切断されていった。

 わずかに悪魔は体勢を崩していたので、正面から真っ二つとはいかなかったが、片方の翼と腕を切断していた。


 そしてその落下地点に、リアは走りこんでいた。


 悪魔が口を開き、炎を吐く。

 リアは刀の刃に、冷気をまとわせていた。

 炎を切り裂いて、悪魔の頭部を切断した。




 悪魔はその肉体を残すことなく、黒い灰となって消えていった。

 残ったのは、今までにない巨大な魔石――いや、既に高純度の魔結晶となったものだった。


「あ~、疲れた。せっかくのとっておきが、かわされるとは思わなかったよ」

 ぐるぐると腕を回しながらサージがやってきた。リア以外の全員が、驚きの目で少年を見つめていた。

「まだ何か奥の手があるとは思っていたが、まさかあんな威力があるとはな」

「う~ん、接近戦では使えないし、ちょっと溜めが必要だから、奥の手と言うには厳しいんだけどね」

 悪魔がリアにばかり注意を向けていたので上手くいった、とサージは胸を張った。

「だが気をつけろよ。当たったら、私でも死ぬかもしれない」

 こつん、とリアはサージの頭を叩いた。

 空間ごと切断するという時空魔法だが、魔力でもって魔法を構成しているからには、強力な魔法の抵抗力を持つ敵には威力が減衰する。しかしそれでも、今のサージの魔法は強大な威力を持っていた。


「さて、と。これで次は6層か」

「あの、お嬢、ここで一度戻りませんか?」

 控えめながらカルロスが意見を出してきた。

 愛剣が折れてしまって、盾もかなりのダメージを負っている。予備の盾が欲しいというのがその理由だった。

「あたしも賛成です。これから先の階層はもっと敵が強くなるはずですから、情報を手に入れるべきかと」

 カルロスよりもさらに控えめに、マールが言った。

「あ~、それならおいらも、杖が欲しいな。これから先は、少しでも魔力の消費を避けたいし」

「回復用の魔法薬も、もう少し仕入れておきたいですね」

 魔法使い二人もそう言った。


 ギグだけは反対しなかったが、特に賛成というわけでもない、姉御に全て任せる、というスタイルのようだ。

 リア自身にはまだまだ余裕があったが、ここであえて強行することの必然性もなかった。

「まあ、まだ行ける、は、もう危ない、とも言うしな。それじゃあ帰るか」


 かくして、探索者たちの最初の冒険は終わった。

 帰還して後、また騒動が起きるのだが、それはまた先の話である。

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