チャンスボールはダイレクトで!

 雀宮先輩のアンダーハンドパスはそのまま俺の方へと飛んできた。


「小鳥遊!」


 大川はそう叫んで俺にレシーブするように指示をした。

 俺は声だけでは大川のいる位置が正確には分からなかったので、大川をきちんと目で確認しようとした。

 それは貴重なチャンスボールというのを無駄にせず、高松か俺の強打で攻撃を終わらせたいという考えからだった。


 だけどそれは俺に意外な事をもたらした。いや、俺だけではなく、この体育館にいた誰にとってでも意外な事だろう。


 大川の正確な位置を確認した俺は、そのまま目線をあげた。

 そうすると、俺の目には黄色に碧のラインが3本入ったボールが映りこんでくる。レシーブまでにはまだ余裕がありそうだ。

 そしてボールの後ろには当然ながら味方と……相手チームが見えていた。


 レシーブをした直後。それも主要メンバーが大勢を崩している状態でだ。

 俺にはそれが『隙』だとしか思えなかった。もちろん客観的に見てもそうなのだろうが……


 いきなりだが、バレボールというのはしばしば守りの球技だと言われる。

 それはバレーのルールとして『地面にボールを落とされたほうが得点を取られる』というものがあるからだ。

 サッカーや野球とは違って、点を取ることで勝ちに近づくというわけではなく、相手に点を落とさせることで勝ちに近づくといったところはバレーくらいにしかない特徴なのではないだろうか。


 まあ、何が言いたいのかって言うと……

 単純な話。相手の状態がある今この瞬間にスパイクを打ちこめたら誰がとれるのだろうと話。

 もちろん答えは誰でもなく、『取ることができない』だ。


「大川、すまん!」


 正直言って俺が今からやろうとしているプレーは、チーム競技であるバレーボールの『繋ぎ』を否定することになるし、チャンスボールはレシーブでセッターに返して、きちんとした攻撃をするというのが普通なのさえも否定する。


 だけど俺は「やってみせたい」と思ってしまう。

 かなり難しいプレーでもあるし、失敗した時のリスクは計り知れない。


 失敗してまたリードを取られようとも、どんなに責められようとも……


——ここで逃げるわけにはいかない!



 俺は短いながらも助走を取った。

 たった1歩の助走。

 だけど自分に合ったシューズと、温まった体に、この体育館に響きまわる声援さえあれば事足りる。


 助走を取ったらそのままジャンプをした。既に俺の頭はネットを越えている。

 俺は今後衛なので、もちろんセンターラインよりも後ろからだ。だけど体はネットに限りなく近づいているし、それはボールだって同じだ。


 俺はスパイクのフォームで頭の横側につけていた右手をギリギリまで溜めると、思いのまま飛んできたボールに叩きつけた。

 

『ダイレクト!?』


 そんな声がしてきた。

 トスをしようとポジションに着いていた大川のものなのだろうか? それとも相手のレシーバーたちなのか。

 それは俺にも分からなかった。もしかしたらバレー経験のある人の全員の声なのかもしれない。

 だけどそんなことはどうだっていい。


 俺の自分勝手ともいえるダイレクトスパイクがちゃんと得点になったのかどうか。

 俺は着地をしながら相手コートを見る。

 そうするとボールが床に始める音が聞こえた。目で確認すれば、虎町先輩と渡辺先輩の二大セッターともいえる二人がボールに飛び込んだが届かなかったのか床にうつ伏せになっている。


「よしっ!」


 俺は思わずガッツポーズをして喜んだ。

 チームメイトでさえだました不意の攻撃。それが決まれば気持ちよくなるに決まっている。


「小鳥遊……お前マジかよ」

「本当にそうだな。何であの状況からあそこまでの強打が打てるんだ……」


 やっぱりというか何というか……

 チームメイトである大川と高松でさえ呆れた様子を見せている。

 それもそうだ。何度も言うが、普通なら綺麗にレシーブを返して多彩な攻撃で責める所なのだから。


 そんなチームメイトとは打って変わって2階からは再び白熱した声が聞こえてくる。

 ボールはかなりのスピードで飛んでいった。そんな強打を見れば騒ぐのは誰でも同じこと。


 ともあれ、これで2-Cのマッチポイント。しかし、得点は1点差。

 次で点を取られれば、もう一度デュースにもつれ込んでしまう。


 最後の最後まで油断は出来なさそうだな……

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