サーブは勢いで!

 俺は過去一と言ってもいいくらいに緊張していた。

 この体育館にいるのはこの学校の生徒ほぼ全員と言っても過言ではないだろうからだ。


「先輩、頑張ってくださーい!」


 そして、俺が緊張している理由はもう一つ。

 この学校の三大美女の1人に数えられている琴乃葉に応援されているということだ。そのこと自体に問題があるわけではないが、俺が気にしているのは琴乃葉がどうして俺を応援しているのかを気にして視線を向けてくる他の生徒だ。


(理由はあれだけど、中学で初めての公式戦よりも緊張しているかもしれないな……)


 昔を慈しむかのように呑気にそう考えていた俺とは違い、審判をしている女子生徒は俺を急かすかのようにホイッスルを鳴らしてきた。


「小鳥遊やったれ!」


 コート内からは1セットを取られているというのにも限らず、今まで通りで俺に声を掛ける高松の声が聞こえてくる。

 バレーチームのエースとしては十分すぎるくらいだ。

 俺はそんな高松の様子もあって、どうにか冷静になることができた。

 ここからは頭を使って良くべきだろう。



(ふぅ……)


 深呼吸して頭に酸素を送り込む。

 そうしてみると、相手コートの様子が今更ながら良く見えてきた。


 相手のポジションはS1。分かりやすく言えば俺と同じ位置にセッターの渡辺先輩。

 1セット目をやってみて分かっている限り、相手チームの中では一番の攻撃力を誇るローテーション。

 相手はレシーブからと確定していたので、このローテーションを選択したのだろう。

 そうとなれば、その攻撃力を指令するセッターを狙うしかない。

 そうやってセッターが狙われているというのも、流石は元バレー部が主体のチームと言ったところか、渡辺先輩寄りに虎町先輩が寄っていて、レシーブの構えを見せている。


 本当ならどうにか渡辺先輩にレシーブをさせるか、トスを上げるのを何とか妨害するかだ。

 だけど……渡辺先輩も虎町先輩もレシーブはとてつもないほどに上手だ。そして、バレー部ではリベロをやっていたらしい虎町先輩も今はミドルブロッカーだ。

 センターラインを越えてのトスだってしても問題はない。

 そうすると2人を狙ったところで、結局は雀宮先輩にスパイクを打たれてしまう。

 それが俺や大川、高松でなくバレー経験の少ない他の3人に向って打たれたら1点目は落とすことになるだろう。


(それなら狙う場所はただひとつか。っていうか次のプレーなんて考えずに点取っちゃえばいいんだ♪)


 一瞬別の誰かの思考が伝わったかのようになってしまったが、俺の考えたことは正しいんだと思う。

 だって渡辺先輩にも虎町先輩にもボールに関わらせなければ点を取られるどころか、俺のサービスエースとなるのだから。


「よしっ。軽くサービスエースでも取るか!」


「小鳥遊も言うようになったな。先輩たちが怒ってるぞー」

「まあ、小鳥遊があそこまでできるなら、ワンチャンスどころかヒャクチャンスくらいはあるんじゃね?」

「高松、分かりにくい。黙ってて」

「おす」


 そう言葉を交わすバレー部の2人。

 俺はそれを横目にサーブトスをあげた。


——あの時より少し高めに


 練習自体はあまり出来ていなかったとはいえ運動はしていたし、体だって成長している。

 そうとなればジャンプ力が上がっているのは当然。つまり、高い位置からサーブを打てるというのも必然。


 俺は高く上がったサーブトスに向って助走を始めた。


 1歩目。

 最初は大きめの1歩。1歩だけで次の助走の流れを作る。


 2歩目と3歩目。

 さっきよりは少し小さめに歩幅を調整する。ここだけでスピードに完全にのる。


 4歩目。

 今までで作ったスピードを完全に殺す。

 そういえば聞こえは悪いけど、スピードを殺すという表現意外に何があるというのだろうか。

 『スピードを殺す』ことで溜まったエネルギーは上へのジャンプで使い切る。


 そして跳躍。

 高く舞い上がることでバランスを崩さないように体幹をフルに使う。

 それと一緒に背筋を使って背中を後ろ側に曲げる。

その時には左手は体よりも前に置く。右手は力を抜いて顔の横に置くように曲げる。


 そして最後に打つだけ。

 右手を思いっきりスイングする。その時、ボールに回転がかかるように手首をスナップさせる。

 それと同時に先程、背筋を使って体を後ろ側に回した。ギリギリまで貯めていた力を一気に開放するように反動を作る。


「オラァッ!」


 とにかく俺の持っている技術を全てつぎ込んで、ボールを打った。

 そうして飛んでいったサーブにはありえないほどの回転がかかって相手コートへ飛んでいった。

 そして着弾。渡辺先輩はおろか、虎町先輩も反応することはできなかった。

 ボールは体育館の硬い床に当たって、そのまま2階へと飛んでいった。


「「……小鳥遊。マジかよ……」」


「ねえ…… 今ボール見えた?」

「見えるわけないでしょ!」

「だ、だよね……」


「先輩、ナイスキー!」


 俺のサーブに驚いたり、呆れたりする中。

 琴乃葉は隣にいる亜紀と夢と一緒に純粋に喜んでいた。

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