琴葉は恋したようで!
私が中学校、そしてマネージャーとして男子バレー部に入部してから数か月。
私は同級生はもちろん、彩乃先輩をはじめとした2,3年生の先輩とも良好な関係を築き上げている。
そして今日は今年初めての公式戦。
選手として出場する人たちには程よい緊張が流れている。
そして私を含めた試合に出場しないメンバーは、体育館の2階席から応援をするそうな。
だけど試合が始まるまでは私のようなマネージャーには仕事があるらしい。とは言っても、ドリンクを用意したり、ユニフォームを渡したり、などと言ったこの数カ月で慣れたものなので困ることは無い。……と思いたい。
「琴葉ちゃーん! ドリンク準備しよ!」
「はーい! 今行きます!」
私を呼んだのは『櫻島学園』と学校名の入ったジャージを着ている彩乃先輩。もちろん私もバレー部の一員として同じジャージを着ている。
そして私は他の学校の選手の合間を縫って彩乃先輩の元へとたどり着く。
……そしてその間、他の学校の生徒に何度も見られて噂もされた。
自分が注目を浴びる容姿をしているのは知っている。だけど私はその視線に慣れることができない。
……ふぅ。それも気にしては居られない。
だってこれから試合に出る人たちがいるんだから。マネージャーがちゃんとしないでどうするんだと。
そう思って私は仕事にとりかかった。もちろん1本だけはただの水だ。
「よし……いくか……」
試合に出る選手たちはコートへと向かっていった。
その表情は見ているだけの、いや見ていることだけしかできないからこそ気迫を感じることができる。
「それじゃあ……2階に上がることにしましょうか」
「さんせーい♪」
「分かりました」
選手もいなくなって、静かになったマネージャーの3人。
3年生である梨花先輩はマネージャーとして、コートの外に居られるので、この場にはいない。
2年生以下しかいなくなったこの場で話を切り出したのは夏樹先輩だった。
夏樹先輩は静かに仕事をしている様子を見ることが多いので、このように話を率先して切り出すのは珍しいことだ。
「琴葉ちゃんもドキドキしているんだね?」
「そ、そうですね……」
「まー、大丈夫っしょ♪」
「そう言って油断するのもどうかと思うけど…… でも琴葉ちゃんも今日は安心していいからね。私たちのバレー部、強いから。」
私は有無を言わせない夏樹先輩の様子に思わずたじろいでしまった。そして彩乃先輩も「そうだねー♪」なんて言っている。
そこには私たちのバレー部が強いということを確信している2人の2年生の姿があった。
そして公式練習も終え、ついに試合が始まる。
サーブは相手チームかららしい。
相手チームの中でも比較的大柄な選手はボールを持ってコートのラインより後ろに立つ。
「ここでちゃんと取ってよね……」
そう言って念を送るように願うのは彩乃先輩。
普段のお茶らけた雰囲気を一蹴させて、真面目な顔で試合を見ている。手にはノートを持っていて、ミスをしたときなどは課題点を書き記して残しておくらしい。
ちなみに、夏樹先輩はビデオカメラを片手に試合の記録をしている。
私に与えられた仕事は、取り敢えず最初の試合を見て雰囲気を知って、だそうだ。
それもあって私はバレー部員の1,2年生と共に応援に加わっていた。
それからホイッスルの音が鳴った。
相手にサーバーはボールを片手で投げると、助走をしてジャンプした。
そして空中でボールを打った。
その時の音は私が妹のクラブで見ていたり聞いていたものとは大きく違っていた。
もちろん弾速も比べ物にならない。
だけど私は数カ月の間でこれよりも強いサーブを打つ人を何人も知った。
だから驚いていないとまでは言えないが、大して驚愕するような事でもなかった。
「小鳥遊、レセプション!」
レセプションというのはサーブレシーブの事を言うらしい。
サーブは大抵セッターやエースのようなチームに大きな影響を与える人に打たれるらしい。
そして小鳥遊先輩は飛んでくるボールの前へと一瞬で入ると両腕を前へと突き出してレシーブをした。
そしてそのボールはコートのライト側へと飛んでいった。
「翔、最初から何をやってんのよ~」
隣ではもどかしそうに唸る彩乃先輩。
それだそうしてかと言うと、レシーブの次にボールに触るべき人、つまりセッターとは真逆の方向へと飛んでいったからだ。
小鳥遊先輩のポジションはオポジット。そしてその対角線上のポジションはセッター。つまり小鳥遊先輩はセッターとは真逆の方向へとレシーブをしてしまったということだ。
もちろん狙って不利になるようなことをするわけがない。言ってしまえば小鳥遊先輩のミス。相手のサーブが強いことを考えれば妥当かも知れないけど、いつもの小鳥遊先輩なら確実にセッターへと返していた。
こうしてこの年の公式戦は幕を開けた。
それからは最初のミスを振り切ったかのように得点を連発していく小鳥遊先輩。なわけが無かった。
いつもは幼馴染であるらしい彩乃先輩とは真逆に『クール』と言える小鳥遊先輩。だけど今日に関してはその落ち着きをなくしていた。
実際に彩乃先輩のほかに私たちのチームの1,2年生からも心配する声。
他の席を見れば失敗ばかりの小鳥遊先輩をバカにするかのような声も聞こえてくる。
「あー! もう! 見てらんない!」
「ちょ、ちょっと!?」
1セット目を取られてか、落ち着いては居られなくなった彩乃先輩。何かをしようと思ったのか席を立つ。
それにはさすがの夏樹先輩も驚いた声を出す。
そして彩乃先輩が何かをコートに向って叫ぼうとした瞬間。
「……知っている? うちの2年が緊張のあまりまともに仕事してないらしいぞ? ホンットにダサいよな~」
「……本当にすいませんでした」
「本当だよ。なんでそんなに緊張しているんだよ。そんなお前の姿にむしろ俺らがビビるわ……」
そんな声がセッターをしていた先輩から聞こえてきた。
それは彩乃先輩も同様だったのか、言おうとしていたことを何とか飲みこんだ。
そして続けてこうも聞こえた。
——信じているからな
本当は2階席にまでは聞こえないであろう声量。
だけどそれはどうしてか私の耳にノイズもなく入ってきた。
「信じている」
たったそれだけを言うのにどれほどの勇気がいるのか。
1個下の後輩にこの言葉を掛けるというのは先輩からしても中々に勇気のいる言葉なのではないだろうか。
「チームってこういうことなんですね……」
「そうかもね」
私は自分でも気が付かぬ間に彩乃先輩に共感を求めていた。
2セット目からの小鳥遊先輩は驚くくらいにプレーが変わっていた。
むしろ1セット目では中身が違かったと言われるほうが信じられるレベルに。
今の得点は1-0
最初はセッターの先輩のサービスエース。
次はどうなるのかそれはこの試合を見ている人全員が共通して気になっていることだろう。
「1点取るぞー!」
コートからはセッターの先輩の掛け声。
私を含めた2階から見守っている面々はそれに合わせてこういう。
『サクラ魂、見せつけろ!』
そんな返し文句と同時にボールは飛んでいった。
当然のようにスパイクサーブが飛んでいったのだが、相手選手も負けじとレシーブをした。
それから相手チームも上手くボールを繋いでいってスパイクを打ってきた。
そしてスパイクは私たちも綺麗にレシーブすることができた。
かなり高めに挙げられたレシーブ。セッターの先輩も余裕をもってボールの下に入ることができた。
『トスください!!』
その声はコートの後ろ側から聞こえた。
前衛の選手が普通は居られない位置にいた小鳥遊先輩はそう叫んだ。
『ホント、生意気な後輩だな!』
楽しそうにトスを上げるセッターの先輩。そんなボールに向かって助走をする小鳥遊先輩の姿。その顔はどちらも笑っていた。
『ッラァ!』
声にもならない音を喉から出してその勢いと一緒にスパイクを打ち付ける小鳥遊先輩。
小鳥遊先輩の打点はかなり高かった。
それはこちらが余裕をもってトスを上げられたのと同じようにブロックをすることができた相手チームの壁の高さを余裕で超えるほどだった。
ボールは相手の手先。そのかなり先を越えて誰もいない相手コートの中心へと叩きつけられる。
まるで銃声が鳴ったかのような大音量。それに続くのも、この市営体育館に響く感性の大音量。
その間も私は小鳥遊先輩を見ていた。
長い滞空時間を終えて、地面へと翼が生えているかのようにゆっくりと降りてくる先輩。
周りには3年生のチームメイトが駆け寄る。
それから先輩は腕を大きく振り上げてこう言った。
——俺がこのチームのエースになってやる!
3年生さえも押しのけて、普通はエースがとるポジションを取ったことからの自信ゆえの傲慢ともとれる宣言。
だけど私には、小鳥遊先輩の宣言は『決意』と取れた。
そして気が付けば私の目には先輩しか映っていなかった。
これが私が見た先輩の最初の試合。
そして私が恋に落ちた瞬間だったのかもしれない。
ずっと先輩を追いかけてきた。それは先輩のことが好きだから。
だから。だからこそ、もう一回先輩には『エース』なってほしい。
先輩、私はずっとそう思ってきたんですよ?
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