渡辺啓介はコートの上で!
「ヤバッ!」
1セット目の間は一度も冷静さを欠けることが無かった渡辺先輩からこの試合で始めて戸惑いを見せる声が出た。
それは俺が打ったサーブに対するもので、サーバとしてはかなり嬉しいことだ。
もちろんチームの戦略的にも相手のセッターがトスを上げられない状態を作ったことで、攻撃力を下げさせることができるという点でかなり良い事だったりもする。
しかしそこまでも考える必要はなかったようで、1セット目で俺が最後にサーブを打った時のように弾いてとんでいくことも無かった。
それなら何が起こったのか?
簡単な話である。
俺のサーブは渡辺先輩の腕にじかに当たった。当たったのだが、それはレシーブされることもなく渡辺先輩を巻き込んで体育館の床へと叩きつけられた。
「イタッ!」
その声と共に渡辺先輩は床に寝ころんだままになる。
それが長く続いたので、相手のチームメイトはもちろん、俺たちまで心配することとなった。
しかし大して心配することもなかったようで、渡辺先輩は両腕を伸ばした。
「ホントに悔しいなー でも負けたくないのは僕もだし。何よりも僕だってリベンジをしたい!」
そう言って渡辺先輩は足を天井に向けて伸ばした後、それを戻す時の反動を使って起き上がった。
そして俺の方へと近づいてきてこう言った。
「僕も本気だから」
「分かってます」
本気だから、というたった5文字の短い言葉。
そこには中学生だった時の彼にとって最後の大会から積み上げてきた3年間分のすべてが詰まっているように感じた。
努力、という言葉だけでは言い表すことのできない熱意の籠った目。その目をみても彼がクレバーだということは誰も分からないだろう。
だけどそれほどまでに彼はいま、興奮しているということだろう。
それならば俺がすべきことはただ一つ。
——本気で勝負に臨むこと。それだけだ。
——渡辺side——
僕は弱い。本当に弱いんだ。
時々、その事が本当に嫌になる。自分は攻撃にしても無駄なんだと、そう思わらせるのは味方であるチームメイトだったりする。
最高到達点は高校最後の歳になった今でも300センチを越えないし、身長だってバレー部3年生のアタッカーでは唯一の170センチ台。
正直に言ってこの才能の無さが情けなくなるし、それを思い知らしめてくる仲間も恨めしい。
それでも1人ではないということを教えてくれるのは恨めしいはずの仲間だし、彼らのおかげで僕はセッターとして活躍の場をもらえている。
そんな仲間、特にスズと出会ったのは僕とスズが小学生だったころだ。
「……おまえ、なにしてんの?」
僕にそう言ってきたのはスズだった。
その時は僕はスズと話したこともなく、同じ学年に人気のある子がいるなぁー、と思っていたくらいであった。
当時のスズは今とは違って茶髪に染めることもなく、チャラさの欠片もなかった。それでも周りに人が多くいたというのは今も変わらない人望なのだろう。
他に今と変わらないことと言えば、僕が何度も羨ましく思った身長だろう。
小学6年生にして、その身長は160センチ程だった。それもスズが学年の中で目立っていた理由の一つなのかもしれない。
どうしてあの時にスズが小学生ながら1人で過ごしていた僕に話しかけていたのか。それが分かったのはスズに半ば無理やりに遊びに誘われた時だった。
その時は鬼ごっこやゲームと言った小学生らしい遊びをしていた。
そんなある日。僕はスズに騙された。遊びに、と言われて待ち合わせに行った先に居たのはスズの1人だけだった。
「じゃあ行くか!」
どうすれば良いのか分からなかった僕はスズに言われるがままついていった。
それからスズと行った場所は市民体育館。
そしてその場所こそが僕が初めてバレーをしたところだった。
なぜスズが僕を? という疑問はあった。それで後になって聞いてみたら「何となく」という呆気ない回答が来た時には大口を開けてしまったものだ。
そんなことから僕はスズに連れられて行った市民体育館で行われていた小学生バレーを始めて、見事にはまった結果。中学受験もバレー重視で考えた結果、スズと同じ駿南学園に入って全国大会に行くまでになっていた。
そしてその決勝戦の場で僕とスズは小鳥遊君に負けた。
それならば、今日こそは勝ってやろう。と、思うのも当たり前のことだ。
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