喧騒の体育館で!

 あれは既に3年も前のことになっていると思うと、自分でも驚いてしまう。

 あの時、俺は改めて先輩の代わりにオポジットというチームのエースとなれるポジションを大切に思ったものだ。


「なあ小鳥遊。お前ってさ、エースって何だと思う?」


 先輩は俺にそう問いかけてきたのを、今も鮮明に覚えている。

 それは俺がまだ中学2年生であった、全国大会の決勝。その大一番の勝負の直前だった。

 その先輩は春頃に大怪我をして泣く泣く俺にエースの立場を譲ったという人だ。

 そんな前エースに俺がなんと答えたのかまでは覚えていない。

 しかし、俺の答えは間違っていたということなのだろう。


「小鳥遊、俺はな。……チームメイトがエースの引き立てだというのなら……」


——エースはチームの引き立て役だと。そう思っている。


 当時の理解できなかった先輩の考え。

 それを俺が理解するには、そのご先輩達が引退してからキャプテンとして、エースとして1年間の間、チームを引っ張っていくまでは分からなかった。


 本当にあの先輩達には敵わないと。いまも俺はそう思う。




「レシーブしたら直ぐにスパイクですよ! 分かっていますよね、先輩!?」


 俺はそんな叫び声に思わず笑ってしまう。

 ボールを力一杯大川に向けてレシーブすると俺は目で琴乃葉の姿を探す。そして琴乃葉の姿を見つけるとアイコンタクトでこう伝えた。


『そんなの分かってる。だから黙って見ておけよ!』と。


 俺は琴乃葉とアイコンタクトを取った後に、すぐさま両手と体を使って体育館の床を滑る。

 そして俺は腹一杯に使って声をあげた。


「俺にトスをあげろ! とにかく高く!」

「え!? わ、分かった!」


 大川はレシーブをしてから体勢を完全に整えていない俺がスパイクを打てるかを疑ったようだが、俺のレシーブを見て本気を出すというのに気が付いたようだ。

 そして大川は思い切ったようなトスを上げる。それは今までの高松にあげていたトスと比べても明らかに高いことが誰でも分かるだろう。そうは言っても、丁寧なトスであるというのも確かだ。

 そして俺は大川のトスに向って走り始めていた。


(クソッ! シューズが走りにくい)


 弘法筆を選ばず。ということわざがあるのは確かだ。しかし、道具によって選手のパフォーマンスが変わるというのも確か。

 こういうときに慣れているバレーシューズがないというのは俺にとって大きな問題となった。

 だけど今はそんなのは関係ない。

 今の俺にできるのは、このチームの、2-Cnoエースたる高松の助けとなるようにもスパイクを打ち切ること。


「オラァアッ!」


 俺は高松がスパイクを打つ時のように声に出してスパイクを打った。

 そうして俺が飛ばしたスパイクは今まで手を抜いていた時とは比べつかないほどのスピードと回転を有したまま虎町先輩の腕へと飛んでいった。


「舐めんじゃねぇよっ!」


 そう言って虎町先輩は俺のスパイクを正面に捉えてレシーブの体制をとる。

 しかし俺のボールは腕に当たったところで力が吸収されることもなく弾け飛んでいった。


「クソがっ!」

「虎町さーん? 本性が出てきていますよ!」

「うるせぇ渡辺! お前でも今のスパイクは取れてなかったわ! ホントに何で今さらあんな奴がいるんだよ!」


「小鳥遊、完全に目をつけられたな!」

「小鳥遊ってバレー経験者だったの? しかも俺よりスパイク強いし。 ……あれ? 俺のアイデンティティは?」


 相手のコートでは虎町先輩が煽っている渡辺先輩に対してキレていて、こちらのコートでは俺を見て笑う大川と寂寥感を漂わす高松。

 誰が何と言おうが『カオス』そのものである。


 そして、それはコート上に限った話ではないようだ。


「ねぇねぇ!? 今の見たよね!? 小鳥遊って、あんなにすごい奴だったっけ!?」

「噓でしょっ!? だって、だって今高松よりもジャンプ高かったよ!?」

「っていうか、あの先輩ってレシーブがめちゃくちゃ上手なんじゃないの!? それなのに、ボールがポーン!って行ったんだけど!?」

「あとさ、1年の琴乃葉さんが凄い声かけていたけど、2人ってどんな関係なの?」

「あ! それなら私も知ってるかもしれないよ! 2人って良く一緒に話して居たりご飯食べているらしいよ! これって付き合っているってことだよね!? そういうことにしよっか!」

「ま、マジで!? この学校の三大美少女があんなパッとしない奴のものに!? そんなのお父さん許しません!」

「ちょ、アンタ落ち着きなよ! 変なこと言っているからね!?」


 この通り、カオスである。体育館全体から聞こえてくるのは俺のプレーに対する印章や、琴乃葉との関係を疑うもの。そして良く分からん奴が数名。

 何がヤバいって、サッカーの決勝も終わったらしく、この学校の生徒の多くがいたということ。

 だけどそんな中でも1人、いや4人が落ち着いてその様子を見ていた。

 琴乃葉と亜紀と夢、千秋の4人だ。その中で琴乃葉からは心から喜んでくれているかのような。そんな笑顔が飛んできた。


 それはさておき、試合が再開するにはもう少しの時間が必要になりそうだ。

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