あの声は体育館で!

 決勝戦が始まって1セットが終わりかけている頃。

 俺達2-Cは窮地に立たされていた。

 1セット目の得点は24-17。俺たちは相手である3-Fに圧倒されていた。

 キャプテンを務める大川も苦虫を嚙み潰したような表情を先程からずっとしている。そんな大川も苦しむような状況で、不運にも次のサーブは雀宮先輩だ。

 ローテーションでは俺は左前にいて、直接サーブを受けることは無い。

 とは言っても、この1セットで雀宮先輩のサーブやスパイクの威力の恐ろしさは嫌というほど見てきた。さすが元エースと言われるだけはあるか。

 そんな攻撃力に俺たちがほんろうされたのはもちろん、相手の防御力も恐ろしい。

 コートにボールを落としさえしなければ負けることは無いと言われるバレーボールにおいて、実際にそれができてしまいそうな特徴もある。

もちろんそれを支えているのは、バレー部の前リベロの虎町先輩と元セッターでボールの扱いには誰よりも慣れているであろう渡辺先輩の貢献が大きいことは言うまでもないだろう。


「オッケー! ラスト行くぞー!」


 そう叫ぶのは雀宮先輩。それに同調するように相手チームの先輩や2階から見ている多くの3年生は大盛り上がりを見せる。


「これは……負けたくないな」


 大川はそんな体育館の様子を静観してそういった。

 それはもちろん俺も同じなのだが、正直に言ってこのチームの得点頭が高松であることは変わりがない。

 たとえ俺が本気を出すとしても、高松のサーブを決めやすくするというスタンスが変わることは絶対にないだろう。


「小鳥遊、次トスあげるかもだから」


 俺がそう考えていたら、大川は俺の浅はかな考えを否定するかのように言ってきた。

 俺がわざとらしく嫌な顔を大川にすると大川は俺と同じようにわざとらしく肩をすくめた。ここだけ切り取れば洋ドラを見ているようだな。


「オラッ!!」


 雀宮先輩は高松の掛け声に似たものを発しながらサーブを打ってきた。

 そのサーブは大川。セッターである大川にレシーブさせればトスを上げる人がいなくなるので、次の攻撃を難しくさせるという魂胆だろう。

 大川は雀宮先輩の強力なサーブを受けてもなお冷静にそれをレシーブした。そしてレシーブされたボールは綺麗に俺へと返ってきた。え、俺に?

 大川と俺はボールが俺の手に収まるまでの一瞬で目を合わせた。「トスじゃなかったわ。レシーブだった」とでも言っているのだろうか。

 ここまで隠してきて今さら綺麗なトスを上げるというのは中々に躊躇する。

 俺は逡巡した後、ある一策を思いついた。


「……高松、ブロードな」


 ブロードとは普通のスパイクのようにジャンプをしてスパイク攻撃をするというものだ。そうは言っても、上に向ってジャンプするのではなく、横に向ってジャンプするというものだ。


「え? ……はあぁ!?」


 高松は俺の無茶ぶりにも何とか答えながらも、トスを打ち切った。

 こうすれば、バレーに詳しくない人は俺がトスを失敗したように見えるだろう。もちろん、そのような隠蔽を俺がしたのだとしても、ちゃんと点を取れるようなトスは上げたつもりだ。

 しかし、そんな俺のトスを打った高松のスパイクは虎町先輩の手によって涼しくレシーブされてしまった。


「クッソ!」


 高松は思わず悪態をついた。しかし点が決まらなかったことは一旦忘れたのか、すぐさまブロックに入りに行く。もちろん俺もそれには追従する。


 やがて雀宮先輩がスパイクを打ちに助走を入ってくるのが見えた。


(他はどうなんだ!?)


 俺は少し慌てながらも冷静さを保ちながら相手のコートを俯瞰する。

 そんな俺に見えたのは雀宮先輩と同じようにスパイクの助走に入ってくる1人だけ。だけど、そんな1人は明らかにスパイクを打てるような技術は持ち合わせていない様子だった。

 そうすると、スパイクを打てるのは雀宮先輩。一応渡辺先輩のツーアタックも考えてはみたが、相手にとっては圧倒的に有利なこの状況でツーアタックをするとは思えない。それは、この1セットでのプレースタイルからも確証している。


「雀宮先輩だ!」


 現在のブロックを支持するのは高松。さすが現役のバレー部と言ったところか、その判断には迷いはなかった。もしくは一番の脅威となる存在を先に潰しておいたのか……

 それから俺と野球部に所属しているらしい1人のチームメイトは高松の「いっせっせーのっの!」という分かりにくい掛け声をかけてブロックの支持をした。マジで分かりにくいんだよ高松……

 そんなことを俺は思いながらも3人でブロックに跳んだ。しかし、バレー部の元エースのスパイクの高さには素人である野球部員には敵わないようで、1人だけ少なくなったブロックの壁に生まれたスキを突かれてしまった。


「ワンタッチだ! 続いているぞ!」


 後ろからは大川の声掛けが飛んでくる。そして続けざまにこうも指示が飛んできた。


「小鳥遊! 繋いでくれ!」


 大川の叫び声にも近い支持が気になりボールが飛んでいったほうを見てみた。

 すると確かにボールは高く飛んでいる。そうは言っても床に着くまでにはあと少し。

 そして、ここで点を落とせばセットは取られてしまう。

 しかし、ここで俺の本気を出してしまって良いのかと俺は考えてしまう。それがきっかけで俺の過去を知られてしまうというのは一番ありえない。


 俺はボールを捕りに行くかどうかで迷ってしまう。たった一瞬の時間。それは永遠のようにも感じられる。

 諦めてしまおう。と、そう考えてしまった時だった。


「先輩! 勝手に諦めんなー! ですよ!」


 2階の。俺の後ろ側からは中学校の時から聞きなれた声がした。その声はいつも通りの丁寧さを一瞬忘れたかのようだった。

 なんだか新鮮な話し方だな。と俺は下らないことを考えながら、足を必死に動かしていた。

 そして、ボールが視線の前に来ると思い切ってジャンプした。そして地面と体を平行にしたまま両手を前に突き出す。

 初心者だった一生徒がいきなり本格的なプレーを始めたのだ。体育館は当然のように騒がしくなるのが感じ取れた。

 だけどその騒ぎの中にも俺は一つの声だけは明確に聞き取れていた。


「レシーブしたら直ぐにスパイクですよ! 分かっていますよね、先輩!?」


 それは俺がバレーから逃げてから、ずっと俺が待ち望んでいた言葉だった。

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