俺は体育館の隅っこで!
「ラスト高松!」
大川のトスを高松がスパイクに変えた。
ありえないほどの速さで相手コートへと叩きつけられたボールはラインギリギリで入り、僕たちのクラスの点となった。
「試合終了です!」
審判をしていた女子生徒の誘導で俺たちは礼をして試合を終えた。
「これで次は決勝か! ちょっと相手見てくる!」
高松は試合が終わった直後だというのに、走って決勝相手を見に行く。
「……なんで高松ってあんな元気なの?」
「俺も聞きたいくらいだわ」
俺の率直な疑問に答えるのは大川。
そんな話をしている間に高松はトーナメントの掲示を見終えたらしく、走って戻ってくる。
「決勝の相手、3-Cだってよ!」
「ということは、雀宮先輩、渡辺先輩、虎町先輩が相手か…… オールスターズだな。勝てる気がしない」
大川は俺の方をガン見しながら言ってきた。その表情はかなり引きつっている。
話を聞いてみたところ、大川は『オールスターズ』と言っているように、名前があがった3人全員が元バレー部の主要メンバーらしい。
ポジションは順番にウィングスパイカー、セッター、リベロだそうだ。
その話を聞いてメンバー全員がゲッソリとした顔をした後大川は、「決勝はここで集合な」とだけ言って解散した。
男子の決勝の前に琴乃葉が出る女子の決勝があるらしく時間が空くようだ。
かなり疲れていたので少しとは言え時間が空くだけでかなり精神的に余裕を持てる。
「……みんな行ったな」
結局他のメンバーは2階で女子の決勝を見に行くことにしたらしい。
この場に残ったのは俺と大川。大川って俺より出番多くない?
「小鳥遊には悪いけど、次の試合勝てる気がしない」
「? あっそう」
「……? もう少し悔しがるのかと思った」
「どうしてそう思うんだよ。別に試合が負けたからって何かがあるわけではないし」
「『試合には負けたくないですね。だってできるならばバレーは続けたいですし』」
……? どこかで聞いたことあるセリフだな……
「これ2年前の小鳥遊のインタビューな」
「やめれ! 今になったら本当に恥ずかしいからやめてくれ!」
大川が言ってきたのは俺が2年前の全中の決勝前のインタビューで答えたセリフだ。
動画とかでもそうだけど、自分で自分を見るのってなんか恥ずかしいよなっていうあの現象を俺は直に感じている。ちなみに鏡で自分を見るとブサイクに見えるのも似たような現象だ。……と思う。
「まぁ、小鳥遊をイジメるのはこのくらいしておいて……」
「お前な…… そういうのは男がやってもウザいだけで終わるからな」
「ハハハ、悪かったって。それよりもさ、本当にこのままでいいのか? バレーができる折角の機会なんだろ」
大川は俺にそのような問いかけをしてきた。
その答えは……正直俺にも分からない。
誰かに妬まれて、裏切らてまで俺はバレーをしようとも思わないし。好きなバレーでそんなことになるくらいなら俺はバレーをプレーする側には戻ろうとも思わない。
思わない。とそう自分の答えを納得させようとしてきたはずだ。
だけど、今の俺には大川のそんな一言が俺の心のどこかに刺さった気がした。
「俺から見てだけどさ、試合の時の小鳥遊ってめちゃくちゃ楽しそうだったぞ」
大川そうとだけ言って去っていった。
俺はそんな後姿を見ながら、今の言葉を頭の中で反芻していた。
そうしていると、次々に頭に何かが浮かんできた。
俺はそうして今でもランニングを続けているのだろうか?
ただの体力作り? 違うだろ、バレーを諦めきれなかったからだ。
俺はどうして、わざわざボールを買ったんだろうか?
遊びたかったからではない。心のどこかでバレーをしたいと、そう思っていたからだ。
俺はどうしてこの高校に入ったんだっけ?
ただ単に遠くの町に来たかったからか?
そんなわけがない。少しでも強豪のバレー部に入れる機会と祐樹が欲しかったからだ。
俺は公園でどうして子供たちのバレーを教えているんだろうか?
何かの報酬を求めて嫌々やっていたのか? そんなわけがない。俺はアイツらにバレーの楽しさを知ってほしかっただけなんだ。
俺はどうして今でも琴乃葉と関わりを持っているのだろうか?
琴乃葉が付きまとってくるから?
そんなわけがないだろ。俺はあいつの優しさに甘えていた。そんな俺だというのに琴乃葉は俺を見守り続けてきた。
それは……あの時のバレーを忘れたくなかったからだ……
——ホントに俺って諦め悪いんだな。
体育館では今の琴乃葉がスパイクを決めて仲間と笑い合っている。
本当に俺はさっきまであんな風に笑えていたのだろうか?
今まで自分をだましてバレーから逃げてきた。そんな俺の事をバレーは許してくれるのだろうか。
俺はあのコートに立つ資格は本当にあるのだろうか?
そんな取り留めのない考えが次から次へと湧いてくる。
だけど、俺はいま決心してやった。
——もう一度。もう一度真剣にあのコートに立つと。
——だから、誰でもいい。俺の背中を押してくれないだろうか?
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