俺の先輩はゲスいようで!
ピーーーッ
体育館に次々とホイッスルの音が鳴る。それは我らが2-C対2-Bの試合が行われるCコートにおいても同じことが言えた。
「高松、お前にだけは決めさせねぇからな!」
赤色のゼッケンを着ている相手チームの中で唯一青色のゼッケンを着ている小柄な生徒は高松に対してそう言った。
その生徒はどうやらバレー部のリベロであるそうだ。つまり、その生徒はバレー部の守備の要だということだ。
それとは逆にバレー部で正オポジットをしている高松は攻撃の要だということだ。そう考えれば、この試合ではバレー部の最強の盾と最強の矛のぶつかり合いであることだ。そうとなれば2人の熱も高くなって当然だ。
現に高松も相手のリベロに対してメラメラと瞳を燃やしている。
ちなみにこちらのチームのゼッケンは青色で初心者も多いということでリベロも入れていない。
それから俺たちはそれぞれポジションに着いた。そしてもう一度ホイッスルがな、鳴る…… 鳴るはずなんだけど……
そう思って審判を見てみると、半泣きになりながらホイッスルを鳴らそうとしている1年生らしき女子生徒の姿が。
「ふーっ、ふーっ」と鳴らそうとする女子生徒の姿に、先ほどまでは闘志に燃えていた高松もほんわかとし始めた。
それからしばらくしてもならない様子が続いたので、普段から練習で使っているため慣れているのだろう、琴乃葉が2階から降りてきて女子生徒の代わりにホイッスルを鳴らした。
それからは、ホイッスルを鳴らすことのできなかった女子生徒は手持無沙汰となり琴乃葉の後ろにいて、胸の前に手先を合わせて立っていた。それでもまだ瞳が濡れているようで、隙をみて琴乃葉が頭をなでて慰めている。
そんな様子を見ている内にも、琴乃葉のホイッスルを合図に打たれた相手のサーブが飛んできた。
「小鳥遊!」
大川の指示で俺は、セッターである大川の方へ飛んでいくようにレシーブをした。
「ナイスレシーブ! 高松、取り敢えず最初の1本頼んだぞ!」
「オラァッ!」
高松の掛け声とともに、ボールからはスパーンと小気味の良いミート音が鳴った。
ボールはそのまま相手コートへと落ちて、そのまま俺らのクラスのポイントとなった。
「おっしゃー! 決めたぞ!」
あからさまに喜ぶ高松。確かに最初の1点は大事だけど喜びすぎないか……?
「高松! 俺がいないところ狙っときながらイキってるんじゃねぇぞ!」
「そうだぞ高松。調子乗るならトスは上げないからな!」
「そうですよ高松先輩。ファウルとりますよ」
「……みんな酷くない……?」
俺が思ったことは他のメンバーも同じだったようで、相手リベロ、大川、琴乃葉がそれぞれ文句を言う。そうとは言っても、既に親しいこともあってかキツイ物言いではあるが和やかな雰囲気でも感じられる。
そんな様子に俺は懐かしさと孤独感を感じた。
「まぁ、取り敢えずサーブ権は2-Cに移ったのでボール渡してくださーい」
琴乃葉に言われた通り、2-Bの生徒はボールをこちらのコートに投げてきた。
「……次のサーブ俺じゃんか」
俺がボールを受け取ったのを確認したのをみた琴乃葉はホイッスルを鳴らし、鳴らさないじゃん……
俺が不思議に思って琴乃葉を見ると、琴乃葉は口パクで何かを伝えてきた。
(ちゃ・ん・と・や・れ、か…… 見なかったことにしよ)
——ピーッ!
琴乃葉の鳴らすホイッスルが俺の耳に聞こえてきた。
(いーち、にぃー、さーん、よーん、ごぉー、ろーく、なーな……)
俺は7秒数えて2週間で練習した体のフローターサーブを打った。その8秒間の間に「アイツ無表情すぎてキモくない?」なんて声が2階から聞こえてくるけど、俺は気にしないことにした。
ちなみにどうして俺が8秒間ギリギリまで使っていたのかと言うと、バレーのサーブで使って良い時間は8秒までだ。その8秒は審判の采配によるというのが面倒くさいのだが、今日は琴乃葉が審判をしていたので慣れていたおかげもあってか、落ち着いてギリギリまで時間を使うことができた。
そういえばこれも先輩に教えられたことだったな。
「小鳥遊、意地の悪いこと教えてやろうか?」
「……聞きたくなくなる言い方をしないでくださいよ」
「まぁ、聞けって。お前の苦手なサーブも少しは有利になるぞ」
「……お願いします」
それから先輩は当時の俺でも当たり前に知っていたことを改めて説明した。
「あのな、サーブに使って良い時間は8秒間もあるんだ。その時間何をしようが俺たちの自由だ。腕立てをしようとも、腹筋をしようとも、背筋をしようとも、プロテインを飲もうとも」
「どうしてそこで脳筋な例えを持ってくるんですか…… あと絶対できないでしょう……」
「まぁ、とにかく俺が教えたいのは、試合当日、まさに今日からでも実践できることだ」
先輩はそれから説明を始めてくれた。
——8秒の時間はサーバーからすれば短く感じるだろ。でもレシーバーからすれば長く感じるんだ。
——それなら、それをフルに利用してやれ。8秒間で相手を揺さぶっている間はこっちは8秒を使ってリラックスするんだ。
「そんなことをするのはセット初めの方だけ。セットが終わりに近づくにつれて、サーブまでの時間は減らしていけ」
「そうすればサーブの主導権は完全にお前のものだ。セットが負けそうなときにそれまでは短かったサーブまでの時間が短くなればどうなると思うか?」
「……慌てる?」
「そういうことだな」
俺はそんな話を先輩と試合直前にしていた。それも相手チームが目の前にいるというのに。
そんなのでは意味がないのではと思いながらも半信半疑で実践してみたところ、それまでは良いとは言えなかった俺のサーブの効果は変わっていった。
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