後輩女子はお家で!
「ふぅ……」
俺は左手と体を使ってボールを抱えながら深呼吸をする。今思えば、このサーブ前のルーティンもいつの間にか始めていた。
「ねぇねぇコトハン。私絶対に無理そうな気がしてきたもん! 抜けていいかな!?」
相手コートを見て見れば、何やら騒いでいる夢の姿。俺はそっと琴乃葉の方を見てみると、腕で大きく『〇』を作られた。
「おぉー! タカチャン先輩、やっちまえー!」
(なんかそれ、さっきも聞いたな……)
俺はそうも思いながら思い切ってサーブトスを上げた。サーブトスを上げたと言っても、ここはなれない砂の上。少しだけチキってしまったが仕方のない事だろう。
それから何とかジャンプをしてサーブを打った。
「ひぃ! 私無理だって!」
「ちょっと、夢ちゃん!? 逃げないでよ!」
「逃げるも何も、これは仕方のないことだと思います! でもコトハンが怖いので頑張る!」
俺がサーブを打つと、何やら夢は騒いでいたらしいが、それは琴乃葉に一蹴されて終わった。
夢はサーブが入りにくいネット側にコソコソと移動した。それから「よっしゃ、とるぞ!」といった。それでも顔は先ほどまでと比べて綻んでいるように見える。ちゃっかりしてんなぁ……
俺が打ったサーブはそんな夢の上を通り越して琴乃葉の方へと向かった。
「そ、れぇ!」
琴乃葉はそんな掛け声とともに、サーブレシーブをした。しかし琴乃葉の手首に当たったボールは弾け飛んで琴乃葉の後ろ側へと飛んでいった。
「取れなかったですね…… すいません、ボール取ってきます!」
「なんで一発目で触れちゃうんだよ……」
「あーあ。タカチャン先輩涙目―」
「……うっせ」
それからボールを捕りに行った琴乃葉が戻ってくると、そこには夢が近づいて何やら騒いでいる。それから俺たちの方へと目を向けた。
「2人は2人でどうかしたんですか?」
「タカチャン先輩がね、なんでコトハンがサーブに触れるんだよって悔しがっていたー」
「あぁ、そんなことですか」
「そ、そんなことって言わなくていいじゃん」
「……はぁ。あのですね先輩。私が何年先輩の練習を見てきたと思っているんですか? 先輩のサーブはそれでいやというほど見ましたし、触ることができてもおかしくはないですよ」
「たったの2年で……たったの2年で追いつかれてしまった……しかもマネージャーに」
「コトハン―? どうすんのこれー?」
俺が呆然としていると、琴乃葉はネット近くで亜紀と話し始めた。
「タカチャン先輩― コトハンから伝言ねー ナヨナヨし続けたら、先輩のボールは引き裂く、だってー」
「……サーブするからボールくれ」
「なんという変わり身の早さ―」
俺は琴乃葉から投げられたボールを受け取って、サーブの準備を始めた。
先ほどまではあんな姿を見せていた。だからといって琴乃葉が手を抜くなんてことは無いから本気でいくべきだろう。さっきも本気だったはずなんだけどな……
「さぁ、先輩! かかってきてください!」
琴乃葉の声を聞いて、サーブレシーブの準備が整ったことを知る。俺はボールを受け取ってから瞑ってた目を開けると、トスを先ほどよりも高く上げた。そしてそのままサーブを打った。
「届かないです!」
かなりのスピードを有して俺の打ったサーブは相手コートへと叩きつけられるが如く、落ちていった。
「次こそは取りますから!」
それからも俺と琴乃葉の熾烈な争いは続いていった。
「それじゃあ、2人ともありがとな。久しぶりに楽しめたよ」
「前の練習会で興奮して熱出した人が何言っているんですか」
「それは言わないお約束。まぁ、とにかくじゃあな!」
「あ、バイバイですー」
俺は手を振る亜紀と夢に見送られて、本来の目的であったランニングの続きへと行くのであった。
「ねぇーユメッチ」
「ん? 何かなアキチン?」
「私たち必要なかったよねー」
「そうだね。でもコトハンの女の子の顔は始めて見たよ」
「そうだねー これからも監視、もとい観察が必要そうだよねー」
「結構家まで近づいてきましたね!」
「そうだな。でも一応言っておくけどお前の家じゃなくて俺の家だからな?」
「つまり私の家ということですね」
「どうゆう理屈だよ」
それから俺たちは走り終えて家に戻ってきたところだった。
「俺、シャワー浴びるつもりなんだけど、琴乃葉も使うか」
「そうさせていただきますね。どっちが先に入りますか?」
「俺はどっちでもいいぞ。特に何もなかったら俺が先に入らせてもらうけど」
「……一緒に入るっていう手もありますけど」
「バカ言え」
俺はそんなことを言い始めた琴乃葉を無視してシャワーへと向かった。
「思ったよりも、砂が足に残っているな……」
「先輩? 大丈夫ですか? 昨日寝込んでいたので少し心配なんですけど……」
「俺は大丈夫だぞー」
だからドアノブにかかっている手を除けてくれ…… それからも何かと理由をつけて琴乃葉は俺に話しかけてくる。
「なぁ琴乃葉。俺さ、体拭きたいんだよねー」
「そうですか…… っあ! 先輩、タオルです!」
琴乃葉は何かを思いついたのかと思えば浴室のドアを開けて、タオルを差し出した。
「……お前何やってんの? こんなことやっている癖に目は瞑っているし…… チキン?」
琴乃葉の様子はどう見ても恥ずかしがる女子そのものだ。タオルを渡してくれたことは嬉しいが、正直に言って出てくれないと落ち着けられないんだけど……
「……出てけ」
「はい……」
それから体をふいた後、俺はリビングへと戻って琴乃葉に風呂を譲った。
琴乃葉は鼻歌を歌いながら浴室へと向かった。
「ちょっと疲れたな……」
俺はそう思ってベッドに寝ころんだ。
(なんかいい匂いがするんだけど……って砂が落ちてんだけど!?)
俺は琴乃葉に後で叱ってやると主ながら軽く砂を払い落とした。それからスマホを取り出してリラックスし始めた時。
「ウソッ!? 先輩、いますか!?」
「いるけどー!?」
「いるなら私のバッグを漁ってください」
「漁る!?」
「そうです! それで中に私のバスグッズの入っている袋があるんで持ってきてください!」
「……俺の使ってるシャンプーがあるだろ!」
「女の子はそうはいかないんですよ! 取り敢えずお願いしますよ!」
俺はこれから琴乃葉のバッグを漁って、言われた通りにバスグッズを探さなければいけないらしい。
なんともまぁ、気の遠くなる話だ。
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