ハプニングは自宅で!

「せんぱーい!? まだですかー!?」


 お風呂場からは呑気な問いかけが聞こえてくる昼下がり。

 俺はピンク色のリュックサックを前にしてどうするべきかと悩んでいた。リュックサックは誰がどう見ても男物ではない。ここが自宅ではなく外とかであったら社会的に終わっていてもおかしくない。

 俺は琴乃葉からバスグッズを探し出すように言われてしまったので、言われた通りにしようかと思っていた。しかし、あることに気が付いてしまった。


(この中に琴乃葉の着替えとかもあるやんけ……)


 なんなんだこのエセ関西弁。本場の人たちが聞いたらキレるぞ……

 しかし、リュックサックの中には実際に着替えが入っていることだろうし、その中には下着のような男の目に触れさせてはいけないものも入っているだろう。


(目を瞑れば問題がない……俺ってば天才か!?)


 思い立ったが吉日。俺は琴乃葉にバスグッズの詳しい特徴を聞くことにした。


「琴乃葉―!? バスグッズの袋ってどんなのだー!?」

「え、えーっと……透明の袋で入っているはずです! あの、チャックで閉められるやつです!」

「分かった! 今持っていくからな!」


 俺は琴乃葉の「はーい」という呑気な声を聞いて、リュックサックの中に手を突っ込んだ。


(透明のやつだから、ツルツルしてるのかな……? っと、これかな?)


 俺はこれかと思った袋のものを取り出した。よく見て見れば確かにバスグッズなようで、シャンプーやらトリートメント。その他諸々のものが入っていた。


 俺はその袋を持ってお風呂場へと向かう。


「琴乃葉、持って来たぞ!」

「あ、はーい。そこのカゴの上に置いといてください!」

「わかっ……っ!?」

「……? どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

「そうですか…… まぁ、とにかくありがとうございます!」


 俺は心の中で琴乃葉に謝りながら、そそくさとリビングへと戻っていた。

 そしてそのままベッドの枕に顔をうずめながら先ほどの光景をわすれようとした。




◇ 琴乃葉 琴葉 ◇


「先輩、様子がおかしかったですけど何かあったんでしょうか…… また無理してないといいんですけど…… まぁいいや。早く髪を洗いますか……」


 私はそう思って、先ほど先輩が置いてくれたであろうバスグッズを取るために浴室から上半身を乗り出しました。それから目についたバスグッズを確認して……先輩はちゃんと持ってきてくれたらしいですね。

 私はそのバスグッズを取って、浴室へといれました。


「……あ、」


 そして私がバスグッズを取った下から出てきたのは、ピンク色のいかにも着心地がいいように見える下着でした……それも結構お気に入りの。


「先輩の家に来るからって気合い入れすぎましたぁ……」


 そんなもの、言ってしまえば勝負下着を先輩に見られたかと思えば、恥ずかしさで身が悶える一方です……


「気を取り直して洗うことにしますか……先輩、あれを見てどう思っているんでしょうか……」


 できる限り、あのことは忘れようとしてはいるのですが、どうしても先輩が今何を思っているのか気になってしまいます。


(少しは恥ずかしがってくれるといいなぁ……)


 私は自分の頬を軽く叩くことで、何とか気を取り直して、体を洗い始めるのでした。って目イタイ! シャンプーが入っちゃいました……




◇ 小鳥遊 翔 ◇


「ワスレロワスレロワスレロワスレロ……」


 ベッドの枕に顔をうずめながら、このような事をブツブツと唱えている怪しい男は誰でしょうか? はい、俺です。

 俺は風呂場で見た琴乃葉の下着を忘れようと躍起になっていた。

 俺にとって琴乃葉はただの後輩。そう思っているというのに、先程の光景が脳裏に焼きついて離れない。


(なんでここまで気になるんだ……)


 琴乃葉が出てきたらどのような反応をするのだろうか。もちろん100パーセント俺が悪いので謝るしかないのだが、許してくれるのだろうか……

 そんなことを思いながら時間を潰そうとしていたのだが、やはりあの光景を忘れるのはできない。


(それにしても琴乃葉って本当にピンクが好きなんだな……って違う! そんなことを考えるな俺!)


 耐えきれなくなった俺はそのまま足をばたつかせて琴乃葉が戻ってくるのを待った。




「せ、先輩? なにをやっているのでしょうか……?」

「こ、琴乃葉!?」

「そりゃあ私以外の人がいるわけないですよ!」

「そ、そうですよね!」

「「アハハハ……」」


 俺と琴乃葉は互いに顔を赤らめて俯かせながら誤魔化し続けた。それから数分はその状態が続いて……


「すいませんでした!!」


 耐えきれなくなった俺は琴乃葉に誠心誠意、土下座を敢行した。


「せ、先輩!? 何やっているんですか!? 悪いのは私の方ですから! 先輩にものを頼んでしまった私自身の責任ですから」

「え? マジで? じゃあ琴乃葉の責任で」

「……やっぱり先輩のせいです。責任取ってください」

「せ、責任ですか……」

「……っ! そういう意味じゃないですから! っていうか変に敬語にならないでくださいよ!」


 俺達はその後も言い合いを続けて、結局どちらとも悪いということになった。それでも家の中には微妙な空気が流れていたことに変わりはなかった。


(琴乃葉いつまでいるんだろうか…… さすがに今日はいたたまれないな……)




 琴乃葉とのハプニングが起こって数時間。その間に俺たちは朝ごはん兼昼ご飯を食べてから学校で出された課題をそれぞれやったり、一緒にゲームをしたりという時間を過ごしていた。

 そうしていたら、家の空気も自然に良くなってきた。


「なんだか先輩そわそわしていますね」

「何で分かったんだ……?」

「先輩の事ですから。と言いたいですけどあそこまで時計をみていたら誰だってわかりますよ。それで何かあるんですか?」

「休日の3時からは公園でガキんちょ共にバレーを教える約束なんだけど……」

「……それ、私も言っていいですか?」

「……? 別にいいけど。何かあるのか?」

「いーえ別にその子供たちに嫉妬しているわけじゃないですよ」

「誰もそんな事言っていないけど」


 渋々といった様子の琴乃葉を説得した俺は琴乃葉を連れて公園へと向かった。


「あーあ。同棲気分を楽しんでいたんですけど……」

「何か言ったか?」

「なんも言っていないですぅ」


 結局琴乃葉は俺に文句でもあるのだろうかブツブツと言いながら公園にまでついてきた。

 それから子供たちと会うといつものように練習を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る