朝チュンは後輩女子で!

 こんなに清々しい朝は久しぶりかもしれない。

 昨日までの風邪がまるで嘘だったかのような体調と、それを祝福するかのような快晴。もう季節は秋だというのに暑ささえ感じる。


「起きるか……これってデジャブ?」


 そう思ったのも束の間。


「……ハァ!? どうしてここに琴乃葉がいるんだよ!?」


 俺は寝ていたベッドに寄りかかったまま寝ていた琴乃葉の姿に思わず叫んでしまう。昨日まではそんなことをすれば、頭に痛みが襲っていたのだが、今日はそんなことはない。なんともまぁ皮肉なことだ……


「むにゃむにゃ……」

「おい! 琴乃葉起きろ!」

「んぅ……? にゃんですかぁ……?」


 俺の声で目は覚ましたがいまだにうとうとしている琴乃葉。普段はしっかりしているか悪ふざけをしているかのどちらかなので、琴乃葉のこのような姿を見るのは新鮮だ。


「せんぱーい? どうしたんですかー? まだ寝ておかないと……」

「いや、俺は治ってるんだけど」

「あーそうですかー とりあえず、今日は学校も休み何でゆっくりしましょうよ」

「……とりあえず言っておくけどさ。ここ俺の家なんだよね」

「そうですね」


 「そうですよね」じゃねぇよ…… まぁ、俺は動き始めるとするか。


「先輩? ランニングに行くんですか? 昨日まで体調悪かったのに? バカなんじゃないですか……?」

「言ってくれるじゃないか」

「まぁ、心配なのでついて行ってあげますよ」

「何様だよ…… っていうかその前に、お前ってまだ制服なんだからな?」

「……えっ!? 私、先輩の家で寝ちゃってたんですか!?」


 琴乃葉は異性の家で一晩を明かしたというこの状況に今さら気が付いたらしい。琴乃葉はベッドの横に転がっていた鞄を持つと走りながら俺の家を出ていった。

 その時の琴乃葉の顔は少し赤くなっているように見えた。


「すぐに来ますのでちょっと待っていてくださーい!」




 琴乃葉に待たされてから1時間ほど。玄関のカギが開く音がした。


「ごめんなさい! 待たせちゃいましたか?」


 俺の家から琴乃葉が居候している家まで歩いて10分ほど。走っていったとはいえ往復10分間もあるうえに、女子だから準備も色々あるのだろう。

 これくらい待たされるのも仕方がないことだと思う。思うのだが……


「琴乃葉? その荷物はなんだ……?」

「お泊りセットです」

「それ必要あるのか?」

「一応ですよ。お泊り用だけじゃなくて、この後の着替えとかも入っていますし。あ、先輩は除いちゃダメですからね!?」

「誰も見ようとはしねぇよ…… それよりも早くいくぞ」


 俺がそう言いながら玄関に向かうと琴乃葉は「はーい」と気の抜けた返事をしながら俺についてくる。


「それじゃあ、行きましょうか!」

「それって俺が言うんじゃないの……?」


 家を出る最後の最後まで緊張感の欠片もなかったが、そのような雰囲気で行くのもいいだろう。

 カギを閉めたのを確認してから俺たちは走り始めた。今日のコースは俺が病み上がりで琴乃葉もついてきているということで短めにしておいた。

 それでも海が見える辺りにまではいくつもりだ。


「いい天気ですね、先輩!」

「そうだな。でも危ないから前向いて走ろうな?」


 テンションが上がっていることもあってか琴乃葉は俺の少し前を走りながら歩いている。

 そのせいもあってか俺の鼻腔には琴乃葉の使っている香水だろうか。普段は嗅ぐことのない匂いが俺の気をおかしくしてしまいそうだ。

 それに琴乃葉のチャームポイントといっても過言でもない、複雑に束ねられているハーフアップの髪はポニーテールになっていて、少しだけのもの寂しさを感じさせるが

それはそれで新鮮に思えて楽しくも思える。


 それから話をしながらランニングをして海辺にまでやってきた。


「いつ見ても綺麗ですねぇ~」


 琴乃葉と俺は海を見ながら走った。そのスピードは正直言って遅い。だけどそれは琴乃葉が俺を気遣ってくれてのことだろう。

 琴乃葉は普段からオシャレに気遣っているだけあって、運動が得意というイメージが付いていない。だけど実際はそうではない。

 琴乃葉は俺の知る限り、昔から何でもできるような人で、学業からスポーツ、人付き合いにその他諸々。どんなに下らないことをさせたとしても一瞬でそれを習得してしまう。

 中学時代で俺がキャプテンを務めていた世代の時なんてレシーブ練習をしていた時なんて琴乃葉がサーブを打つなんていうこともあったほどだ。何がヤバいって、それが男子バレー部だということ。1年生は見事にサービスエース取られていたな……


 そんなことを考えながら海辺を走っているとあるスポーツをやっている集団を見つけた。


「それーっ!」

「私のポイントー!」


「うわぁ……陽キャだ……」

「つい2年前までそうだった人が何を言っているんですか……うわぁ、陽キャですよ……」

「俺たちの年代にとっての2年って大きくないか……陽キャじゃん、反吐が出る……」


 あ、さすがにくどかったか? 俺と琴乃葉がそんな会話をしている間もその『陽キャ』たちは『ビーチバレー』を続けていた。


「なんかイラつく声ですけど楽しそうですね……」

「彼らはバレーのヤバさを知らないから…… 砂の上でやるとか正気じゃないだろ……」

「さすが先輩。バレーも心もインドアか! なんて……ってあれ? ナミちゃんたちだ……」

「なんだ、知り合いか? あの陽キャ共たち」

「知り合いも何も学校の友達です。なんでビーチバレーなんてやっているのかは知りませんですけど」


 琴乃葉は友達に散々な事を言っていたということか…… そんな話をしている時には、俺も琴乃葉も互いに立ち止まってそのプレーを見ていた。

 そして、見つめるようにしていたら彼女らにも気づかれるわけで……


「あれ!? コトハンだーー!!」

「ホントだ! コトハンこっちおいでよ!」


「あ、バレてしまいましたね……」

「行ってやれよ、コトハン」

「先輩はそれで呼ばないでください。というか先輩も連れていきますからね」


 俺は琴乃葉に腕を引っ張られながら、琴乃葉の友田とらしい2人組の元へ向かった。

 なんで2人でバレーやってたんだろう……


「こんなところでコトハンに会うなんて奇遇だね! ところでコトハン、そちらの方は?」


 うわぁ、なんか話し方ムカつくんだけど……


「えっと、この方は2年生の先輩の小鳥遊先輩。それで先輩、この金髪の子は亜紀ちゃんで、黒髪ツインテールの子は夢ちゃんです」

「どーも! コトハンの彼女の亜紀ですー!」

「どうも! コトハンの彼女、その2の夢です!」

「……どうも。今すぐ家に帰りたい小鳥遊です」


 琴乃葉の交友関係ってどうなっているんだろう…… そんなことを思いながら俺は琴乃葉とその友人2人がコソコソと話すのを見ていた。


「……えっと、先輩には言いにくい印ですけど……」


「「小鳥遊先輩には私たちの遊びに付き合ってもらいます!」」


 俺は面倒ごとに巻き込まれたのかもしれない……

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