専属ナースは後輩女子で!
俺は2年前のとあることを夢で見ていた。
2年前に友人に裏切られた記憶。できれば思い出したくはなかった記憶だったが、起こった事である以上仕方がない。
(……い? 起……くだ……。……えてい……か、せ……い?)
だとは言っても、思い出したくはないというのは事実ではある。だからこそこの町に移り住んでいるわけで…… ちなみに悪く言ったら逃げてきた。
「先輩! いったん起きてください!」
「……ッ! あぁ、なんだ琴乃葉か」
「なんだって何ですかー それよりも先輩大丈夫ですか?」
「さっきよりはマシになった。それよりも、琴乃葉が何で来ているんだ?」
「千秋先輩に聞いたんですよ。先輩が今日学校に来てないって」
千秋という初めて聞いた名前に俺は思わず怪訝な顔をしてしまう。
「……千秋先輩は先輩と同じクラスのハズなんですけど……」
「え? なにそれ初耳なんだけど」
「そうですか…… まぁ取り敢えず服を脱いでください!!」
「あぁ、分かった。ってなるかボケェ!!」
この後輩はいきなり何を言い出しているんだ…… 風邪だというのに思わず大声を出してしまったので頭も痛くなってきた。
「あーあ。言わんこっちゃない…… ほらとっとと服を脱いでください。汗もかいているんですから拭かないと」
「『拭く』っていうのを先に言ってくれないか」
俺はおとなしく琴乃葉に従うことにした。
まだ少し重たい体をなんとか動かし服を脱いだ。
「おぉー。すげぇ筋肉」
「語彙力が崩壊しているぞ。っていうかガン見するな」
「あー、はいはい。体拭きたいので先輩は黙っててくださいねー」
琴乃葉はそうとだけ言いベッドに乗っかってきた。それから濡れたタオルを手に取り俺の背中を拭いていく。
「なんか先輩の背筋が衰えているような……」
「お前は元々を知らないだろ」
「え? 知っていますよ。先輩が練習の休憩中に寝てた時とかよく皆で先輩の体いじって遊んでましたし」
「……聞こえなかったことにするわ」
みんなって主に誰だよ…… そんなこと初めて聞いたけどドン引きするしかないんだが。
それからも俺は琴乃葉と言葉を交わしながらなすがままに体を拭いてもらっていた。
「背中は終わりました! じゃあこっち向いてください」
「なんか嫌な気配するんだけど……」
「ジュル……」
「絶対ダメだって! 前は自分でも拭けるからな! って頭イタッ」
「スキありっ、ですよ!」
思わず叫んでしまったことで頭を抑えた俺。そのスキを見逃さなかった琴乃葉はフリーなっていた足を俺の腰に巻き付けるようにして俺の腰へと絡みつけてくる。
「は!? 何やってんの琴乃葉!?」
「いいですから静かにしてください……」
琴乃葉は足はそのままに上半身裸になっている俺へと腕を回して抱きしめてきた。
「こ、琴乃葉さん? 何をしておられるんでしょうか……?」
思わず敬語になってしまうのも仕方がないだろう。
「先輩、うなされていましたよ…… 大方、昔のことを思い出していたんでしょうけど、大丈夫ですから」
琴乃葉は俺の潰そうとでもしているのではないかというほど強く抱きしめてくる。
強く抱きしめられれば抱きしめるほど冷えた体に琴乃葉の体温がしみ込んでくる。
「前も言ったかもしれないです。だけどもう一度だけ言わせてもらいますからね」
——先輩はもう1人にはなりませんから。だって私がいつだって先輩のそばにいますから。
「琴乃葉は優しいな。だけどあの時みたいに巻き込まれるかもしれないんだぞ」
——そんなの知っていますよ。それでも私は先輩の事を支えたいと思っています。
——それに先輩のことは私が守りますから、もう二度とあんなことは起こさせません。
琴乃葉は宣言するかのように俺の背中でささやいた後、腕をほどいて俺の体をまた拭き始めた。
俺は安心してしまったからか、いつの間にか寝ていた。
「先輩、起きてください。ご飯ができましたよ」
俺は琴乃葉のそんな言葉によって起こされた。
ベッドの横には琴乃葉が居て、手には小さな土鍋がある。あんな土鍋俺の家には無かったがそんなことはどうだっていい。だってフィクションだしね。
「普段はあまりいいものを食べていないんですから、風邪の時くらいはマシなもの食べてください」
琴乃葉はそう言いながら土鍋の蓋を開ける。
そこから匂ってきたのは生姜の良い匂い。中身を見てみると卵と生姜をメインとしたおかゆのようだ。
琴乃葉はお椀におかゆを少量盛りつけてそれをスプーンで少し掬った後、俺の口へと運んだ。
普段の俺だったらそれさえも断るんだろうけど、少しだけ体のだるさが残っていた俺はなされるがままに口を開ける。
「おいしい」
「そうですか。ありがとうございます」
おかゆは丁度いい温度になっていると生姜の香りが口いっぱいに広がる。
琴乃葉は俺が咀嚼して落ち着いたのを確認してから次の一口を放り込んだ。
「そういえば、私と先輩が初めて話したときもこんな今次でしたよね。あの時のおかゆは私が作ったわけではないですけど」
俺は口の中におかゆが入っていたままだったので頷いて琴乃葉の言葉に反応する。
「合宿で先輩が熱を出して、ご飯を持っていく仕事は他の先輩に押し付けられた仕事だったんですよ」
「そうしたら、思った以上に先輩が辛そうな顔をしていて。普段のプレーはあんなに力強いのに、こうも守りたくなるような弱さをみせるんだなぁって少し驚きましたよ」
「それからは必要もないのに、今みたいに先輩におかゆを食べさせて看病していたんでしたよね。私はそのあと『遅い!』って怒られちゃいましたけど」
俺はおかゆを食べながらも琴乃葉の話に耳を傾ける。琴乃葉の言っていることは俺がまだ中学2年生だった時のことで、合宿の練習に浮かれた俺が熱を出したときのことだ。
その時に琴乃葉に看病されて以来、俺は何かと琴乃葉に絡まれるようになった。
俺はその後も琴乃葉に延々と話し続けられてながらもおかゆを口へと運ばれ続けた。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした。っと、先輩は歯磨きして寝てください。後片付けはパパっと澄ましておくので」
「分かった。ありがとうな」
俺は気の利く琴乃葉にそう言われて、できる限りの笑顔で感謝を伝えた。
「……っ! 先輩はいっつもそうなんですから 塩対応が続くと思えばいきなり優しくなるし…… そういうのが他の女の子を勘違いさせるのにつながるんですよ!」
もちろん俺は誰かを勘違いさせようだなんて思ったことは無い。
琴乃葉に言ったのはただ単純に普段の分も含めて感謝を伝えなけれないけない。そう思ったからだ。
そのあと俺は、琴乃葉に言われたとおりに歯磨きをしてベッドへと向かい眠りについた。
普段と同じように1人で寝ているはず。そうだというのに、どうしてか1人ではない。そう思うことができた。
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