あのときは夢の中で!

 俺のサーブが決まった後、彰吾は背中を叩きながら話しかけてきた。


「お前ってヤバいな……」

「今さらかよ。なんて言ったって俺はこのチームのキャプテン兼エースだぞ。ここで決めなくてどうすんだ」


 俺は彰吾と軽口を交わして、飛んできたボールを受け取る。

 できれば次の1発でこの試合を終わらせて、この大会——全国日本中学バレーボール選手権大会のチャンピオンを勝ち取りたい。

 だけどそんな簡単に取らせてたまるかよと言わんばかりに相手の眼光は鋭くなる。


(そうだよな。今年こそ俺に勝ちたいと思うよな……)


 相手チームの中でも一番に目を鋭くするセッター——鷹屋 藍。全日本選抜では一緒に練習する仲だ。だけど今はただの敵、それも因縁の。

 俺は藍を睨むように見てから、さっきと同じようにサーブの準備へと向かう。


 もう一度深呼吸をする。目を瞑ればさっきよりも大きくなった会場の熱気と歓声。

 そのすべてを受け止めて俺は主審のホイッスルと同時にサーブトスを上げて、それを打ちこむ。


 ボールはさっきと同じような軌道を描いた。相手はそれに反応を示すことなくコートに落ちると、そう思われた時。


「っしゃおらぁ!」


 相手リベロも負けるかとばかりに飛び込んで俺もサーブをあげた。それは悔しいと思うのを忘れるくらいに綺麗なAパスだった。それは俺だけではないのか隣に立つ彰吾も笑う。そして静かにレシーブを受けようと体制を整える。


 藍は相手リベロがあげたAパスをネットと平行にトスを上げる。それを打とうと入ってきたのは相手のエース。同じ中学生が打ったとは思えないスパイクはまっすぐにコートへと落ちかけた。


「翔っ! 決めろよ!」


 彰吾はボールとコートの間に割って入り、ディグでボールを打ち上げる。

 それはセッターの事を一切考えないレシーブだった。このまま誰も触らなければネットを超えて、相手コートも超えてアウトとなるだろう。


 だけどそんなミスを今の俺たちがするわけない。強烈なスパイクに加えて殴るようにレシーブされたボールは驚異的で入ってきた俺たちのセッターによってトスされる。

 それはネットと並行ではるかに高い位置でのことであった。


 相手はその様子に驚愕したかのようにすぐさまにポジションを整える。


(もう遅い! 俺はもう飛んでいる!)


 彰吾の掛け声でセッターと同時に飛んだ俺は、センターラインからジャンプをしてそのままネットギリギリの位置にまで近づいていた。こんなジャンプ力を持っているなんて普通はありえない。

 それからサーブと同じように腕をしなやかに振るいつける。


「ッラァッ!!」


 音にもならない俺の声を受けたボールは何とか入ってきたブロックの上を越えて、誰にも触られることもなく相手のコートの上に叩きつけられた。


 その瞬間俺は、俺たちは勝った。

 日本で一番強いチームになった。

 それと同時に中学3年間の青春も終わった。


 だけど俺はただただ嬉しく思っていた。「これで引退するのか」と思いながら観客席に目を向ける。そこには来年、いや明日からは主力となるであろう2年生の姿があった。その隣にはどうしてだか俺に付きまとうかのようにサポートしてくれていた琴乃葉もいた。

 琴乃葉も口を開けて笑いながら手を振ってくれている。俺は拳を握りしめて、それを観客席に向けた。

 言葉なんて必要ない。そんな様子を見た応援に来ていた人たちは拍手や歓声で俺たちの優勝を祝ってくれている。それと同時にチームメイトも近づいてきた。




◇小鳥遊 翔◇

 それからはあまり覚えていない。興奮するがまま表彰式に出た。それから帰るためにバスに乗った。落ち着いてきたときには既に、学校へと着いて解散する時だった。

あのときに貰ったトロフィーは今も中学校にかざられているままだろうか。

 優勝旗が今も残っているかどうか、それさえも今となっては知らない。

だけど俺は今この瞬間、こうやって昔の記憶を夢の中だとはいえ思い出していた。


「……起きるか」


 俺は2年前になるというのにあの時の熱気をそのまま思い出していて、頭までポカポカとしていた。

 取り敢えず顔を洗おうか、と思い立ち洗面所に向かおうとしたとき。


(……ヤバッ)


 そうは思ったものベッドから立ち上がったと思われた俺はそのまま床に倒れこんでいた。床に柔らかいカーペットが敷かれていたことは不幸中の幸いだったな……


 どうしてこうなったのかが分からない俺は無性にムシャクシャして頭を掻きむしった。

 その時に触れた額は自分でも分かるくらいには熱くなっていた。


(風邪、ひいたのか……)




 風邪をひいた俺は学校を休むことにして病院へと向かった。

 病院は混んでもいなかったので診察も時間がかかることもなく、処方箋を受け取って薬局で薬を貰った。


「バレーが楽しかったからって普通風邪ひくか……? 小学生でもありえないだろ……」


 ちなみに担任の先生に休むことを伝えた時は声を出して笑われた。あの野郎、絶対に許さないからな。復帰したらなんかしてやる。

 ベッドの上で横になりながら俺はできもしないことを考えながら時間が過ぎるのを待っていた。

 別に誰かが来てくれるというわけではないが、体調の悪い時にさみしく思ってしまうからこその行動だろう。


(もう寝とこう……)


 これ以上ナーバスな事を考えたくもない俺は目を瞑って布団を被った。

 さすがにもう一度夢を見ることもないからゆっくりと眠れるだろう。そう思っていた俺の考えは甘かった。




◇ 夢の中で ◇


『全日本中学選抜メンバー解任のお知らせ』


   「なんでお前なんかがいるんだよ!」


 「小鳥遊君って最低」


      「先輩のうわさってマジなんですか?」


   『中学日本一のバレー部員がイジメ』


「小鳥遊君、お願いだから本当のことを言って?」


 『アイツ、ゴミ過ぎない?』

        『マジでそれなー』

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