後輩女子は俺の家で!
午後の授業を終えて俺は誰かと言葉を通わすこともなく1人家に帰った。
誰もいない賃貸の玄関を開けると、そこには靴が3足あるだけ。
去年の誕生日に琴乃葉から宅急便を通してまで送られてきた普段使いのスニーカー。そしてランニングシューズに袋に入ったバレーシューズ。
そんなシューズたちを一瞥して俺は部屋の中に入る。制服を脱いで、代わりにスポーツウェアを身に着ける。
これから向かうのは体力づくりのランニングだ。確かに俺はバレーをするのが好きではなくなった。だけど16年間続けてきた習慣は簡単には変えることができなくて、ランニングやバレーの基礎動作の練習は今でも続けている。
スポーツウェアに着替え終えた俺は家に出る。それから玄関に置かれたランニングシューズに足を入れる。
使い始めて3年目になるそのシューズはサイズ的にきつくはなっているが、丁寧に使っていたこともあって綺麗な状態が保たれている。思えば、このランニングシューズも琴乃葉が一緒に選んでくれたものだった。
「よし……行くか!」
俺は意気揚々と家から出る。
その瞬間風が吹いてきた。さすがに秋の夕方にもなると風も冷たくなっていた。
「ジャージ、着るか……」
流石にこの風の中、服のような半そで半ズボンの姿で外に行くのは自殺行為だっただろう。
ジャージを着てから俺は意気揚々と外に出た。
それから10分程もすれば海が見えてきた。海にそこまで近づけば今まで吹いていた風とは別に海風を感じられるようになってきた。
それから俺は海沿いを30分ほどランニングしてからまた10分ほどの時間をかけて家にまで戻った。
家に着いてからは玄関の棚の中に入れていたボールを持って近くの公園で基本動作の練習を始めた。
アンダーキャッチにオーバーキャッチ。それが終われば公園に置かれているバスケットゴールを狙ってセットアップの練習。
ここまででかなりの量に達しているが、元々は攻撃ばっかりしていた俺は満足することができなく、『1人アタック』を始めた。
『1人アタック』とは高く上げたボールをレシーブして、そのボールを前に向けてセットアップする。そしてそのセットアップされたボールを思いっきり叩きつける!
それを数本続けて今日の練習は終わった。
ふと周りに意識を向けると拍手の声が聞こえてきた。その拍手の元は公園に子供を連れて来ていたお母さま方だった。なにこれ恥ずかしい。
そしてそんなお母さま方が連れて来ていた5,6歳くらいの子供が俺の周りに群がっていた。
「お兄ちゃん! 今日もバレーおしえて!」
「わたしもわたしも!」
それから俺は子供たち5人のコーチとなって、バレーについて教えた。これは1年間近く続いていることで、夏休みにもなれば3時間近く続くこともあった。こうやって俺みたいなバレー中毒者は生まれていくのか……
「お兄ちゃーん! ばいばーい!」
「じゃあなー!」
俺は子供たちとそのお母さんに別れを告げて家に帰った。そして明日も子供たちのコーチ役をすることになった。ヤッタネ。
「今日も1日楽しかったぜー!」
俺は1人でそんなことを言いながら家のカギを開けようとし、した? あれ? カギが開いてんだけど……
俺はそんな状況に呆然としながら突っ立っていた。そうしていたら、家の中からドタドタと音が聞こえてきた。
「あっ! 先輩、お帰りです」
「……琴乃葉がなんでいるの?」
「そりゃ決まってるじゃないですか。先輩のだらしない生活を正すためですよ」
……普通そんなことの為だけに勝手に家の中に入るか? というより、俺が聞きたいことはそうでは無くて。
「お前さ、どうやって家に入ったの?」
「そんな分かりきっていることを……いいですか先輩? ここに私のキーホルダーがあります」
「そうだな。……それで?」
「この中の1個には先輩の家のカギがあります」
「返しなさい」
「イヤです」
俺と琴乃葉はそれからカギの取り合いをすることになって騒ぐことになった。その途中で俺の家がアパートということもあって、隣の部屋から壁を叩かれたが、今は苦情よりもカギを取り返すことのほうが大事だろう。あとで誤りには行くけどね?
「琴乃葉。俺がキレると怖いことは知っているよな?」
「先輩。私がキレると怖いことは知っていますよね? それも先輩がビビるくらいには」
琴乃葉は俺の顔を指さしながら煽るようにそう言ってくる。
……キレるわ
それから10分後。俺たちは強く吐息をしながら互いに見つめ合っていた。その場面だけを見られたら勘違いされるとこ間違いなしだろう。
だけど実際はそんな色気づいたものではない。俺は琴乃葉からカギを奪い返すべく頑張った。ちなみに結果は……負けた。なんなのこの子。バリバリ運動している俺に力で勝つとか。
「って! こんなことをしに私は来たんじゃないですよ! そう! 私は先輩のあの不規則な生活を正すために来たんです!」
「お前もついさっきまで忘れてたよな……」
「んなことどうでも良いんです! 先輩、あれはどういうことですか!?」
琴乃葉が『あの』というのは俺が今朝も食べたコンビニ弁当やインスタント麺の残骸だ。もちろん虫とかが湧かないように洗ってはいる。じゃあ何が悪いねん。
「バレーに関してはあんなに意識高いのに、どうしてそれにつながる食生活はあんなにだらしないんですか!?」
「コンビニ弁当だって美味いじゃん! インスタント麺だって美味いじゃん!」
「そういう問題じゃないですよ!」
俺はそれから延々と琴乃葉の説教を聞くことになった。その説教は至極当然のことで何も言い返すことができなかったとだけは言っておこう。
「それでですね、大川先輩の調子がすこぶる良くて!」
説教を終えた琴乃葉は当然のように俺の部屋の床に座り込み、今日あったことを楽しげに伝えてくる。それは授業のように普段の生活のことではなく、部活の出来事が中心だ。
琴乃葉も俺の興味がバレーに向くようにと考えてくれているのだろう。
「あとは……千秋先輩が今日も可愛いは優しいで最高でしたよ! 先輩も同じクラスなら1回は話してみればいいのに……」
「なぁ、琴乃葉。楽しそうに話してくれている所悪いんだけど、時間も遅いし今日はもう帰れ」
「っあ。もうこんな時間になっていたんですか……今日の所は帰りますね」
「まるで、また来るかのような言い方だな」
「実際にそうですし」
「お前な…… まぁいい。送っていくわ」
「いいですよ。先輩にこれ以上迷惑を掛けるわけにもいかないですし」
それから琴乃葉は玄関でスニーカーを履いて、「お休みなさい」とだけ言い残して家から出ていった。ちなみにカギを掛けたのは琴乃葉のほうだ。
さて、晩御飯でも食うか……もちろんインスタント麺だけど。
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