昔話はベンチの上で!

「「いただきます!!」」


 その言葉で同時に箸を動かし始めた俺と琴乃葉は弁当箱の中から迷うことなく1口目の食材を選んだ。

 それは弁当の食材人気第1位の唐揚げだ。(俺調べ)

 琴乃葉の作った唐揚げは冷凍食品などではなく、下味から全て作られたもので、味付けも食べるまでの時間を考慮してか少し濃い目になっている。


「ふふーん♪ 美味しいですか? 先輩好みの味付けにしたつもりなんですけど……?」

「やべぇ、めっちゃ美味いんだけど」

「それは良かったです!」


 味の感想はしつつも、それを除けば会話一つもなく俺たちは箸を動かし続けた。

 だけどそれは悪い意味で会話が無かったわけではなく、弁当をただただ楽しんでいただけだったからこその沈黙だった。




 それからしばらくして俺は弁当をすべて食べ終わった。琴乃葉は俺のよりは寮だ少なくなっているようで、途中からニコニコしながら俺が弁当を食べるのを見ていたので、なんだかいたたまれなくなった。


「……ごちそうさま。美味しかった」

「それは良かったです! 良かったらデザートもあるので食べてくださいね」

「え、マジで言っているの? お前天才かよ」


 琴乃葉はベント王が入っていた小さなバッグから2つの小さめのカップとスプーンを取り出した。

 そのカップの中は濃厚なカスタードの黄色が多くを占めており、一番上にはカラメルソースがかかっている。

 こんな拙い説明でも分かる通り、そのカップの中に入っているのはプリンだ。それも弁当と同じようにすべてが手作りだ。


「先輩と一緒に過ごすのも今年で3年目ですからね。先輩の好みは500%は把握していると言っても過言ではないですよ!」

「それはさすがに過言だと思うけどなぁ……まぁ、とにかくありがとうな。美味しくいただくよ」


 俺はそれから琴乃葉から受け取ったプリンを食べ始めた。

濃厚なカスタードの味の中にカラメルソースのほんの少しの苦みが丁度いいくらいにマッチしていていた。


「やべぇ、くっそ美味い……」

「そりゃそうですよ。この私が先輩の為だけに作ったんですから!」


 俺は琴乃葉に「ソーデスネ」といつも通りに塩対応で返そうと思ったのだが、それはある出来事が発覚したことで一蹴される。


「……っ! いつの間に俺は食い終わったんだ!?」

「アハハ……何だったら私の分も食べますか?」

「いいのか!? ……いや作ってもらってそこまでしてもらう訳には……」

「餌付けされておいて今さらそんな事言いますか……」

「餌付け言うな」


 俺が突っ込むのと同時に琴乃葉は中身が余っている方のカップを差し出し首を傾げた。きっと「これ食べますか?」という意味だろう。俺は首を横に振ってそれを断った。いや、流石にね……


「じゃあいただきますよっと…… う~ん、おいしい!」


 琴乃葉が美味しそうにプリンを食べるのを見守りながらゆっくりと時間を過ごしていたら、体育館の中から人の声が聞こえ始めた。

 しばらくしたらボールが手の平に当たる音がする。その音は銃撃音に似たようなものがあるだろう。銃撃音なんてドラマとかでしか聞いたことないけど。


「うーん…… 微妙なミート音」

「先輩のに比べたら大半の人はそうなりますよ……」


 体育館は現在、男子バレー部の練習場所として使われており、今はサーブ練習の最中と言ったところだろう。


「短い時間でやるなら放課後の練習で集中すればいいのに……」

「そう考える奴はバレー部にもいるだろうな。それで、そんなバレー部のマネージャーさん。いつも聞いているけどお前は練習に行かなくて良いのか?」

「昼蓮は自由参加ですので」


 琴乃葉は顔の横でピースサインをして清々しくそう言った。それから真面目な顔をしてこうも続けた。


「先輩は本当にいいんですか? 今入ったとしても、先輩の実力なら活躍しまくりなのに……」

「確かに俺が入ったら、この学校のバレー部は余裕で全国レベルまで行くだろうな」

「『それも優勝狙えるくらいには』ですよね?」

「あぁ、そうだ。だけど仮にそうなったとしても、それはチームの実力ではなく俺の実力みたいになるからな」


 琴乃葉は俺がそう説明しても納得がいかないようで頬をプクーと膨らませた。

 取り敢えず琴乃葉の頬を押してみると、プシューと言う音を出しながら徐々にすぼんでいく。琴乃葉の頬がすぼみきったのを確認してから俺は説明を始める。


「前にも言ったことあるかもしれないけど…… 俺はさ、バレーが大好きなんだよ。それも『超』をつけても足りないくらいに。物心ついた時にはボールに触れていたし、6歳の誕生にはプレゼントとしてクラブに入れてもらうくらいに。なんなら中学だってバレーのことだけを考えて入った」

「はい……その話は前も一度聞きました」


 琴乃葉は先ほどよりも更に真面目な顔をして話を聞き続けてくれる。


「そんで、中学では全国に行って代表にも選ばれた。それも一選手としてではなく、キャプテンとして、エースとして、中学とはいえ日本の大砲として。そこまでのレベルに達したとしても俺は練習をやめなかった。というよりかは止められなかったのかな……」


 ここまでは俺の記憶の中でもバレーが特に楽しかったころの話だ。俺はバカ正直にバレーに熱を注ぎ、1日の大半をバレーに費やしていた。

 そんな生活をしていたら中学生の日本代表としてキャプテンにもなっていた。


 だけど、そんな俺を巻き込んである事件が起きた。


「あの事件。琴乃葉も覚えているよな……? あれが起こってからはさ、周りの視線は厳しいし、俺が何を言っても大人は信じてくれなかった。それは先生や監督、コーチもだ。そんなことが起こってからはバレーをするのが辛く感じるようになったんだ。ボールに触れれば触れるほど辛さは増していく。だから俺はバレーをやめたんだ。ずっと応援してくれていた琴乃葉には申し訳ないけどさ……」


——俺はもうバレーなんてやらない


 そう言ったら、それまでは真剣な顔をして聞いてくれていた琴乃葉は俺と同じように辛そうな顔をした。

 まるで太陽が雲に隠れたように。

 それから聞こえてくるのは、俺や琴乃葉の声ではなくバレー部の使ってくる体育館から聞こえてくるボールのミート音や掛け声だけ。


 欠けることの無く通っていた体育館はこんなにも近くにあるのに、俺にはどうも遠くにあるように感じた。

 チャイムが鳴ると俺たちはハッと意識を戻し、「また明日」とだけ言葉を交わしてそれぞれの教室へと戻っていった。

 教室に戻る途中でみたバレー部員たちの笑う顔は俺の心をひどく締め付けて、眩しかった。

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