第25話

 一週間後――。


「おーい。まだかー」


 輝臣が玄関のドアの外から呼びかけた。


『もうちょっとー』


 中からは花椿の返事が聞こえる。


「マジか……どれだけ待たせるんだよ」


「嫌だねぇ、せっかちな男は」


 ぼやいている輝臣の背中から声がかかった。


 振り返るとそこには文子の姿があった。


 彼女をよじ登るようにして環がじゃれついている。


「おばあちゃんわかってる。てるくんはせっかち。たまきもよくはやくっていわれる」


「そりゃ可哀そうにね、環。だからいつまで経っても童貞なんだよ」


「ど、どどど、童貞違うわ!」


 違わないが見栄を張って否定する輝臣。


 大きく息をついてから続ける。


「てか、ばばぁ。やってくれたな。こういうことはもっと早く言えよな」


「それじゃあつまらないだろ、クソガキ。人生にはサプライズが必要なもんさ」


「あんたなぁ……。一体どこまで関わってるんだ?」


「さぁてね」


 文子が口角上げ不敵な笑みをつくる。


「お待たせ」


 そのとき、玄関のドアが開いた。


「おせーよツバキ。遅刻するぞ」


「ごめんなさい。でも、こういうのは最初が大事でしょ」


 花椿が上機嫌に微笑む。


「んで、どんな感じだ?」


「もうばっちり。ほら、見せてあげなさいよシャノン」


 名前を呼ばれ玄関からもうひとり、


「お、お待たせいたしました……」


 緊張した面持ちのシャノンが出てくる。


 彼女は輝臣たちと同じ高校の制服姿だった。


 そう、今日からシャノンも高校に通うことになっているのだ。


 輝臣が文子から昨日聞かされた話によると、どうやらシャノンがここを初めて訪れる前から諸々の手続きを文子と巴でしていたらしい。


 先ほど輝臣が文子に言っていたのはこのことだった。


 つまり輝臣がシャノンを受け入れることは文子と巴には最初から織り込み済みだったというわけだ。


(ったく。敵わねーなぁ)


 そうは思いつつも輝臣はあまり悪い気はしなかった。


「あの、輝臣くん。どうでしょうか?」


 おずおずとシャノンが尋ねてくる。


 どうというのは制服姿についてだろう。


「ああ。良いと思うぜ。似合ってる」


「にあ――」


 ぽしゅん。


 シャノンの顔が上気し、硬直している。


(にゃ? 猫か……?)


「なぁツバキ。あいつどうしたんだ」


「………………不意に笑顔見せられたらああなるでしょ。輝臣って天然ジゴロなところあるのよね」


 輝臣が尋ねてみるが、花椿はなにやらぶつぶつと呟いている。


「ん? 何か言ったか?」


「何でもない。それより時間ないんでしょ。それじゃ文子おばさんいっています。ほら環も保育園行くよ」


「あいー」


「気を付けて行っといで」


「おっと。そうだったな。俺たちも行こうぜ」


 輝臣が呼びかけるとシャノンははっと我に返ったようになる。


 そして、いつもの人懐こい微笑みを浮かべる。



「はいっ。不肖シャノン、いつまでも輝臣くんの傍にいさせていただきますっ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世間知らずの宿無し元女神さまが俺の部屋に居座っている件~彼女は子作りに興味津々です~ パンドラボックス @pandorabox666666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ