第24話 帰ろう

「輝臣くんっ」


 閑散とした廃工場の中、シャノンが輝臣に駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」


「あんなの問題ねーっての」


 そう言ったのだがシャノンは心配そうに輝臣の身体をぺたぺたと触っている。


 輝臣はそんな彼女の手を取った。


「……」


「……」


 輝臣とシャノン、ふたりの視線が交差する。


「なぁ。なんで出ていったんだよ」


 びくり。


 その言葉にシャノンの肩が跳ねる。


 そして、顔を伏せてしまった。


「わたしがあのお家にいると輝臣くんに迷惑かけちゃいますので……」


 彼女が力なく首を横に振る。


「それは昨日のことか?」


 ――「悪い。もうお前とは一緒に暮らせない」


 昨日、悪夢を見たすぐ後に輝臣が言ってしまった一言。


 あの言葉があと少しで取り返しのつかない事態になってしまいそうなくらいシャノンを追い詰めていたのだ。


(なにやってんだよ、俺は――っ)


「ごめん。自分が傷付きたくないだけなのにそれをシャノンのせいにしてた。本当に悪かった」


 輝臣は深々と頭を下げる。


「そ、そんな――。頭を上げてください」


 慌てたようにパタパタと両手を振っている彼女に続けた。


「俺はお前に帰ってきてほしい」


「輝臣くん……」


 今にも泣き出しそうになりながら笑顔を作るシャノン。


「ありがとうございます。でも、やっぱり戻れません。わたし世間知らずで非常識で――一緒に居たらたぶん輝臣くんにいっぱい面倒ごとかけちゃいます」


 それでも彼女は頑なに頷こうとしなかった。


 なぜなら彼女は優しいから。


 いや、優し過ぎるから――。


 故郷を追われたにも関わらず毎日その国のために祈りを捧げるほどに。


 輝臣のため後先考えず家を後にするほどに。


「お前の気持ちはどうなんだよ。お前は家に帰りたくないのか?」


「それは……」


 シャノンが言い淀む。


 言葉にはしなかったが、彼女の想いは誰が見ても明らかだった。


 だからこそ。


 だからこそ、輝臣は覚悟を決めることが出来た。


「だ――――――――っ」


 輝臣は大きく声を上げる。


「て、輝臣くん?」


「たぶん俺は今日のことを思い出すたびに恥ずかしくて悶え苦しむ羽目になると思うが、俺の秘密を教えてやる! 俺って面倒くせーとかよく言うけど、それでも――」


 輝臣はシャノンの肩に手を置いて目を真っすぐに見つめながら、



「家族のことで面倒くさいと思ったことなんて一度もない。だからお前ももう気にするな」



 そう言ってみせた。


「え――?」


 シャノンが大きく目を見開いている。


「それってわたしも家族って――……」


「……なんだよ。違うのかよ」


 急に恥ずかしさが込み上げてきたので輝臣は視線を切った。


 ふと――。


 シャノンの碧く澄んだ瞳から大粒の涙が溢れた。


「輝臣くん!」


「うおっ」


 飛び込むようにして輝臣の胸に抱きついてくる。



「わたしも輝臣くんと家族になりたいって思ってましたっ! 本当は輝臣くんたちと離れたくなかったんです。たまちゃんもつばきちゃんも文子おばさまも――あのアパートが大好きですっ。ずっとずっとあそこでみんなと一緒に居たかったんです~~~~っ!」



 今までずっと胸の内に留めておいたのだろう、涙とともにそれらを吐露するシャノン。


 その背中を優しくさすりながら、


(やれやれ……一件落着ってことでいいのかな)


 輝臣は大きく息をついた。



「みんなが待ってる。帰ろう、シャノン」

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