第23話 プロレスラーは本当は強いんです

輝元がバイクで山道を飛ばしているとふもとに花椿から教えてもらった廃工場が見えた。


 長年使われていない廃工場だというのに中に明かりがともっている。


 薄暗い山の中ぼんやりと光るそれが輝臣には少し異様な光景に感じられた。


 ――「学校の子の話だと廃工場に連れ込まれて……」


 花椿の言葉を思い出す。


 どうやら工場内に何者かがいるのは間違いないらしい。


 一刻も早く着きたいのだが、このまま道順通りに走っていてはぐるりと大回りをしなければいけなかった。


(――っ)


 輝臣の判断は早かった。


 否、考えるよりも先に身体が動いていた。


 廃工場がちょうど真下に差し掛かったところでガードレールを乗り越え、バイクごとそこに飛び込んだのだ。


 落雷が直撃したような轟音とともにトタン屋根を突き破り工場内に着地。


 勢いを殺しきれないまま壁に衝突した。


 衝撃から身体が軋んだが輝臣は間髪入れずに工場内を見渡す。


 そして、彼女シャノンの姿を発見した。


 シャノンを含め、一同がいきなりのことで唖然としている。


 輝臣はそんなことお構いなし。わき目もふらずに彼女へと近づき、


「ぐぇ」


ソファの上で覆いかぶさっていた茶髪男の洋服の襟首を引っ張り払いのける。


「シャノン……無事か?」


 膝を折って座り、恐る恐る彼女の繊細な肩に手を乗せる。


「大丈夫か? 何かされなかったか?」


「え? え? 輝臣くん?」


「どうなんだって! 大丈夫なのかって訊いてるんだ!」


「は、はいっ。よくわかりませんがわたしは元気です、はいっ」


 どうやら大事には至っていなかったようだ。


 輝臣は安堵のため息をついた。


「お前なぁ、大変だったんだぞ。家帰ったらお前いないし。町中探しても全然見つからないし。やっと手掛かりあったと思ったらヤバそうな状況だし。てかあのばばぁバイクってなんでハーレーなんだよ。不〇子ちゃんって歳でもないだろ。しかもピーキー過ぎだしどんだけ魔改造してんだって――て、こんなのどうでもいいか」


 張り詰めていたものが緩み、輝臣はここまでの気持ちが口をついて出てしまう。


「こんなところで何してんだよ」


「あの、輝臣くんたちのお家を出てからしばらく歩いていたら今日泊まるところをお世話してもらえると親切な方から声をかけられまして……」


「それでホイホイついてったわけか。予想通りというかなんというか……。つーか、当てがあるから出ていったんじゃなかったっけ」


「はわっ。あ、それは――」


 シャノンが慌てて口に手を当てている。


(まあそれはもうバレてるんだけどな)


 ふと視線を落とすと、彼女の肩が震えていた。


「あ。悪い。ちょっとからかい過ぎたか」


「違うんです。輝臣くんの顔を見たらなんだか、その、安心して――」


 シャノンが肩に頭を預けてくる。


 ただでさえ世間知らずな彼女が右も左もわからない土地で、明日すらわからないにも関わらず輝臣のために家を出ていったシャノン。


 このひとり旅がどれだけ勇気のいるものだったか、輝臣には想像が及びもつかなかった。


(やっぱ敵わないな、こいつには)


 その言葉が輝臣には素直に納得できた。


 だからこそ彼は――……。


 シャノンの肩を強く抱く。


 そのとき。


「何俺ら無視していい雰囲気出しちゃってんの」


 背後から声がかかる。


 声をかけてきたのは茶髪男だった。


 工場内に落ちていたものを拾ったのだろう、手には鉄パイプが握られている。


「ああそうだった。話をするには邪魔な奴らがいたんだった」


「輝臣くん?」


「シャノン。ちょっと待っててくれな」


 そう言うと輝臣は立ち上がり茶髪男へと向き直った。


「カッコつけて登場したと思ってるみたいだけどさ、お前状況わかってんの? このままタダで返すわけないっしょ」


「は? なんであんたらに許可取らなきゃいけねーんだよ」


「舐めた口きいてんじゃねぇよ! 邪魔者はお前だろ、せっかくこれからだって時によ!」


 茶髪男が手に持った得物を容赦なく振り下ろした。


 輝臣の頭に直撃し鈍い音が響く。


「輝臣くんっ!」


 悲鳴を上げるシャノン。


 別に痛みがないわけではないが輝臣は全く動じていない。


 確かに茶髪男の言う通り基本的には多勢に無勢だ。ただ、数年前に反社的組織の事務所に単身で乗り込んだことのある彼にとって、この状況は全然大したことはなかった。


 輝臣は平然と振り返った。


「シャノン、これが親切だって言ってた奴らの本性だぞ。知らない人には付いていかない、これこっちの常識だからな」


「て、輝臣くん。そんなこと言ってる場合じゃ……」


「てめぇ、調子に乗って――」


 輝臣の裏拳が茶髪男の顔にめり込み、派手に吹っ飛ぶ。


「にゃ、にゃにしやがるっっっ!」


「いやいやそれは俺のセリフだろ。そんな硬い棒で人の頭を小突くもんじゃないぞ」


 言っていることは至極真っ当なことではある。


 しかし、この状況だけに輝臣の異質さが際立っていた。


「お、おひぃ。お前りゃ早くこいつをボコっちまえっへ!」


 おそらく茶髪男がリーダー格なのだろう、おぼつかない顎で取り巻きたちに指示を出している。


 その中のひとりが尋ねてきた。


「輝臣……おま――君ってもしかして桐ケ谷輝臣、ですか?」


「あ? なんであんた俺の名前を知ってんだよ」


 輝臣が認めると、取り巻きたちがざわつき始める。


「おいやべーって! あの伝説の子守り魔人じゃねーか!」「マジかよ! 知り合いの族が潰されてトラウマになってたぞ!」「触れるだけで妊娠してしまう新人類って話だぞ!」


「最後のは違うけどな」


 自分の尊厳のために否定したのだが連中の耳には届いていなかった。


 完全に戦意喪失してしまっている。


 そんな中、ひとりの男が輝臣の前に立ちはだかった。


 茶髪男と一緒にいた体格の良い男だ。


 こぶしを握りこみ、ポキポキと骨を鳴らしている。


 どうやらこの男だけはやる気らしい。


「ふひっ。そいつは喧嘩でプロレスラーにも勝ったことあるんだぜ。お前死んだわ」


 茶髪男がご丁寧に解説してくれる。


「あ? そんなわけねーだろ。プロレスラーは本当は強いんだぞ」


「本当の話だ」


 体格の良い男がそう一言だけ言ってから輝臣の顔をわし掴みにしてくる。


 アイアンクローというプロレス技だ。


「……」


 輝臣も同じように手を伸ばして相手の顔を掴む。


 そして、お互いに締め上げていく。


「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 悲鳴を上げたのは輝臣――ではなく体格の良い男の方だった。


 そう、先ほど取り巻きたちが話していた輝臣にまつわる噂は(一部を除いて)事実だった。


 そして、それだけのことをしでかせる膂力を彼は持っているのだ。


 男がアイアンクローの痛みから膝をつく。


 一回りも大きい男を輝臣はひょいと持ち上げ、地面へと打ち付けた。


「雪崩式は勘弁してやるよ」


 白目を剝いて完全に伸びてしまっている。


 それが決め手となった。


 気絶した男を見て取り巻きたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 おそらく車でも用意していたのだろう、廃工場の裏手からエンジン音が聞こえてくる。


「ひいいいいいいいいいいいいいいいっ」


「待て」


 輝臣は逃げ遅れた茶髪男を呼び止め、


「忘れものだ。持ってけよ」


 地面を指さす。


「それともうひとつ。俺って結構根に持つタイプなんだわ。次こんな悪さしてるって聞いたらマジで潰すから」


 そして、輝臣が真っすぐに見据えながら言ってみせた。


 こくこくこくっ。


 茶髪男は黙って頷き、気絶した男を連れてあっという間に去っていくのであった。

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