第22話 ばばぁのバイクで走り出す

「輝臣? 一体どうしたの?」


 そのときだった、頭上から声が降ってきたのは。


 輝臣が振り返ると、そこには少し戸惑った様子の花椿がいた。


(そうだよな。俺が落ち込んでてどうするんだ……)


「シャノンがいなくなった。あいつ行くところもないのによ」


「え? え? シャノンが?」


「環のこと頼むな。俺はまた探してくる」


 走り出そうとした輝臣の手を花椿が両手で抱きかかえ制止してくる。


「ちょ、ちょっと待って。シャノンがどこか行っちゃったって本当なの?」


「ああ」


「でもその様子だと行き先に心当たりはないみたいね」


「それは……」


 痛いところを突かれ輝臣は顔を伏せる。


 そんな彼に花椿が続けた。


「私もしかしたらあの娘このこと見たかもしれない」


「な――」


 あまりの驚きに輝臣は言葉に詰まる。


「ふたつ隣の駅でシャノンっぽい娘の後ろ姿を見かけたの。曲がり角に入っていなくなっちゃったけれど。あんなところにいるはずないから私の勘違いだと思ったけど今の状況ならあの綺麗な髪は間違いないわ。すぐに帰ってきたから時間はたぶん20分くらい前」


(20分ならそんな遠くまでは行ってないだろ)


 輝臣は一筋の光明が見えたような気がした。


「あ――」


 短く声を上げた花椿の顔からさっと血の気が引く。


「ツバキ?」


「あの娘、誰かと一緒に歩いていたわ。それで、その、近頃痴漢が多くて、その学校の子の話だと廃工場に連れ込まれて……」


 不吉なことを声に出したくなかったのだろう、そこで口をつぐんだ。


(騙されてほいほい付いてったかもしれないわけ、か)


 それは輝臣にも容易に想像はついた。


「輝臣ごめんなさい。あの時に私が確認しておけば――」


「アホか。状況知らなかったんだ、誰もお前を責めないし責めさせねーよ。……でも急いだほうがいいかもしれないな」


 シャノンの人懐こい笑顔が輝臣の脳裏に一瞬過った。


 輝臣が環へと向き直る。


「さっきはきちんと答えられなくて悪かった。シャノンは絶対に無事に連れて帰るから待っててくれ」


 その小さな頭に手を置くと、


「……あい」


 環がまだ涙は止まらないものの頷いてくれる。


 ふたつ隣の駅にシャノンがいるかもしれない――その僅かな望みに輝臣は賭けるしかなかった。


 そして、もしそれが彼女だとしたらすぐにでも駆け付けなければならなかった。


(待ってろよ、シャノン――っ)


「お待ちっ」


 少し離れたところで様子を見ていた文子に呼び止められた。


「あんたまたさっきみたいに走って行くつもりかい? これだからガキは悠長でいけないね」


「あ? だから急ごうとしてんだろうが。邪魔すんじゃねーよ」


「使いな」


 文子が軽く放り投げてきたものを輝臣はキャッチする。


 それは何かの鍵だった。


「アタシのバイクさ。裏の駐車場に停めてある。死ぬ気で急げば10分以内に到着出来るだろうね」


「ばばぁ――」


「お礼はこれまでの家賃でいいよ」


「ちゃっかりしてやがんな」


「乗れるんだろうね?」


「関係ねーよ」


「ふんっ。そりゃアタシ好みの返事だ」


 文子がニヤリと悪そうな笑みをつくる。


 輝臣は鍵を握りしめ踵を返し、


「詳しい場所がわかったら連絡するから!」


 花椿の言葉に手だけで答えて駐車場へと急いだ。



※※※



 一方、シャノンはというと男たちと歩いていた。


「ホントにお腹空いてないの?」


 茶髪の男が訊いてくる。


「折角ご馳走してくれたというのにすみません。急に食欲がなくなっちゃいまして……」


「それはいいんだけどさ。結局俺たちが普通にメシ食っただけだし。な?」


 その呼びかけにもうひとりの体格のいい男が頷いている。


 シャノンが周りを見渡す。


 男たちの案内でどんどんと郊外へと向かっており、もう人通りはなく建物もまばらだった。


 等間隔に設置されている街灯が頼りなく辺りを照らしているだけだ。


 閑散とした道を黙々と進む。


 ついさっきまでお喋りだった茶髪の男は全然口を開かなくなっている。


 時折シャノンが尋ねてみても、


「あのー、本当にこちらに今日休めるところがあるんでしょうか?」


「いーからいーから」


 茶髪男はスマートフォンをいじりながらそう答えるだけだった。


 薄暗くてその表情は見えない。


「は、はぁ……」


(おふたりともどうしちゃったんでしょうかね……?)


 しばらく歩いていると山間の道路端にぼんやりと光が灯っているのが見える。


「到着~。ここね、中古車販売店と修理工場が併設されてたんだけど潰れちゃったみたいなんだわ。それで今は俺たちの溜り場になってるのよ」


「きゃ」


 シャノンは茶髪男に押し込まれるようにして廃工場へと入った。


 中には数人の男がいた。


 その顔はニヤニヤと笑みを浮かべている。


「あの、この方たちは……」


「おまたせー! てかどーよ。マジ俺GJじゃね!?」


「うおっ。マジで可愛いじゃねーか」「撮影準備オッケーだから」「あー滾ってきた!」


 状況が把握できていないシャノンをよそに男たちが盛り上がっている。


 後ろではここまで一緒に来た体格のいい男が重厚な扉を閉め、頑丈そうな鎖の施錠している。


「はいはい~。こっち来てね~」


「え? え? これは一体――」


 シャノンは強引に腕を引っ張られ、工場の真ん中にあるソファへと座らされる。


 そして。


「じゃあ早速いただいちゃおうかな~」


「へ――?」


 どさり。


 茶髪男がシャノンをソファへと押し倒した。


 ぞわり。


 シャノンはうなじ辺りに今まで感じたことのない痛みにも似た寒気が突き刺さった。


 腹部が熱くなり胃液が込み上げてくる。


 身体が震え指先ひとつ動かせず、一言すら出せなかった。


(輝臣くん――)


 そして、走馬灯のように彼の顔が脳裏に過る。


 そのとき――。



 まるで落雷が直撃したかのような轟音とともに、天井を突き破り大きな影が降ってきた。

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