第21話 俺じゃ泣き止ませることも出来ないのか

 ――「「輝臣くんっ! お初にお目にかかりますっ! わたしはシャノンと申します。不束者ではありますが末永くよろしくお願いいたしますね」


 つい数日前のことだった。


 輝臣が玄関のドアを開けると、三つ指ついた金髪少女に出迎えられた。


 少女の名前はシャノン。


 彼女の話では遠方の皇国で神さまをしていたとのこと。


 どうにも胡散臭い少女ではあったが、輝臣の祖父義昭の遺言だったので無下に追い出すわけにもいかなかった。


 ――(面倒くせーことになったな)


 こうして輝臣たちとシャノンとの共同生活が始まった。


 しかし。


 ――「まず、その“せんたく”というのは何なんでしょうかね?」


 と、形容しがたいほどの世間知らずっぷりを発揮したり。


 ――「誰が髪や身体を洗ってくれるのかと思いまして」


 と、一糸まとわぬ姿でも羞恥心がなかったり。


 ――「わたしと子作りしていただけないでしょうかっ!」


 と、そそのかされ夜這いをしてきたり。


 トラブルの連続だった。


 ――(ったく面倒くせーな、マジで!)


 輝臣は過去に自分のせいで生家を失っていた。そして、家族のように育った仲間たちとも離れ離れになっていた。


 そのため彼は誰かと触れ合うことを極端に恐れていた。


 輝臣はこの共同生活に最初から賛成ではなかった。


 ただ、その一方で。


 ――「よしよし。たまちゃん大丈夫ですよ」


 ――「わたし、毎日が本当に楽しいんですよ」


 そして――……。


 ――「……なんなんだよ、お前は。くそっ。どうして俺、こんな涙止まらないんだよ……っ」


 ――「だってわたしも、うえ、ええん」


 日を重ねるごとにシャノンの存在が輝臣の中で大きくなっていた。


 アパートに帰ると新しい同居人が人懐こい笑顔で迎えてくれる、そんな日々に居心地の良ささえ覚えていた。



『輝臣くんへ。突然ですが知人の家に住まわせてもらうことになりました。今までお世話になりました。ありがとうございます。』



 しかし今日、輝臣が家に帰るとシャノンの姿はなくこの置手紙だけが残されていた。


 ちょうど電話していた巴に訊いてみたが、彼女にはそんな知人はいないとのことだ。


「……秒でバレる嘘ついてんじゃねーよ」


 輝臣は置手紙をくしゃりと握りしめる。


 彼にはシャノンが出ていったことに関して心当たりがあった。


 そう、昨日のこと。


 輝臣が過去の話を打ち明けたことだ。


 たしかにシャノンは驚くほどの世間知らずではある。


 しかし、だからと言って彼女が人の気持ちなどを考えなかったわけではない。


 いや、むしろその逆だ。


 シャノンは他者の気持ちに驚くほど敏感だった、輝臣の気持ちを汲んで涙するほどに。


「くそっ。そりゃあいつならそうするよな」



 ――。


 ――――。


 ――――――。


 あの手紙を見つけてからかれこれ2時間以上、輝臣は町中を探し回っていた。


 しかし、シャノンの行方の手掛かりさえ見つけることが出来ないでいた。


 ずっと走り回っていたので足はもう棒のようだ。


 背中までびっしょり汗で濡れていたがそれは氷のように冷たい。


 走っていた負荷と言いようのない不安感から心臓は早鐘を打ち痛いほど胸をつき続けていた。


 ――「いってらっしゃいませ、輝臣くん」


 今朝のシャノンの顔が輝臣の脳裏にフラッシュバックする。


(帰ったらあいつと話そう……そう思ってたんだけどな)


 輝臣が天を仰ぐと、夜のとばりが下りようとしていた。


「……いったんアパートに戻ってみるか」


 一縷の望みを頼りにアパートへと急ぐ。


 輝臣が戻ると、アパートの正面出入口付近の石塀にふたつの人影が見えた。


 環と文子だ。


 輝臣はシャノンを探しに出る際、文子に環を預けていた。


 ふたりの表情は硬い。それはつまりシャノンが戻ってきていないということだ。


「巴からは?」


「あの子も色々探してみてくれているみたいだけどね……」


 スマートフォンを片手に文子が神妙な表情で首を横に振る。


 先ほどの望みは水泡と消えることとなった。



「てるくん」



 不意に環から呼ばれた。


 じっと見上げてくる。


(う……っ)


 その視線に射抜かれ、身体が強張るのが輝臣にはわかった。


「のんちゃんは?」


「環、大丈夫だ」


 答える代わりに手を伸ばして頭を優しく撫でる。


 しかし次の瞬間、環の瞳から涙が溢れた。


 それは堰を切ったようにぽろぽろと零れ落ちる。


「うう……うぇ……ー」


 普段はのほほんとして無邪気な環だが、その実とても繊細だった。


 おそらく状況はわかっていなくとも感じ取ってはいるのだろう。


 だからこそがらんどうの部屋を見てからここまでじっと我慢していたのだ。


「うえ……うーーー……」


「環……っ」


(俺じゃ泣き止ませることも出来ないのかよ――)


 輝臣はしゃがみ込み、環を強く抱きしめる。


 シャノンの行方は未だわからず。


 手掛かりすらない。


 夕日が完全に沈み――闇が辺り一面に広がった。



「輝臣? 一体どうしたの?」


 そのときだった、頭上から声が降ってきたのは。

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