第20話 元女神さまは人を疑うことを知らないので
数時間後、当て所なく歩いていたシャノンはふたつ隣の駅周辺まで来ていた。
泣いたからだろうか、気持ちはだいぶ落ち着いてきた。
今は目下の問題について頭を悩ませているところだ。
その問題とは――。
「今日からどうしましょうっ」
こういうことである。
かなり壮大なテーマだ。
(さて、これからはひとりで生きていかなければいけません。新生活の始まりなわけですが差し当たり何から始めたらいいんでしょうかね)
シャノンは頭を悩ませる。
「輝臣くんたちとの生活を思い出してみてもやっぱり“住まい”は重要ですよね。わかりましたっ。不肖シャノン、まずはお家の確保から始めさせていただきますよ~」
両手を胸の前で握りしめ意気込むシャノン。
「……」
しばしの沈黙。
そわそわ。
シャノンが首を傾げる。
(お家……おうち……オウチ……?)
「どうすればいいんでしょうかね。自分で建てる……?」
前途多難だった。
くるるるる。
朝から何も食べていなかったシャノンのお腹の虫が可愛く鳴く。
否、前途多難過ぎだった。
ふと、シャノンの頭に昨日の桐ケ谷家での食卓が蘇った。
その思い出を振り切るかのように首を横に振るう。
(いけません。もう忘れなきゃ――)
そのとき、
「ちょっとそこの君」
「はい?」
ふと、後ろから声がかかった。
シャノンが振り返ると、そこにはいかにも遊んでいそうな恰好をした二人組の男がいた。
「あの、わたしのことでしょうか」
「そうそう。なんか『どうしよう』みたいなこと言ってたように聞こえたけど、もしかして困ってることあるの? 良かったら俺らが相談にのるよ。なあ?」
茶髪男の肩越しの呼びかけに体格のいい男が首肯している。
いわゆるひとつのナンパというやつだ。
典型的なものだったが世間知らずで人を疑うことを全く知らないシャノンは一切気付かなかった。
「まあっ。それはご親切にありがとうございます。実はわたし、今日から住むところがなくなってしまいまして途方に暮れてたんです。自分でお家建てたこともありませんし」
「建て? ま、まあいいや。とりあえず行くところがなくて困ってるってことっしょ?」
「はい。恥ずかしながら」
先に立つ茶髪男が話を進める。
「じゃあ俺らに任せてよ。静かに休めるところ紹介してあげる」
「本当ですか!? とても助かります」
シャノンにとってはまさに渡りに船だった。
常識的に考えて胡散臭いことこの上ないのだが、話はとんとん拍子に進んでいく。
「オッケー。んじゃ行こっか」
「本当に助かります。なんとお礼をしたらいいか……」
「いーのいーの。それはあとでたっぷりしてもらうからさ」
「え? そうなんですか?」
シャノンが尋ねると、茶髪男が慌てたように言葉を呑む。
「そ、そんなことよりお腹減ってない? 君さえ良ければ驕っちゃうよ」
「いえいえ。そこまでしていただくわけにはいきません」
「だから気にしなくていいってば。何か好きな食べ物ある? ほら言ってみな」
「好きな食べ物、ですか? 野菜炒めですかね」
「野菜炒め!? な、なんか渋いね」
こうしてシャノンは何も疑うことなく二人組へとついていくことになった。
※※※
「そろそろ時間ね」
深山花椿はスマートフォンの時計を確認する。
同時刻、花椿は生徒会の面々とふたつ隣の駅まで来ていた。
「あ。深山会長だー」
改札口から彼女の姿を見つけた同じ制服の女子グループがぱたぱたと小走りで近づいてくる。
リボンの色でそれが一年生ということがわかった。
「あら。こんばんは」
「こんなところで何してるんですか? たしか会長って徒歩通学ですよね」
グループの中のひとりが尋ねてくる。
「ええ。今日は学校の仕事。ホームルームでも聞いたかもしれないけれど、最近人気のないところに連れ出しての痴漢が多発しているみたいなの。だから生徒会でこうやって付近の駅を見回りしているのよ」
「あー。聞いたことある」「うちも知ってるー。なんか廃工場が溜まり場になってるって聞いたー」「やーん。こわーい。会長に抱きついちゃおっと」「ずるいアタシも~」
女三人寄ればかしましいとはいったもので途端に賑やかになる。
(悪い子たちじゃないんだけどね……)
学校ではカリスマ的な人気を誇る花椿だが、こういうコミュニケーションは少し苦手で終始押されっぱなしだった。
「それじゃあ私たちももう帰るからね。そういうわけだから貴女たちも遅くまで寄り道しては駄目よ。あと声を掛けられても気軽についていかないこと」
『は~~~~い』
女子グループは元気よく返事をして、和気あいあいとしながら去っていった。
花椿はそれを見送りながら肩をすくめる。
(まったく……本当に解ってくれているのかしら)
そのとき。
「あら?」
花椿は視界の片隅に透けるような金色の髪が映ったような気がした。
(シャノン――?)
反射的に振り返るが、その後ろ姿はすぐに曲がり角へと消えていく。
「まさか気のせい、かしら」
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