第17話 いってらっしゃいませ

 翌朝、今日は週明けの月曜日だ。


 深山花椿は制服に着替えてからクローゼットに付属してある姿見の前に立つ。


 ひらりひらりと身を翻してその鏡に映った自分を入念に確認した。


 そして、最後にちょいちょいと前髪を整える。


「んー……これでよし」


 学校中の憧れの的、完璧生徒会長の完成である。


 花椿は諸事情により輝臣のアパートの一室を貸してもらい独り暮らしをしている。そのため節約生活であまり洋服を持っていない。


 せめて学校の制服くらいはきっちりと着こなしたいというのは彼女なりのこだわりだったりする。


 もちろん、それだけではないが――。


 ちらりと時計を確認すると針は七時半を回っていた。


 花椿は目を瞑って思案する。


(放課後は生徒会で最寄り駅の見守りがあるけど、朝は久しぶりに余裕があるのよね)


「ちょっとだけ輝臣たちの部屋に顔を出そうかしら」


 そういうことである。


 花椿は文武両道、才色兼備な高嶺の花である一方、輝臣に密かな恋心を抱く等身大の少女でもあるのだ。


(ほら、輝臣って朝早く起きてるわりに二度寝とかすることあるもの。もしそうなっていたら私が起こしてあげなきゃ遅刻しちゃうわね。……別に輝臣とシャノンが同じ部屋で暮らしているのが気になるとかではないわ。そのことと今回私があいつの部屋に行くこととは全く何にも因果の欠片もないこと。大体私が輝臣の部屋に行くなんてままあることだもの)


「そう。だから私が今から輝臣の部屋に行くのは自然なこと」


 小さく拳を握りこみ、自分に言い聞かせるように言ってみせる花椿。


 そして軽い足取りで玄関を出た。



 花椿は階下にある101号室、もとい輝臣の部屋までやってきた。


 ピンポーン。


 インターホンを押してみるが反応はない。


 少し待ってからまた数回押してみても全く人が動いている気配はなかった。


「これは寝てるわね……来て正解」


 ブレザーの内ポケットからひとつの鍵を取り出す。


 これは輝臣たちの部屋の合鍵だ。


 同じアパートに住むことから環のお世話を頼まれることも少なくない花椿は、巴立ち合いのもと合鍵を預かっていた。


 公然で周知の合鍵、いわばオフィシャルな合鍵なのだ。


 この鍵は花椿にとって数少ない大切なもののひとつだったりする。だからブレザーの内ポケットに入れて大事にしていた。


 花椿はこの合鍵を見るとつい頬が少しゆるんでしまう。


(同級生の男女で合鍵を預かっているんだもの。私と輝臣もかなりトクベツな関係のはず。大丈夫、弱気になるな、私)


「輝臣、入るわよ……――て、ぴえん」


 ドアを開けた花椿が石化する。


 なんと居間で輝臣とシャノンがお互いに寄り添うようにして眠っていたのだ。


 ちなみにふたりと一緒に環もいたのだが花椿の視界には全く入っていない。


「あ、あ、あ、……」


 先ほどまでの自信が音を立てて崩れ落ちる。



「あなたたち、なにしてるの――――――――――――――――――――――――っ!」



※※※



 輝臣とシャノンは不可抗力で添い寝するような形になってしまっていた。


 それを目撃した花椿に厳しい追及を受けることになる。


「本当に何もなかったんでしょうね」


「だからそう言ってるだろ」


「あの~、その何かってなんのことなんでしょうか?」


「「お前あなたは知らなくていい」」


 しかし、シャノンの世間知らずっぷりや輝臣の必死な弁明もあって何とか誤解を解くことに成功する。


 こうして今回の不純異性交遊疑惑は厳重注意だけで済んだ。


 そんなわけで朝から色々あって今は登校時間ギリギリだ。


「ほら輝臣急いで。遅刻しちゃうわよ」


「時間がないのはツバキの話が長かったせいだろ」


「……それをあなたが言うかしら?」


 にっこり。


 花椿は微笑んでいるが目は全く笑っていない。


「はなちゃんはやくいこー」


「はなちゃん言うな。こら環、走って道路に出たら危ないでしょ。じゃあシャノン行ってくるわね」


 環が先に行ってしまったのでそれを花椿が追いかけていく。


「はいはい~。いってらっしゃいませ~」


 玄関からひらひらと手を振るシャノン。


 ふたりがいなくなり部屋には輝臣とシャノンだけになってしまう。


(くそっ。昨日のことがあった手前なんかむず痒いな)


 横目で彼女を見るとその視線に気付いたのか微笑んでくる。


「留守番よろしくな。何かわからないことがあったらあのばばぁに訊けよな」


 輝臣は気恥ずかしさからそそくさと花椿たちの後を追おうとした。


「はい。いってらっしゃいませ、輝臣くん」


(……?)


 ふと玄関で見送ってくれるシャノンの笑顔に少し違和感を覚え、振り返る。


「どうかしましたか?」


「い、いや、何でもない……。じゃあ行ってくるな」


 しかし、それについて深く考えることなく家を後にするのであった。

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